第11話「奇妙な追跡」
「依然変化無しですか。」
艦橋に入って来た恵理香が当直に就いていた副長に尋ねる。
「はい、進路及び速力とも変化無しです艦長。」
副長が処置無しという表情を浮かべ恵理香に答える。
溜息を付き恵理香は艦橋前の窓によると双眼鏡で前方の目標を見る。
「当直を交代します、皆お疲れ様でした。」
確認後恵理香は副長達に告げる。
「はい艦長。」
「では失礼します。」
恵理香と交代の為来た乗員達と当直を変わった副長以下の乗員達は引継ぎを済ませると艦橋を出て行く。
結局状況は前と変わっておらず恵理香は落胆するが、そもそも何か変化があれば恵理香は即座に呼び出された筈だ。
「状況に変化無しみたいだね。」
「そのようですね。」
出て行った副長達と入れ替わる様に艦橋に入って来るロベリヤと優香。
この2人相変わらず恵理香のシフトに合わせてここに来る、それは最早恒例だったので誰も気にしなかったが。
「ええ変化無しです・・・もう6時間も経つのに。」
まほろばは今1匹のシーサーペントを6時間も追跡し続けていたのだ。
6時間前、通常の哨戒任務中だったまほろばが1匹のシーサーペントを発見したのが、この奇妙な追跡劇の始まりだった。
恵理香は直ちに戦闘配置を指示し攻撃を掛けようとしたのだが、そのシーサーペントはまほろばに見向きもしなかった。
船舶であれば何であれ攻撃を仕掛けて来るシーサーペントがだ、お陰で恵理香は攻撃のタイミングを外されてしまった。
最初恵理香はこれはシーサーペントが何かを仕掛けて来る為のものだと思って警戒しつつ追跡を命じのだが、1時間経ち2時間経つうちにその考えに自信が持てなくなっていった。
何しろシーサーペントは航路や漁場を何度も横切っているのに見向きもしないのだ、航行中の船舶や漁をしている漁船が居たのに。
「一応持ち込んだ文献を調べてみたんだけどね、該当する様な物は見付けられなかったよ。」
恵理香の隣に立ったロベリヤが溜息を付きながら話始める。
ロベリヤは休息時間に自分がまほろばに持ち込んだ資料を調べてみたのだが、結局何の手掛かりも得られなかったらしい。
「そう・・・ですか。」
それを聞いは恵理香は失望を隠せない、どうやらロベリヤとっても今回の事は前代未聞な状況と言う訳だ。
追跡が始まって3時間後に恵理香はギルド長のレイアに連絡を取ったのだが。
流石のレイアもシーサーペントについて北方海で最も詳しいロベリヤですら判断出来ない事項を分かる筈も無く、『牧瀬艦長の判断に任せる。』と指示を出すのが精一杯だったのだ。
「皆様大分お疲れが溜まっているみたいでこのままでは・・・」
同じく恵理香の傍らに立った優香が心配そうに話す、何しろ6時間経っても何の進展も無いのだ、乗員達の疲れも溜まる一方だったからだ。
その事は恵理香も考えていた、このままの状態では不味いと、最早決断を先延ばしに出来そうも無いと。
「仕方ありませんね、1時間経っても現状に変化が無い場合には追跡を断念し帰還しましょう。」
「うん、その方が良いと思うよ恵理香。」
優香も同様に考えていたのか恵理香の判断に同意を示す。
「私としてはこのシーサーペントの謎を是非解明したところだけど・・・仕方が無いだろうね。」
ロベリヤも優香同様に恵理香の判断に同意する。
「乗員の皆にもそう伝えて下さい。」
「了解です艦長。」
恵理香の判断を乗員が艦内放送で乗員達に伝え始める。
そして愛用の懐中時計で時刻を確認し、恵理香が帰還の指示を出そうとした時にそれは起こった。
「!?艦長、シーサーペントが進路を変更します。」
監視していた乗員が振り向いて報告して来る。
「レーダー、目標の進路を確認願います。」
緊張の走る艦橋内で恵理香はセンサー担当に確認を指示する。
「やや北に進路を変更、速力には変化無しです。」
センサー担当からの報告を聞いた恵理香は海図台に向かい海図を見る。
「ここに来てですか・・・一体何が有ったと言うのでしょうか?」
傍らで来て恵理香同様海図を見た優香が呟く。
「奴にとっての目的地に近づいたって事だろうね、恵理香進路の先に何かあるのかな?」
ロベリヤが前方に居るシーサーペントを見ながら質問して来る。
「・・・この辺に人の住む島や航路、漁場は無かったと思うのですが。」
恵理香は海図上でシーサーペントの進行方向に何があるか辿ってみた。
「このまま進むと・・・これって・・・まさか?」
驚きと戸惑いの混じった声を上げる恵理香に、ロベリヤと優香は顔を見合わせる。
それに気付いた恵理香はロベリヤと優香にシーサーペントが向かう先を告げる。
「ガンマー島です・・・半年前シーサーペントに襲われ・・・島民全員が消えた・・・」
ロベリヤと優香は恵理香の言葉にはっとした表情を浮かべる。
「何故今更あの島に?」
恵理香の問いに答えられる者は居なかった。
半年前、今回の様に哨戒任務中だったまほろばはガンマー島からの救援要請を受信し直ちに向かった。
だが島に到着したまほろばが見たのは今まで何度も見た破壊された港と誰も居ない街と言う光景だった。
恵理香達は付近の捜索に入り遭遇した1匹のシーサーペントを撃破したが、結局島民達の消息の手掛かりを得る事も出来ず帰還するしかなかった。
「あの時の・・・それにしても何でまた。」
当時の事を思い出しロベリヤは首を捻りつつ呟く。
「恵理香・・・」
優香とロベリヤは押し黙ってしまった恵理香を心配そうに見る、助ける事が出来なかったと自分を責めるあの時の彼女を思い出して。
恵理香が最善を尽くしたのはロベリヤと優香、乗員達も知っており誰も責める事は無かったのだが、本人としてはやはり救えなかったと言う思いは消せなかったのだ。
「・・・警戒配置から戦闘配置に移行。」
「はい艦長、総員警戒配置から戦闘配置へ繰返す・・・」
俯いていた顔を上げ恵理香が指示すると乗員は優香同様心配そうな表情を浮かべつつ艦内放送を行う。
「大丈夫ですよ優香、ロベリヤもそんな顔をしないで下さい。」
心配そうに見る優香とロベリヤに恵理香は微笑んで見せる。
そんな恵理香を見て優香とロベリヤは大丈夫だと確信して顔を見合わせて頷きあう。
恵理香は確かに優しい性格だが、だからと言ってそれに引きずられる事はけっして無いと2人は信頼しているからだ。
「申し訳ありませんがもう少し追跡を続行します、ギルドに連絡を。」
「了解です艦長。」
進路を変えたシーサーペントとまほろばは1時間後ガンマー島の沖合に到着した。
「距離を保って下さい、艦載砲とランチャーの用意はどうですか?」
まほろばはシーサーペントと距離を取って停船する。
『艦載砲とロケットランチャー用意よし、何時でも攻撃可能です。』
火器管制室からの報告が入る。
「分かりました、そのまま待機を・・・それにしてもロベリヤ・・・」
隣の立つロベリヤに尋ねる恵理香。
「・・・私にもさっぱりだよ。」
ロベリヤは両手を上げ、お手上げだよと言うポーズを取る。
「一体シーサーペントは何をしたいのでしょうか?」
優香もまた困惑を隠せないのかそう呟く。
ガンマー島に到着したシーサーペントは廃墟と化した街の前でさっきから佇んでいるだけだったからだ。
「艦長!後方より急速に接近中の物体有り・・・反応からシーサーペントと思われます。」
その時だった、当惑して居る恵理香達にセンサー担当から報告が入る。
「!?機関始動、総員戦闘配置。」
突然の報告を聞いた恵理香は慌てる事無く冷静に指示をする。
「機関始動。」
「総員戦闘配置繰り返す総員戦闘配置!」
副長と機関担当は恵理香の指示を復唱し行動を起こす。
「両舷全速前進、島から離れて下さい。」
恵理香はまほろばの進路を変え島の前から離れさせる。
「接近中のシーサーペントの進路は?こっちへ向かって来ますか?」
進路を確認した恵理香はセンサー担当に問い掛ける。
「・・・いえまほろばではありません、もう一匹のシーサーペントに向かって行きます。」
レーダー担当問の報告に恵理香は右舷見張り所に出ると双眼鏡でシーサーペントを見る。
まほろばの後方から接近して来たシーサーペントはこちらに見向きもせず、もう一匹の方へ向かって行く。
「我々が目標じゃない・・・明らかにあのシーサーペントが目当てみたいだ。」
同じ様に見張り所に来たロベリヤもそう確信した様だった。
「一体何が起きているんでしょうか?」
優香がその状況を見て言う。
「私にも分かりませんね・・・何が始まると言うのでしょうか?」
まほろばを島から離れた位置にまで移動させた恵理香達はその光景を見ている事しか出来なかった。
後方から接近して来たシーサーペントは佇んで居るもう1匹に迫ると襲い掛かって行く。
「同士討ち?」
シーサーペントが餌が無い時に共食いしたりする事は知っていたが、今回はとてもそうは思えなかった恵理香達だった。
事態を理解出来ないまま恵理香達は激しく格闘するシーサーペント達を見続けるしかなかった。
そして戦いは唐突に終わる、首に噛みつかれどす黒い体液をまき散らしシーサーペントの1匹が沈んで行く。
「どっちが勝ったんでしょうか?」
その光景を見つめながら優香が呟く。
「・・・直ぐに分かるさ。」
ロベリヤが言った通りそれは直ぐに分かった、仲間のシーサーペントを倒した方は今度はまほろばの方へ向かって来たからだ。
「艦長!シーサーペントが急速に接近して来ます。」
恵理香達と一緒にその光景を見ていた見張り担当が叫ぶ。
その報告に恵理香は即座に指示を出す。
「前部艦載砲及び前部ロケットランチャーの攻撃用意を、完了しだい発射して下さい!」
『艦載砲及びランチャーへの目標データ入力・・・完了、攻撃開始。』
恵理香の指示に火器管制室が復唱し砲弾とロケット弾を発射する。
まほろばから放たれた砲弾とロケット弾はこちらに突進して来たシーサーペントに真正面から命中し、激しい水柱を上げる。
そして海面をのたうち回るシーサーペントはやがて力尽き自分もまた海底へ沈んで行くのだった。
シーサーペントを撃破し、体液でどす黒く染まった海面を見つめる恵理香達。
「結局あのシーサーペントの行動の理由は不明のままですね。」
恵理香はそう言って深い溜息を付く、何も分からないまま全てが終わってしまったと思って。
「そうだね何故アイツはあんな行動を取ったのかだけでなく、何故仲間のシーサーペントに倒されなければならなかったのかも含めてね。」
恵理香と共に海面を見つめながらロベリヤは肩を竦めて答える。
「私にはあのシーサーペントが何かの意志で動かされていた様な気がします、それが何か分かりませんが。」
優香がそう呟くと恵理香とロベリヤは顔を見合わせる。
「何かの意志ですか・・・あのシーサーペントをガンマー島に向かわせたもの。」
それは一体何だと言うのだろうと考えていた恵理香はふとこちらの世界に来る前に見た特撮ドラマを思い出す。
亡くなった者の魂が宿った怪獣の物語を。
「亡くなったガンマー島の住民達がシーサーペントに宿って帰って来た?」
唐突にそんな事を呟いてしまった恵理香は優香とロベリヤの視線に気付き慌ててしまう。
「あ、いえすいませんね変な事を言ってしまって。」
我ながら変な事を考えてしまったと恵理香は思ったのだが、優香とロベリヤの反応は違った。
「なるほどね・・・そう考えると。」
「何となく納得できますね。」
恵理香の言葉を聞いて優香とロベリヤはそう言ってきたのだった。
「言って置きますがこれは私の想像ですよ、そんなに真剣に受け止められても困るんですが。」
前の世界で見たドラマから思い立った話を真剣に受け止められた恵理香は困惑してしまった。
「世界には科学では説明出来ない事は多いからね、無いとは言えないと僕は思うけどね。」
ロベリヤは苦笑しつつ言って海面を見つめる。
「私もそう思います、故郷に帰りたいと思う亡くなった島の人達が戻って来たと・・・」
優香はロベリヤ同様そう言って恵理香を見る。
「・・・まあそう言われると私としても。」
そうじゃないかと恵理香は思ってしまう、そう解釈すれば今回の事は説明出来ないのではないかと。
「もっとも正式な報告書には書けませんけどね、これは私達だけの話としましょう。」
恵理香の言葉に優香とロベリヤは同意したと頷くのだった。
こうしてまほろばは奇妙な追跡劇は終え、進路を中央港に向けると島を離れて行くのだった
15:30
シーサーペント追跡任務終了
追跡中の1匹と新たに現れた1匹を共に撃破。
なお追跡していたシーサーペントの目的は不明。
報告者 まほろば艦長牧瀬 恵理香