第十話:寄り添う者
九話と十話を同時に更新しました。
拘束された令嬢が連行され、訓練場の騒然とした空気が少しずつ収まり始めた頃――
私は、ようやく息を吐いた。
「……はぁ……」
その瞬間、足元がふらつく。
「エレナ嬢!」
レオンハルト殿下が素早く支えてくれた。
肩を抱く腕は思いのほか力強く、その体温がはっきりと伝わってくる。
「大丈夫ですか? 顔色が良くありません」
「だ、だいじょうぶ……です」
そう答えながらも、心臓の鼓動がやけにうるさい。
(近い……)
顔を上げると、すぐそこに整った横顔があった。
先ほどまでの混乱が嘘のように、穏やかで静かな表情をしている。
「無理をなさらないでください。あの場に居合わせたのですから、動揺して当然です」
声まで、やけに優しい。
(……こんな声で言われたら、落ち着くに決まってるでしょ)
そのとき――
「レオン」
低く抑えた声が割り込んだ。
振り向くと、ジャック殿下がこちらを見ている。
視線は私ではなく、私を支えるレオンハルト殿下の腕へと向けられていた。
「エレナは、俺が預かる」
それは命令ではない。
だが、有無を言わせぬ響きがあった。
「……承知しました」
レオンハルト殿下は一瞬だけ間を置き、ゆっくりと腕を離す。
次の瞬間、ジャック殿下が私の前に立ち、外套を肩にかけてくれた。
「怖かったな」
短い言葉なのに、胸の奥にすっと染み込む。
「……はい」
そう答えながら、ふと視線が泳いだ。
少し離れた場所で、レオンハルト殿下がこちらを見ている。
心配そうで、それでいて、どこか複雑な表情。
(……殿下)
目が合うと、彼は小さく微笑んだ。
「後のことは、私が引き継ぎます」
「エレナ嬢を、安全にお送りしましょう」
その「送りましょう」という言葉に、
ジャック殿下の眉がほんのわずかに動いた。
「……頼む」
短く答える声は、普段より低い。
その眼差しは、どこか切なげに私を見つめていた。
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馬車へ向かう途中、
私はレオンハルト殿下の隣に座っていた。
揺れる車内。沈黙。
(……さっきのこと、まだ心臓が落ち着かない)
「エレナ嬢」
静かな呼びかけ。
「本当に、無事で良かった」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。
「……ありがとうございます」
「あなたが傷つくのは、見たくありません」
まっすぐな声。
計算も、下心も感じられない。
(……困ったな)
その瞬間、遠くで警鐘が鳴った気がした。
馬車の窓の外、夕焼けが滲んで見える。
(これ……後々、面倒なことにならなきゃいいけど……)




