風の章
食事を終えた3人
片付けをしていると、ミリが視線を上げた
「……あれ、なにか変じゃない?」
空鰹の群れが渦のように集まっている
「アレはたまにやるのよ 風を受けて遠くに飛ぶ準備ね」
サートなら常識という感じでマリョが答える
アオがじっくり見て言う
「……あの場所、何かを中心にして風が渦を巻いている」
改めてマリョが渦を見る
しばらく考えてから答える
「伝承にあるの『風の章は鱗あるものに守られてる』って ドラゴンとか夢物語かと思っていたけど……」
「魚って鱗あるじゃん」
3人は互いに顔を見合わせた
――
滑空台から浮遊板に乗った3人が飛び出す
みんな軽いとは言え1人乗り用だ
安全性を無視して身体でも風を受ける
風の渦の中心へと向かう
空鰹たちは、周囲をぐるぐると周りながら案内するように泳ぐ
風の章に導かれているようだった
「見て、あそこ!」
風の渦の中心
浮島の目立たない側面
見えにくい、へこんだ所に古代の建物が残されていた
崩れかけた神殿のような建物
中に入ると風が弱まった
「スッ」と浮遊板が着地する
中は音も立てずに風が流れ込んでいた
祭壇のような台の中心に輝く物がある
1枚の羽のような形をした石――風の章――
風が吹くと空中でクルクルと回転する
「……これが風の章 天気図の欠片」
マリョが感動して言葉少なくなっている
アオは震える手でそれを掴んだ
その瞬間、塔の中に突風が吹き抜ける
空鰹たちが喜ぶように周囲を飛び跳ねた
風の渦がすっと消える
静かな風の流れだけが残った
「章を手に取り、風の乱れが正された」
マリョがつぶやく
「空の王はずっとここにいた 誰かに見つけてもらうまで、風を送り続けていたのね」
空鰹たちは名残惜しそうに3人の周囲を旋回
やがてどこかへ飛んでいった
――
風の章――まるで羽のように軽かった
手で持っていると指の隙間から風が漏れ出す
「これも吸収できるのかな」
アオがミリの方を見ると小さくうなずいた
アオがゆっくりと石板を取り出す
雨の章・雷の章・雪の章……すでに3つの章が刻まれている
風の章を石板に近づけた瞬間
突風が吹く
都市中の風を集めるように石板を中心に渦巻く
服や髪がパタパタと波打ち
身体が数センチ浮き上がる
「……章が、入ろうとしてる……」
風が石板の中央にすうっと吸い込まれていった
――風が止んだ
空中都市サートの暴風が沈黙した
「……あれ? 静か」
「いや……これが本当の風なんだ」
強風だが渦巻いてない風が吹く
暴力的ではない、そこにあるだけのような風
島の浮遊装置が安定する
プカプカ浮いていたのが一定の高度に保たれる
「章を手に入れることで風が整った」
マリョがうっとりとして言う
長年の研究の成果を目の前で見てるようなものだ
アオやミリより感慨深いだろう
アオはそっと石板を見た
風の記号が静かに輝いていた
石板の裏に文字が増える
【風を読む風花】
――
マリョが目を細める
「これは……かつて文献にあった【本当の風】かもしれない」
長い話が来るのかと2人は身構える
「天気図が壊れる前――世界が引き裂かれる前 本当の世界は、暴風が吹き続ける事も無かったという」
マリョは思考に沈んでいった
思ったより話しが短くて2人はホッとする
上の都市からは【人々の驚きと安堵入り混じった声】が風に乗ってここまで聞こえる
ただの便利な風ではない
自然とともに生きる【本当の風】が今ここにある
さて
都市に戻ろうと思ったが
「風が弱くなったから、どうやって戻ろう」
アオとミリが立ち尽くしているとマリョが後ろから言う
「これくらいの風があれば大丈夫 渦巻いてないから乗りやすい 都市も浮いてるでしょ?」
言われてみれば確かにそうだ
島が浮くんだから人くらい余裕だろう
行きより冒険感も無く「ふわっと」浮き上がる
自由に移動できるのは魔法の絨毯みたいだ
――
別れの挨拶を済ませ
帰りの凧を準備する
「……アオ」
背後からマリョが声を掛ける
「私も、行っていいかな」
「えっ?」
2人は固まる
「文献だけを読んできた 章の力も、都市の変化も、全部遠い過去の事だと思ってた でもそれが現実に起きてる もし誰も記録しなかったら、この旅が記録に残らない」
アオとミリがお互いにうなずく
「僕らの旅は……もう夢物語では無く世界を変えている それを記録してくれるなら嬉しいよ」
マリョの目がきらりと光る
「なら決まり!荷物取ってくるね~」
渦巻いていない心地良い風が吹く
風が彼らの背中を押す
新たな仲間とともに
次なる章へ向かうために