全国大会編⑩・「消失と支配」
羽谷は静かに口を開いた。
「前にいると、消されます」
監督は何も言わない。
ただ、続きを待つ。
「だから、一度下がり
そして中盤で受け、崩します」
相沢がわずかに視線を上げた。
「そのあと、もう一度、前に入ります」
羽谷の声は淡々と答える。
だが、迷いのない目だった。
「最後は――俺が決めます」
風が、ベンチを抜ける。
監督はゆっくりと息を吐いた。
「前線から存在を消すということか?」
「はい」
羽谷は小さく頷く。
「いわゆる偽9番、か....」
監督が呟いた後。
短い沈黙が続く。
監督は視線を外し、グラウンドを見る。
夕暮れのピッチ。
誰もいない空間を見つめながら、口を開く。
「リスクは分かっているのか?」
羽谷は即答した。
「はい」
「中盤で潰されれば、そのままカウンターになります」
「前線に人がいなくなる時間も増えます」
「チーム全体の距離も崩れる」
監督は小さく頷く。
羽谷は十分に理解していた。
「それでもやりたい理由はなんだ?」
一拍。
羽谷はわずかに視線を落とす。
「今のままでは、どこかで止まる」
その言葉に、空気が締まる。
「俺が前にいる限り、みんな俺を見る」
「だから、消される」
静かな声。
「なら――形を変えます」
相沢は、真っ直ぐ羽谷を見た。
羽谷は続ける。
「受ける側じゃなくて、動かす側になる」
「チームごと前に進める」
そして、少しだけ顔を上げる。
「俺がゲームを支配します」
監督は、初めてわずかに笑った。
「全部やる気か」
羽谷は答えない。
ただ、視線だけ逸さなかった。
沈黙。
風の音だけが通り過ぎる。
やがて、監督は頷いた。
「支配。....いいだろう」
短い一言。
だが、重い。
相沢の肩がわずかに動く。
監督は続ける。
「ただし条件がある」
羽谷の目がわずかに細くなる。
「お前一人でやるな」
一瞬の間。
「周りを動かせ」
「使い切れ」
「チームで崩せ」
静かな声。
だが、強い。
羽谷は小さく頷いた。
「分かりました」
監督は立ち上がる。
夕陽が、背中を伸ばす。
「全国まで一週間だ」
「形を変えるなら、今しかない」
相沢を見る。
「キャプテン。お前もだ」
「攻めが変われば、守りも変わる。頼むぞ!」
相沢は強く頷いた。
「はい」
監督は二人を見る。
「やるぞ」
短い言葉。
だが、それで十分だった。
夕暮れのグラウンド。
静かだった空気が、わずかに動き出す。
チームは――
次の形へ進もうとしていた。




