第一話:令嬢の本音、最強騎士に聞かれました
第一章につきましては、文章表現や描写の加筆・修正を行っております。
物語の展開や設定に変更はございませんのでよろしくお願いします。
王宮大広間は、華やかな喧噪に包まれていた。
色とりどりのドレスが視界を埋め、シャンデリアの光が宝石に反射する――正直、目が痛い。
「ああ……もう帰りたい」
私はエレナ・フォン・ローゼンバーグ。
十五歳、王都でも指折りの伯爵家の娘。
今夜は、貴族社会に正式に顔を出すための社交界デビュー。いわゆる“お披露目”の日だ。
表向きは完璧な令嬢の笑みを貼り付け、優雅にお辞儀を返す。
その一方で、心の中はすでに荒れていた。
(皆さん、その笑顔の裏で何を考えてるんですかねぇ。「宝石、少なくない?」とか「最近、太ったんじゃない?」とか……)
視線の端では、母が私を売り込んでいる。
「うちのエレナったら。普段は控えめで、人前に出るのが得意ではないのですけれど、今夜はこの日を楽しみにしておりましたのよ」
(……全然楽しみにしておりません)
私は曖昧に微笑みながら、内心でそっと溜息をついた。
前世では、ごく普通の主婦だった。
穏やかな夫と、可愛い小学生の娘。平凡な生活だったけど、ちゃんと幸せだった。
それがどうして、今はこんな場所にいるのだろう。
煌びやかな世界に、笑顔と計算が飛び交う社交場……息が詰まりそうだ。
「……失礼いたします」
私は母に小声で断りを入れる。
「少し、夜風に当たりたくて」
そう言って向かったのは、人気のないはずの裏庭だった。
銀髪の青年が目に入った。
黒の軍服を纏ったその男の周囲には、自然と人垣ができている。
王弟にして騎士団長。
ジャック・フォン・ヴィッテルスバッハ殿下。
顔が良いとは聞いていたけれど、実物は次元が違う。想像以上の美形で驚く。
だが、その周囲は見事なまでに令嬢だらけだった。
思わず苦笑し、そっとその場を離れる。
いつの間にか、庭の片隅にある東屋まで来ていた。
ちょうどいい、ここならしばらく一人でいられるはず。
「……はぁ」
気づけば、ため息がこぼれていた。
壁にもたれ、ポケットから手鏡を取り出す。映るのは、地味な装いに身を包んだ白金髪の令嬢。
……少なくとも、自分ではそう見せているつもりだった。
ふと空を仰ぐと、満月が浮かんでいた。
月を眺めると、なぜか心が落ち着く。前世からの癖だ。
「旦那さんと、娘ちゃん……元気かなぁ……」
喪失感がいつも胸に燻る、顔も名前も思い出せない前世の家族。
なぜ、自分はこんな記憶を持って生まれてしまったのだろう。
「……まぁいいや。深く考えても疲れるだけだし」
ふと、先ほどの貴族達とのやり取りを思い出してしまい、不快な気持ちが蘇ってくる。
「しっかし貴族って、マウントしか考えてないのね……クソッタレ」
本音を口にする。
――背後で、茂みがガサッと揺れた。
振り返ると、月明かりに照らされた漆黒の軍靴。
視線をゆっくり上げると――そこにいたのは、王弟ジャック殿下だった。
驚いたように、少し困った顔でこちらを見ている。
(……今の、聞かれた?)
血の気が一気に引いた。
「あ、あの……! 今のは、誰かの悪口などではなくて……!」
必死に取り繕う私の前で、彼は口元を押さえ、笑いをこらえていた。
「いや……面白い令嬢だな」
「……へ?」
「普通なら、『月が綺麗ですね』くらい言うものだが……君は違うようだ」
(やっぱり全部……!)
冷や汗が止まらない。
彼はゆっくりと一歩近づき、碧の瞳を私に向けた。その威圧感に、思わず身を引く。
「ところで」
「……は、はい」
「『クソッタレ』と言っていたね?」
「ひぃっ!」
――終わった。
そう思った瞬間。
彼は、楽しそうに笑った。
「いい度胸だ。久しぶりに、面白いものを見つけたよ」
こうして私は、
王国最強の騎士団長との、最悪で最高な出会いを果たしたのだった。




