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北方海の守護天使  作者: h.hiro
10/35

第8話「北方海の歌姫」

このゲーム世界には歌姫が居る。

南方海、中央海、そして恵理香の居る北方海であまりにも有名な歌姫。

神代 レイ。

実はゲームのクエストの一つに歌姫と共に冒険を繰り広げるというのがある。

レイはそのクエストに登場するキャラクターだった。

ただ、主に中央海で進行するクエストだったので、こちらの世界に来るまで恵理香はやってみた事が無かった。

『本日は、この度北方海で行なわれるコンサートに関して、神代 レイさんにお話をお聞きしたいと思います。』

見ているテレビ番組の中で、女性アナンサーがそんな事を喋っていた。

夜、食事をしながら家のリビングで恵理香と万理華は、今度行なわれる神代 レイのコンサートに関するニュースを見ていた。

『それではよろしくお願いします神代レイさん。』

『はい、こちらこそお願いします。』

女性アナンサーの言葉に、眩しい微笑で答える神代 レイは本当に美少女だった。

流れる様な銀の髪を腰まで伸ばし、青い水晶の様な瞳を持っている。

もちろん容姿以外にも、その声の素晴らしさでも知られている、まさに歌う為に生まれてきたと言われている存在だ。

『早速ですが今回のコンサートは、神代さんが自らがご希望なさったとお聞きしましたが。』

『はい、その通りです、今回関係者の方々にご迷惑をお掛けする事になりましたが。』

彼女は一瞬顔を俯かせるが、再び顔を上げて続ける。

『しかしどうしてもやりたかった、何故なら、この北方海こそ私が歌う事の原点になった所だからです。』

その言葉に女性アナンサーは驚いた表情を浮かべる、もちろん恵理香達もだが。

「彼女ってここの生まれだったかしら?私は南方海の方と聞いた覚えがあるんだけど。」

万理華が不思議そうに呟く、それは恵理香も乗員達から聞いた事があった。

神代レイのファンはまほろば乗員達にも多い、休憩中に聞いているのを恵理香は見た事が何度もあった。

そういったファンの乗員達から神代 レイの事を恵理香はよく聞かされたものだった。

『歌う事の原点ですか?でも神代さんは北方海にいらっしゃった事があるんでしょうか?』

恵理香達の同様に疑問に思ったのだろう、女性アナンサーが質問している。

『はい、昔、短期間ですが北方海の港がある街に住んで居た事があります、その時出会った方の言葉が、私が歌うことになった原点なのです。』

神代レイの言葉に質問した女性アナンサーだけでなく、周りに居た他のゲスト達も驚いた顔をしていた。

それはそうだろう歌姫神代レイの生まれた原点なのだから。

だがそうなると俄然その人物の事に興味が集中するのは当然だろう。

案の定、ゲストの芸能レポーターらしい男性が身を乗り出す様にして質問している。

『その方、と言うのは貴女とどんな関係なんですか?一体どういう素性の?』

『ち、ちょっと落ち着いて下さい、と言うかまだ質問時間ではありませんよ。』

興奮している芸能レポーターを女性アナンサーが必死に宥めている。

一方の神代レイはそんな質問攻めにも何時もの笑みを浮かべて答えている。

『ご期待に添えず申し訳ありませんが、その方は女性ですよ。』

『女性ですか?』

何を期待していたのか芸能レポーターは失望した様な表情で聞き返している。

『ええ、私がまだ幼い頃出会った同じくらいの歳の女の子です、短い間ですが2人で過ごしたんです。』

とても大事な思い出なのか、神代レイは何時もとは比べ物にならない微笑を浮かべて答えている。

『その娘のお名前を是非聞きたいんですが?』

またその芸能レポーターが身を乗り出して質問しようとするが。

『残念ですが、私にとっては大切な思いでなので、それは言えません。』

そう言われれば追求出来ず、アナンサーとレポーターは黙ってしまう。

「ふーんどんな娘なのかしらね、恵理香ちゃん?」

万理華が聞いて来たが恵理香はそれに答えなかった、いや別に無視したわけではないのだ。

神代レイを見ているうちに、恵理香の脳裏に浮かんできたある光景の所為で答えられなかったのだ。

『エリカちゃん、また会えるよね?』

『うん、・・ちゃん、きっと会えるよ。』

名前も顔をもはっきりしない女の子との会話を恵理香は思い出していたのだ。

しかし幾ら考えてもはっきりしなかった、だが少なくてもここに来る前のものではないと恵理香。

これはこの世界の牧瀬 恵理香としての記憶なのかもしれないと直感する。

「恵理香ちゃん?」

再度掛けられた万理華の問い掛けに、恵理香は我に帰る。

「あ、すいません、ぼんやりしてしまって。」

番組内では既に今度のコンサート内容に話題に移っていた。

歌う曲とか演出などについて、神代レイが説明している。

「気分が悪いなら、早めに休みなさい。」

心配そうな万理華に恵理香は微笑みつつ答える。

「大丈夫ですよ姉さん、でもお言葉に甘えてもう休みますね。」

明日も早いし、万理華の好意に甘えて食事の後片付けを頼み休ませて貰う事にする恵理香。

ちなみに食事の準備と後片付けは、何も無ければ交代でやっている。

前の世界ではそんな事した事など無く、料理の心得など持っていなかったと思うのだが、こちらの恵理香はその辺のスキルは持っていた様で助かっている。

「そう、それじゃそうしなさい・・・後で添い寝してあげるわ。」

「・・・それは止めて下さいね姉さん。」

どうやら好意だけじゃなかったらしい、恵理香は深い溜息を付くのだった。

まあ結局添い寝(もちろん強引に)されてしまった恵理香は先程脳裏に浮かんだ光景の事を自分とは関係無いと捨て置いてしまった。

結局恵理香としてこちらの世界に来たあとの記憶かもしれないし、まして神代レイと関係は無いと思ったからだ。

しかし、それが間違えだと恵理香は後になってから思い知る事になる。

『貨客船こばやし丸より救援要請、我シーサーペントの襲撃により航行不能なり。』

「両舷前進全速、本艦はこれよりこばやし丸の救援に向かいます。」

中央海と北方海と繋ぐ、通称接続海域を航行中だったまほろばに救難要請の通信が入って来た。

「まさか哨戒任務最終日に船が襲われるなんて・・・」

副長が思わずそんな言葉を漏らす。

「接続海域では暫らくシーサーペントの出現は聞いてなかったですから、こばやし丸も油断していたんでしょう。」

艦内通話器の受話器を戻しながら恵理香は言う。

念の為と言う事で商船ギルドから哨戒を依頼されていたのだけど、まさかその予想が当ってしまい恵理香は溜息を付く。

「こばやし丸の見張り、居眠りでもしていたんじゃないですか?」

皮肉っぽい笑みを浮かべ副長が言う、確かにちゃんと見張っていれば接近に気付けた筈で、損傷を受ける程接近されたとしたなら、そう言われても弁解の余地はないだろう。

『こちら前方見張り、シーサーペントとこばやし丸を確認。』

その報告に恵理香は艦長席から立ち上がり、艦橋前部の窓に寄り、双眼鏡を構える。

まほろばの前方、浸水で傾いたこばやし丸の周りをシーサーペントが徘徊しているのが見える。

幸いまだこばやし丸に取り付いていない、獲物をいたぶっているつもりなのだろうと恵理香。

「艦首艦載砲射撃準備、目標に当てる必要はありません、こちらに注意を引き付けるだけで十分です。」

『艦首艦載砲射撃準備、目標の注意をこちらに向けさせる様に着弾させます。』

火器管制室が恵理香の指示を復唱すると艦載砲が旋回し目標に向く。

『火器管制室より、艦載砲射撃準備よし。』

管制室からの報告を受けた恵理香が命じる。

「打ち方始め!」

艦載砲から発射された砲弾が正確にシーサーペント近くに着弾する。

そして攻撃に気付いたシーサーペントはまほろばを脅威と感じたのだろう、進路をこちらに向けて接近して来る。

「面舵一杯、こばやし丸から離れます、後部艦載砲及びランチャーの射撃用意。」

「面舵一杯。」

『後部艦載砲及びランチャー射撃準備よし。』

恵理香の指示に即座に火器管制室から復唱が返って来る。

「艦長、こばやし丸から十分離れました、攻撃に問題無し。」

やがてセンサー担当が報告する。

「攻撃開始!」

『後部艦載砲及びランチャー発射!!』

艦載砲の砲撃音とロケット弾の発射音が重なって艦橋内まで聞こえると、恵理香は左舷見張り所に飛び出して双眼鏡を構える。

先ず砲弾が直撃し大きくバランスを崩したシーサーペントにロケット弾が命中する。

激しい爆発音と水柱を見た恵理香は双眼鏡を下ろすと指示を飛ばす。

「確認、急いで下さい。」

「レーダーの反応消失を確認しました艦長。」

センサー担当から即座に報告が入ってくる中、左舷見張り担当は恵理香が問う前に答える。

「シーサーペント沈んで行きます、撃破確認。」

その声に艦橋は安堵に包まれ、恵理香もほっと一息付く。

「お疲れ様です艦長。」

副長が見張り所に出て来て微笑みながら恵理香の声を掛ける。

「ええお疲れ様です・・・もちろん皆さんもですが。」

「「「はい、艦長。」」」

乗員達も微笑んで答えてくれる。

「それではこばやし丸の所に戻りましょう。」

「了解です艦長。」

乗員達はまほろばをこばやし丸の居る海域に戻す為動き始める。

それを見ながら、恵理香はこれで全て終わったものと思っていた。

だが残念ながらそうでは無かったのだ、恵理香に限って言えばだが・・・

こばやし丸の元に戻ったまほろばは傍らで護衛をしつつ待機していた。

1時間前にこばやし丸から移動させる為のタグボートが、護衛のハンターの駆逐艦と共に向かっていると連絡を受けていたからだ。

そして救援隊が到着するまであと30分になった所で、恵理香は意外な依頼を受ける事になる。

『艦長、こばやし丸の船長より、依頼したい事があるとの事ですが?』

通信室からきたその報告に、恵理香は繭を顰める。

あとは救援隊が到着するのを待つだけの今、何を依頼しようと言うのだろうかと恵理香は疑問に思ったからだ。

正直厄介事の匂いがしてしょうがなかったが、向こうの船長自ら連絡してきたのでは無視出来ない。

「分かりました、繋いで下さい。」

『はい艦長。』

回線が切り替えられるノイズがあり、暫しの間が空いた後、男性の声が聞こえて来る。

『こばやし丸船長の池谷です。』

「まほろば艦長の牧瀬です、何か依頼が有るとの事ですが?」

挨拶を簡単に終わらせ、直ぐに依頼の話しに入る、厄介事は早めに済ませたいからと恵理香は思ったからだ。

『はい、実はある乗客の方々をまほろばで中央港まで運んで頂きたいのです。』

「・・・・・」

船長の言葉に恵理香はかなり困惑させられていた、何しろそんな依頼今まで聞いた事が無かったからだ。

「まほろばは旅客船ではありませんよ、その辺は船長にはお分かりだと思いますが。」

まほろばは戦闘を目的とした駆逐艦であり、お客を乗せる貨客船でな無いと恵理香は伝える。

『ごもっとです牧瀬艦長、ですが今回はそうは言ってられない理由が依頼主にありましてね。』

「その依頼主と言うのは一体誰なんですか?」

暫しの沈黙後、船長が答えてくれたが、余計恵理香を戸惑わせる事になった。

『歌姫の神代レイですよ牧瀬艦長。』

こばやし丸は損傷が酷く、予定通りの港への到着は望み薄になってしまった。

そうすると北方海でのコンサートの開催までに神代レイの到着が間に合わない可能性が高い。

既に会場の設置も終わり、ファンの人々も、危険な海を越えて、集まっている。

中止する事は絶対出来ないと神代レイがこばやし丸の船長に頼み込んだ結果まほろばに白羽の矢が立った。

まほろばなら予定より少々の遅れで到達出来るからだ。

ただし高速で移動する船はシーサーペントのいい標的になる可能性があり多大な危険も伴う。

『危険については神代レイ側も承知しているそうです。』

そこまで決意していると言う事らしい、恵理香は溜息を付いて副長を見ると頷いて見せる。

それは艦長の判断に従いますと、他の乗員達も同様の様だった。

「分かりました、その依頼をお引き受けいたします。」

護衛の契約について簡単であるが交わして置いた。

もちろん牧瀬商会長である万理華には連絡した、流石に驚いた様だったが、恵理香の判断を信じると言って承諾してくれた。

「まほろばをこばやし丸に接近させて下さい、搭載艇の用意を。」

神代レイ一行を受け入れる為の準備が進む、人数は20人程、全員女性との事だった。

「艦長、連絡艇の用意完了です。」

「では収容に向かって下さい、全艦警戒態勢を維持。」

恵理香は双眼鏡で周囲を見回しながら指示をする。

一方こばやし丸では多くの乗船客が鈴なりになって搭載艇を見送っている、今更ながら神代レイの人気が分かると様だと恵理香は感心する。

『こちらレーダー室、接近中の艦隊を確認しました。』

どうやら救援の艦隊が到着したと恵理香は安堵する、あとは神代レイ一行の収容を終えれば出発出来る。

「出発準備を副長お願いします。」

「了解です艦長。」

艦橋内を乗員達が出発の為動き始める。

そして神代レイ一行を乗艦させるとまほろばは中央港を目指して出発した。

「両舷前進半速、さあ帰りましょうか。」

「はい、艦長。」

副長が恵理香の指示に微笑んで答える。

「前進半速。」

「帰港進路良し。」

機関担当と航海担当の復唱が続く。

「それでは・・・副長、暫らく指揮をお願いします。」

まほろばが帰港進路に乗った事を確認した恵理香は副長に指揮を委ねると艦橋を出て行く。

「了解です艦長。」

これから恵理香は乗艦した神代レイ一行と色々話をしなければならなかったからだ。

食堂に入ると数十人の女性達が、席に座っていたり、立っていたりとしながら恵理香を待っていた。

そしてその中でも他に無いオラーを出している少女、銀の髪を腰まで伸ばした、青い水晶の様な瞳を持つ彼女こそ神代レイだろうと恵理香。

こうして見ると本当に神々しい美少女だ、地味な自分とは大違いだなと恵理香は内心深いため息をついてしまう。

「艦長。」

神々しい神代レイに鬱になっていた恵理香に、案内役の乗員が呼び掛けてくる。

後ろにはスーツを見事に着こなした、やり手のキャリアウーマンと言った感じの女性が立って居た。

「初めまして、神代レイのマネージャーを務めます戸倉 涼子と思うします、今回はご迷惑をお掛けする事になり申し訳ありません。」

どうやら神代レイのマネージャーらしいその女性が丁寧な言葉と仕草で恵理香に挨拶する。

「牧瀬商会所属まほろばの艦長牧瀬 恵理香です。」

マネージャーと挨拶してテーブルに座った恵理香はふと視線じそちらを見る。

「・・・・・」

そして興味深そうに見てるスタッフ達の中に居る神代レイがその視線を向けて来た相手だと恵理香は気づく。

『エリカちゃん、また会えるよね?』

『うん、・・ちゃん、きっと会えるよ。』

「・・・・!?」

「牧瀬艦長、どうかなされましたか?」

マネジャーの声に恵理香は我に帰って答える。

「いえ、何でもありません。」

テレビで彼女を見た時浮かんだ光景が何故かまた恵理香の脳裏に浮かんできたのだ。

混乱しそうになりそうな思考を何とか恵理香は元に戻しつつ話を始める。

「失礼しました戸倉さん・・・こばやし丸の船長さんから聞いているとは思いますが、まほろばはれっきとした戦闘艦です。」

目と思考を目の前のマネジャーに向け恵理香は伝えるべき事を話し始める。

「乗員達も航海中は各々に仕事を持ってます、ですから旅客船の様には出来ません。」

「はい。」

マネジャーが理解してくれるのを確認しながら恵理香は続ける。

「後で滞在中の船室にご案内しますが、港に到着するまで出来るだけ部屋から出ないで下さい。」

傍で聞いているスタッフ達の緊張が伝わってくる、但し神代レイを除いてだったが。

「何か必用な事があれば担当の乗員に言って下さい、極力対応させますので、ご協力をお願いします。」

「分かりました牧瀬艦長、こちらとしても無理を聞いて頂いたのですからご安心を。」

「ご理解して頂き感謝します。」

マネジャーの返事を聞き、恵理香は頷くと立ち上がり、先程から指示を待っている乗員へ指示する。

「それでは後の事をお願いします、何かあれば私か副長に言って下さい。」

「了解です艦長。」

恵理香は指示後食堂を出ていきながら、神代レイの視線が決して自分から外れる事はなかった事に困惑を隠せなかった。

艦内時間21:00

恵理香は艦尾側にある医務室での打ち合わせを終え、艦長室に戻ろうとしていた。

まあ打ち合わせの内容は今度行なわれる健康診断と身体測定についてだった。

・・・正直言って健康診断は別にして身体測定はちょっと鬱な恵理香だった。

身体測定で身長と体重、そして身体各部のサイズ、俗に言うスリーサイズを測定させられるのだ。

恵理香にとっては未だに慣れる事の出来ない苦行だった、まあ慣れたら慣れたでどうかと思うのだが。

そんな事を考えながら歩いていた恵理香は、後部甲板へ上がるタラップ横を通り過ぎようとした時流れて来た潮風に立ち止まる。

「こんな時間に誰か後部甲板に出ている?」

北方海の夜風に当たりたいなんて考える物好きなんて乗員は居ない筈だ、だとすれば神代レイ一行の誰かかもしれないと恵理香は推測する。

だとすれば注意しておいた方がいいと恵理香は思いタラップを上って後部甲板出る。

後部艦載砲の傍に人影を見つけた恵理香は声を掛ける為近寄って行く。

「こんな時間に甲板に出ている危険ですよ。」

恵理香ははそう言って人影に話し掛けると相手は振向いてこちらに顔を向けてくる。

銀の髪と青い瞳を持つ顔を・・・恵理香は一瞬この世のものでない人を見た気分にされてしまっていた。

そうそこに居たのは神代レイだった。

青白い月の光に照らされる神代レイ、ゲームでその姿を見たことがある恵理香でもその神々しさに言葉が出くなってしまう。

「どうかされましたか艦長さん?」

神代レイの言葉に恵理香は現実に引き戻される。

「いえ・・・それよりどうかしましたか?先程言った通り、夜間に甲板に出るのは危険ですよ。」

神代レイは再び海上へ目を向けると話し始める。

「海を、夜の海を見たくなって・・・マネジャーさんに注意されたんだけどね。」

そう言って神代レイは手で髪を後ろに流す、その姿は本当に幻想的で、恵理香はまたその光景に引き込まれそうになる。

神代レイの神々しい雰囲気に・・・

「ねえ艦長さん、聞きたい事があるんだけど、いいですか?」

雰囲気に飲まれそうになっていた恵理香に神代レイが問い掛けてくる。

「それは構わないですが、何をお聞きになりたいんですか?」

神代レイが私の方を向き、その青い目で見つめてくる、その時またあの光景が・・・

『エリカちゃん、また会えるよね?』

『うん、レ・ちゃん、きっと会えるよ。』

「え・・・?」

今まではっきりしなかった会話と相手の顔が少し鮮明になってきて恵理香は困惑する。

「・・・・・」

何も言わずレイは恵理香を見つめ続ける、そして・・・

「どうしたのエリカちゃん?」

「・・・・!?」

『エリカちゃん、また会えるよね?』

そう言って泣きながら銀髪の青い目の女の子は問い掛ける。

幼い恵理香は悲しみを必死に押さえつけながら言う。

『うん、レイちゃん、きっと会えるよ。』

「レイちゃん?え、え・・・」

そうこの世界の恵理香が持つ幼い頃の記憶、神代レイとの間の出会いの・・・

「でも貴女は・・・」

神代レイは混乱する恵理香を見ると目をまた海上に戻し歌い始める。

それは恵理香にとってとても懐かしい歌、あの光景に重なるもの。

歌を止め神代レイは恵理香の顔を覗き込んでくる。

「懐かしい?これエリカちゃんの前で歌ったものよ。」

「た、確かに聞いた覚えはありますが、もしかして他で聞いた事が・・・」

正直言って恵理香は未だに確信が持てずにいた、目の前の神代レイがあの時の少女だと。

だけど神代レイは恵理香の言葉に確信を得たとばかりに微笑んでこう言ったのだった。

「それは無いわ、だってこの歌、私のお母さんが作ってくれたんだけど、人前で歌ったのって一度きりだもの・・・エリカちゃんとお別れする時にね。」

『エリカちゃん、また会えるよね?』

『うん、レイちゃん、きっと会えるよ。』

『じゃその時の為にこの歌をエリカちゃんに聞いてもらうね、再会して困らない為に。』

そう言ってレイは恵理香の前で歌ったのだ、後半泣きながら。

こうして恵理香は、かって幼い頃出会い共に過ごしたった神代レイと海上で再会したのだった。

ちなみにレイの歌う原点となったのが別れの時に歌った事だったと恵理香はこの時知らされたのだった。

「それにしても酷いな恵理香ちゃん、私の事直ぐに分からなかったわよね、私は直ぐに分かったのに。」

その後恵理香達は甲板から食堂へ移動していた、流石にあのまま夜風を浴びているのは辛かったからだ。

当直の交代時間にはまだ時間があったので、食堂には恵理香達以外人は居なかった。

テーブルを挟み入れた紅茶を前に恵理香とレイは話をする。

「それについては申し訳ありませんでした、でも自分の知り合いが超有名人になっているなんて想像出来ませんでしたから。」

幼い頃、ほんの一時出会い、過ごした娘が、今やこの世界で知る者の居ない人間になっているなんて思いはしなかったと恵理香。

「そうなの?でも恵理香ちゃんだって北方海の守護天使様って言う超有名人なんでしょ?」

「それは限られた人達の間だけですよ、誰もがその名を知る貴女とは比べ物にもならないと思いますよ。」

守護天使の名は自分が居るこの業界での話の筈だ、まあ北方海だけでなく中央海や南方海でもその名が広まっていると姉から聞かされ驚いたものだったが。

だがそんな恵理香にレイは思ってもいなかった事実を教えてくれた。

「ふ~ん、確かに恵理香ちゃんが北方海の守護天使様だとは思わなかったけど、天使様の名前なら私知っていたけどね。」

「へ・・・?」

神代レイの言葉に恵理香は固まる、天使の名前なら私知っている、それってどう言う事なのかと疑問に思って。

「結構有名よ守護天使様の事は、こばやし丸が襲撃されて乗客や船員の人達が、パニック状態だったのがまほろばが来てくれるって聞いた途端に収まったくらいよ。」

「・・・・」

「守護天使様が助けに来てくれるからってね。」

恵理香は頭を抱えたくなった、守護天使の名は海運関係者間の話かと思ったのに、それだけではなく一般の人達の間でも有名だった事を知ってしまったからだ。

「・・・もしかしてこばやし丸の乗客の人達が鈴なりになって見ていたのって?」

「ええ、守護天使様を一目見たいって言ってね、あれは凄かったわ、気付かなかったの?」

「はい、てっきり貴女を見ているのかと思いましたから。」

つまり乗客の人達は恵理香を見る為に、あんなに集まっていたというのが真相だったのだ。

「私は神代レイと言う事を隠して乗っていたからそれは無いと思うわ、あと貴女で無く、レイちゃんって呼んで欲しいんだけど恵理香ちゃん。」

衝撃を受けている恵理香を神代レイは睨みつけ、掛けていた眼鏡を取ってしまう。

「それは、って返して下さい神代さ・・」

「レイちゃん。」

「いやお互いもうそんな呼び方・・・」

「レ・イ・ちゃん。」

恵理香の眼鏡を返そうとせず、レイは何度も「レイちゃん」呼びをさせようとする。

結局恵理香は根負けしてしまい「レイちゃん」と呼ぶ事を承諾するしかなかったのだった。

「レイちゃん、返してもらえませんか?」

「レイちゃん」と呼ばれ嬉しそうな表情を浮かべレイは眼鏡を恵理香に返す。

「うん合格、でも会わないうちに眼鏡を掛ける程目が悪くなったの恵理香ちゃん?」

返された眼鏡を持つ恵理香を見ながらレイが問い掛けてくる。

「それは伊達ですよ、姉さんに言われて掛けているんです。」

元々恵理香は眼鏡を掛けるほど視力が悪くなかったのだが。

ある日突然万理華が眼鏡を持って来て「恵理香ちゃんこれからはこれを掛けて」と言ってきたのだ。

恵理香は当然何故と聞いたのだが・・・

「変な虫が寄ってこない様にする為よ。」

何時もに増して訳の分からない事をする万理華に恵理香も最初は抵抗したが。

「恵理香ちゃん、分かってちょうだい、これはとても重要な事よ、貴女の貞操に係わるの!」

妙な迫力で迫ってくる万理華に結局逆らえず、それ以来恵理香は眼鏡を掛けて生活する羽目になったのだった。

「ふ~ん、なるほどね・・・確かに恵理香ちゃんのお姉さんの言うとおりね。」

恵理香の顔をじっと見つめながらレイは納得した表情を浮かべて言う。

「それってどういう意味ですか?」

「恵理香ちゃんは気にしなくていいわ・・・守られているのなら私の為にもなるし。」

「・・・?」

眼鏡を掛け直しながら恵理香はレイの言った意味がよく分からず首を傾げるしかなかった。

その後恵理香とレイは交代時間になり他の乗員達が来るぎりぎりまでお互いの事を教え合っていたのだった。

翌日牧瀬商会・事務所

『皆さんありがとう、ここで歌えて私は幸せです!』

テレビの画面の中でレイがコンサート会場に居るファンにお礼を言っている。

レイのコンサートは予定よりやや開始時間が遅れたが無事開催された。

そのコンサートの中継を、恵理香は商会の事務所で、万理華とロベリヤ、優香の3人と見ていた。

・・・最近何故かロベリヤだけではなく優香まで事務所にやって来る事が増えてきた。

前回のレイアの依頼の時にロベリヤが頻繁に恵理香の元を訪れていると優香が聞いた結果こうなってしまったのだ。

「ロベリヤだけずるい、私だって恵理香と居たい。」

そう言われ恵理香としては無下に出来ず、恵理香が仕事の無い時はこのメンバーで過ごすのが当たり前になってしまっていた。

ちなみにロベリヤと優香、そして万理華が居ない時に限って美波が訪れている事を3人は知らない。

『ところで皆さん、ここへ来る前に言った通り、私は会いたかった人に再会する事が出来ました。』

会場がシーンとなり、いや恵理香の居る事務所もまたそうなったのだが、レイはそんな中言葉を続ける。

『彼女は変わっていませんでした、まあ最初は気付いてくれませんでしたが。』

そんなレイの言葉に恵理香は嫌な予感を覚え落ち着かない気分にさせられる。

『再会出来て嬉しいし彼女はやはり私にとって最愛の娘だと改めて思いました。』

レイの発言が進むにつれ3人からの視線が強まって来るのを恵理香は感じていた。

『ですから私の我侭ですが、最後の歌はその娘の為に歌わせて下さい。』

レイはそう言って頭を下げる。

『うおおお!!!レイちゃん、気にしなくていいんだ!!!』

『そうだ!応援するぞ、幸せになってくれ!!!』

ファンはどうしてそこで感激したうえに応援するのかと恵理香は思ってしまう。

『ありがとう皆、それでは『私の天使様』、聞いて下さい。』

レイはそう言うと、あの素晴らしい歌声で歌い始める。

所々、海を駆ける天使様とか、海に生きる人達を護るとか入っていて恵理香は益々肝が冷える思いを味合っていた。

周りに居る3人の視線が益々強くなってきているからだ。

そんな恵理香の状況を他所にコンサートは大いに盛り上がって終わった。

「さて、私は明日の仕事の準備にまほろばに行かないと・・・」

そうさりげなく言って恵理香は立ち上がって行こうとしたのだけど、2人に両肩、1人に右腕を掴まれ身動きが出来なくなる。

「・・・3人共痛いんですが?」

そう言って恵理香は抗議するのだが。

「神代レイの言っていた最愛の娘って・・・恵理香ちゃんよね、だって天使様って言っているしね。」

顔は笑っているのに目は笑っていない状態で圧を掛けて来る万理華。

「恵理香って確か神代レイと一晩まほろばで一緒だったんだよね、なるほどその時に再会した訳だ。」

万理華と同じく目は笑っていないロベリヤが問い掛けるいや尋問してくる。

「そうね私もその点を聞きたいわ。」

優香もまた2人と同様だったのは言うまでもなかった。

「「「時間はまだ十分あるよね、ゆっくり話をしましょうね恵理香ちゃん。」」」

どうやらこのまま尋問が始まりそうだなとアンコールに答えるレイを見ながら恵理香は諦めの境地になるのだった。

恵理香が眠れたのは日付が変わってからだった。


17:19

接続海域の哨戒中に貨客船こばやし丸の救援要請を受け対処。

ただこばやし丸の損傷が酷く曳航が必要との事で該当商会に依頼。

タグボートと随伴の駆逐艦到着まで護衛。

なお臨時で神代レイの中央港までの輸送依頼を受け無事完了。

報告者:牧瀬商会所属駆逐艦まほろば艦長牧瀬 恵理香。

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