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第三十二話:王都帰還

ヴァルデンライヒ王国――王都。


重厚な城門をくぐり抜けた一行は、そのまま王宮へと帰還した。


先頭に立つのは、王弟ジャック。

その隣には、魔道皇帝ヴィルヘルム。


そして――


そっと優しく、ジャックに抱えられている一人の少女。


その姿を認めた瞬間。


王太子レオンハルトは、言葉を失った。


「……叔父上、それは……」


喉の奥で言葉が絡まり、うまく形にならない。


彼の視線の先にいるのは、エレナ。


だが、それは彼の知る彼女ではなかった。


その身体は、まるで精巧に作られた人形のように静まり返っていた。


生気が――まるで、感じられない。


「……いったい、何が……」


問いを続けようとした、その言葉を遮るように。


「説明は後だ」


ジャックが短く告げる。


声音は低く、抑えられている。


だがそこに含まれるものは、決して冷静さだけではなかった。


「先にエレナを寝室へ運ぶ」


有無を言わせぬ口調だった。


レオンハルトは、ただ頷くしかない。



エレナを寝室へと運びこみ、必要最低限の手配を終えた後。


三人は、そのまま王太子執務室へと向かった。


扉が開かれた瞬間――


ヴィルヘルムの足が、わずかに止まる。


その視線が、部屋の奥へと向けられた。


「……レオンハルト、してやられたか」


低く吐き捨てるような声音。


眉間には、深い皺が刻まれていた。


「――だが、気付けぬのも無理はない。かすかな魔力の残滓しか感じられぬ」


レオンハルトが戸惑う間もなく、ヴィルヘルムは一歩踏み出し、その視線の先を鋭く睨みつけた。


そして――


空間を払うように、軽く手を振る。


その瞬間だった。


部屋の隅。


本来、何もないはずの空間が歪み――


ぶわり、と。


黒いもやが、噴き出すように現れた。


「なっ……!?」


思わず声を上げるレオンハルト。


それは視覚だけではない。


ぞわりと肌を這うような、不快な気配。


息を吸うことすらためらわれるような、明確な“悪意”を伴った魔の残滓。


「呪いの種だ」


ヴィルヘルムは淡々と言い切る。


その表情には、わずかな苛立ちが滲んでいた。


「……王宮全域を、しらみ潰しに調べる必要があるな」


その言葉は、現状の深刻さを雄弁に物語っていた。


王宮の内部にまで、すでに呪いは侵入している。


「レオンハルト」


ジャックが口を開く。


その声音は、驚くほど静かだった。


「魔塔の人間を総動員しろ」


命令は簡潔で、無駄がない。


だが、それがどれほど重大な事態を意味しているかは明白だった。


「……承知しました」


即答するレオンハルト。


それでもなお、押し込めきれない疑問が胸の内に渦巻く。


「ですが……何が起きているのですか」


その問いに。


ジャックとヴィルヘルムは、これまでの経緯を簡潔に語った。


エレナの誘拐。

呪いの仕組み。

そして――彼女の選択。


語られる内容は、どれも常軌を逸していた。


「……何ということを……っ」


レオンハルトの拳が、強く握られる。


怒りが、震えとなって滲み出る。


守るべき存在が、ここまで踏みにじられた。


その事実が、許せなかった。


「エレナの首には呪いの魔道具がはめられていた。恐らく、真実を告げられぬ様に」


執拗な悪意を感じる一同。


「エレナを救うには」


ヴィルヘルムが、静かに言葉を継ぐ。


「呪いの大元を断つ必要がある」


その視線は、どこか遠くを見据えていた。


「おそらくは、公女付きの侍女の仕業だろう。だが――」


わずかに言葉を区切る。


「決定的な証拠が、まだない」


悔しさを押し殺すような声音だった。


力があっても、証明できなければ動けない。


その歯痒さが、滲んでいる。


その沈黙を破ったのは、レオンハルトだった。


一瞬だけ目を伏せてから、顔を上げた。


「……僕が、囮になります」


静かだが、はっきりとした声。


二人の視線が、一斉に向けられる。


「僕を餌にすれば、必ず動くはずです」


その瞳には、迷いがなかった。


覚悟が、宿っている。


「ふむ……悪くない案だな」


ヴィルヘルムが、わずかに口元を歪める。


「実行に移せば、痕跡は確実に掴めるだろう」


冷静な評価だった。


「必ず……見つけます」


レオンハルトは、強く言い切る。


その決意は揺るがない。


「頼む」


短く応じたジャック。


だが――


その表情には、何の感情も浮かんでいなかった。


怒りも、悲しみも。


何もかもを押し殺した、無機質な静けさ。


それが、かえって異様だった。


レオンハルトは、思わず息を呑む。


(……叔父上が、こんな顔をするなんて……)


これまで一度も見たことのない空気。


その静けさの奥に潜むものを想像し、背筋に冷たいものが走る。


それは、嵐の前の凪のようで。


あるいは――


すでに壊れてしまった何かの、名残のようでもあった。


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