新しい交易と眠れない夜
「確かにこれはサグサグに似ているが、本当にサグサグではないのだな」
「同じように辛いのに、こんなに旨味もあるなんて」
「しかも、見ろ、ユクタ。ペポやメランザーナ、パタータ、オクラが揚げ焼きにされて一緒に盛り付けられている。揚げ焼きにすることでそれぞれに甘みが増し辛みと調和している。さらにこの卵がいい」
今日の夕飯は八人でカレーパーティーである。
スパイスカレーと、それに小麦粉を少し加えた前世で言うおうちカレーの二種類。
それにアイオライトの大好きなカボチャ、ナス、ジャガイモ、オクラを揚げ焼きにして、半熟卵も用意してある。
さらに、ご飯とナンは好きな方を選んで食べてもらっている。
「揚げ野菜は季節のものとか、好きな食材を乗せるのも楽しいですよ」
「乗せるものに決まりはないのですね」
「ないです! 好きなものたくさん乗せたら、きっと美味しくて楽しいですよ! 今回はお野菜の中で自分の好きなものの素焼きばかりですが」
「半熟卵が、たまらん」
「そうそう、贅沢な気分になるよね」
カリンとリコは迷わず半熟卵をカレーに乗せてほくほく顔である。
卵がトロトロのオムライスが好きなラウルも、それを見逃さずにカレーに乗せて満足そうに口に頬張る。
「くーっ! 旨い!」
「エビフライ、唐揚げ、ハンバーグも合いますよ」
「なにそれ! 凄くない!?」
「大体いけますね」
「アオ、お願い。俺、今すぐ全部食べたい」
急にそんな真剣な眼差しを向けられて懇願されても困る。
さらに食べたいと言って、自らの唇を少しだけ舐めるの反則!
ただの食いしん坊のセリフを、何故こんな色気たっぷりに言えるのか不思議に思っていると、その隣でさらに真剣にトッピングを考えているアシュールが声を発した。
「チーズなども良さそうだな」
「ええ、カレーライスにチーズは……間違いありません」
アシュールの問いに、リチャードが先ほどのカレーパンを思い出したのかチーズに反応して答える。
「カレーパン……」
恍惚とした顔でリチャードがカレーパンを思い出している。
確かに美味しかったが、そんなに夢中になるほど好物になるとは思っていなかったアイオライトは、店のメニューに加えるかどうかを本格的に悩み始めていた。
「店で出したら、売れますかね。ラウル」
「それいいよ! いや、待った。俺には……ナポリタンとオムライスが……。くっ! やっぱり新参者のカレーパンには浮気、出来ない……」
「何の話をしているのでしょうか?」
「私は、むしろ毎日通いたいのに通えないこの身が腹立たしくてたまりません」
「そんな重たい話ではないはずです」
変な会話が続けながら、二人のカレーを食べるペースは全く落ちていない。
ラウルとリチャードからそっと離れて、アイオライトはアシュールとユクタの近くへ移動した。
「自分も今度サグサグ作ってみますね!」
「アイオライト殿が作れば、我が国のサグサグも絶品になりそうだな。後でうちの料理人にレシピを伝えるように言っておこう」
「ありがとうございます」
サグサグは、カレーや肉じゃがの味が各家庭で違うように、厳密に決まったルールがあるわけではないと言う。
アイオライトは自分だけのサグサグを作る楽しみが出来たので、店が再開できたら作ってみようと思いながら部屋を見渡した。
みんなが美味しそうな顔をして食べてくれるのはやはり嬉しい。
ナンも思ったよりも上手く出来上がって、リコとカリンとレノワールも喜んでくれている。
リチャードは誰よりも早くおかわりをして、さらにすでに食べ終えており、とても満足した顔でラッシーを飲んでいる。
「それにしても、ラッシーまで飲めるなんて最高じゃない。私これにマンゴー入れたい」
「マンゴー鉄板! でも私が一番入れたいのはイチゴ!」
「私は、桃、だな」
「このラッシーの上を行く味がまだあると言うのか!」
リチャードはカレーに関するものは何でも知っておきたいのか、食いつき方がおかしい。
「これはレモンを入れてさっぱり飲めるようにしてあるんですけれど、果物を入れても美味しいんですよ」
「しかし、イチゴはアルタジアにもある果物だけど、《まんごー》と《もも》っていうの? は聞いたことがないな」
「マンゴーは赤っぽい木の実で、中は黄色っぽいんです。強い甘みがあって舌触りが滑らかで美味しいですよ。桃も甘いんですけれどジューシーで、色は薄いピンクです。自分香りもとっても好きです。
「マンゴーは我が国でも作っていますよ。ももというのはもしかしたらペェシクムのことかもしれないです」
話を聞いていたユクタが、ガルシアで作っていることを教えてくれる。が、ガルシアとアルタジアはかなり距離がありる。
「輸送の問題か……」
「何言ってんの、リチャード氏。冷凍すればいいじゃん」
「は? 冷凍して運ぶのか?」
「冷凍すれば一、二か月は日持ちするからね」
「でも、マンゴーも桃も解凍したらべちゃっとしちゃうよ?」
「う、そ……」
「ほんとだよ。半解凍ぐらいで食べる分にはいいとは思うけどね」
前世でも冷凍のマンゴーや桃は半解凍ぐらいで食べるのが丁度良かったはずだ。
「下処理をしっかりしてから魔法で瞬間冷凍出来れば大丈夫だと思うけど……」
「魔法、万能すぎ」
「ただガルシアで加工しなくちゃいけないし、自分たちだけで楽しむにしてはちょっとコストがかかりすぎじゃない?」
その後は商売の天才カリンが、いい商売になりそうだとリチャードと共にアシュールと話を詰めていく。
急速冷凍した後の輸送経路、コストを概算で計算したところ、試しに数回輸入してみようととんとん拍子に話が進んでいく。
「凄いね。カリンちゃん」
「今回はお試しよ。本格的に交易が始まるかどうかはこの国でどれだけ売れるかによるわ。初めに入ってくるのは式典後の半年後の予定だから、それまでに何か考えておかなくちゃダメね。私はスイーツ関係でかなりいけると思うのよね」
「でもさ、ただのカレーパーティーから交易が決まっちゃうなんてびっくりするね」
カレーとラッシーを作って食べていただけだが、思いのほか大きな話が動き出してアイオライトはびっくりしていた。
「思い返せば些細なことから始まった。なんていう大きい取引は沢山あるわよ」
そういう事があると言っても、である。
「びっくりしちゃいますね、ラウル」
「カリン嬢は商売上手だよね」
「ですね」
「でも美味しいってみんなが言ってくれて良かったね。アオ。俺もすっごく美味しかったよ」
「ありがとうございます」
「さて、今日はここで食事はお開きにしよう。アオ、ごちそうさま」
「はい。ごちそうさまでした」
片付けは厨房の方がしてくれるとのことだったが、どうしても手伝いたくて皿だけ厨房に持っていく。
アイオライトは食事の後にカリンに相談したいことがあったのだが、夕食の後さらにリチャードとアシュールと共に話を詰める必要があると、すぐに部屋を出ていってしまった。
リコもカリンと一緒に行ってしまい、レノワールはユクタの服を作るために打ち合わせ。
結局アイオライトは、胸のザワザワについて誰にも聞くことが出来なかった。
「アオ」
皿を片付けているとラウルが厨房に顔を出し、アイオライトに声をかけてきた。
「あのさ、身体もずいぶんよくなってきたし、一日だけだけど、店に帰る?」
そう言ラウルの表情からはとても心配している表情が見て取れた。
ただ、アイオライトも店を休みにすると言う張り紙をしてもらっているとはいえ、家の状態が気になっていたので一度戻りたい気持ちがもの凄くあるのだ。
「そうですね。家の中が心配なので。父さんと母さんがついてきてくれれば大丈夫でしょうか?」
ラウルは少しだけ考えて、小さくうなずいた後、優しく笑ってこう言った。
「じゃぁ明日、ヴィンスとジョゼットと俺の四人で一緒にいこうか」
「いいんですか! あ、でも、ラウルはアシュールさんとユクタさんの対応をしなくちゃいけないのでは?」
「ほら、アシュール殿はマンゴーと桃の事でリチャードとカリン嬢と忙しいだろう? ユクタ嬢もレノワール嬢がいれば、数日俺がいなくても問題ないよ。でも、家に帰してあげられなくてごめん」
「仕方ないとは思いますが、式典が終わるまで……ぐらいですかね」
「……」
その問いにラウルは答えられない。
式典後の舞踏会でラウルはアイオライトに求婚するつもりだ。
それが受け入れられれば、国内外でアイオライトに手を出すような貴族はいないはずで、全てにおいてラウル自身の名の下に守る事ができる。
城の城下町で店を開くことは出来るかもしれないが、イシスに戻ることは難しくなる……。
まぁ、受け入れられるか、は分からないが。
「ラウル?」
「あ、ごめん。じゃぁ明日。馬車で行くから朝からで良いかな。ヴィンスとジョゼットには俺から言っておくよ」
「わかりました。お手数をおかけしますがよろしくお願いしますね」
「うん」
ラウルはそう言ってアイオライトの頭を撫でる。
「えへへ、ラウルに頭を撫でられるのは気持ちいいです。では明日。おやすみなさい」
気持ちよさそうに目を細めラウルを見上げるアイオライトの頬を一度撫でて、離れる。
「誰か、彼女を部屋に送っていって。じゃぁ、おやすみ。アオまた明日ね」
無理矢理離れなくては、ラウル自身がアイオライトと離れた難くなってしまう。
「ヴィンスとジョゼットを部屋に」
侍従に命じ、自身も部屋に向かう。
ラウルが部屋に到着すると、すでにヴィンスとジョゼットが部屋の前で待っていた。
侍女と侍従は部屋に入れず、ラウルはヴィンスとジョゼットだけを招き入れた。
「ラウル殿下?」
「今度の舞踏会で、アオに求婚するつもりです」
「は?」
「先にアオの両親である二人に話しておきたかった。許しがもらえたなら……」
「だから、ちょっと待って。アオはまだ十七でまだ成人もしていないのよ。もしアオの魔法を保護したいだけなら」
「魔法なんて関係ない。彼女が私のそばにいてくれれば、それだけでいいんです」
急に求婚すると言われても、ジョゼットは焦るばかりだ。
ヴィンスは思うところがあるのか目をつむって考えているようだったが、しばらくして口を開いた。
「アオが良いと言えば、それで構わん。ただし結婚は二十歳になってからだ。いいな」
「ありがとうございます」
「もしアオを泣かせるようなことがあったら、婚約は破棄させます」
「私が泣かされることはあるかもしれませんが、アオを泣かせるようなことはしません」
「しっかしうちの娘は控えめに言っても超絶可愛いくて、料理も上手で頑張り屋で、マジ天使だけどちょっとあんな感じでぼやぼやしたところあるけれど、いいのか?」
「ふぅ。緊張した。許しがもらえて良かった。え? そこが可愛いんじゃないか」
求婚する相手の両親に接するように、丁寧に話をしていたが了承を得られたので口調はいつものラウルに戻っている。
「あと、明日イシスに行くから。朝準備しておいてよ。店の様子を確認して、多分掃除してから城に戻る」
「了承貰ったらすぐに通常運転とか、ラウル殿下らしいな……。畏まりました。では明日の朝準備してお待ちしております」
ヴィンスとジョゼットはそのまま下がったのを確認した後、ラウルは部屋の中で一人長い溜息をついた。
「き……、緊張したー……」
さてあとは本人に、きっぱりと分かるように本気で告げるだけである。
「ちゃんと言ってるつもりなんだけど、仕切り直しだし……、それはそれで緊張するー……」
式典と舞踏会まではあと少し。
感極まって頬にキスしてしまった時の反応は、悪くなかった……はずだ。
夜も更け始め明日は早く起きなくてはと思いつつも、一人部屋のベッドで、舞踏会で告げるための求婚の言葉をラウルは考え始めた。
考えながらも、ふと、離れ際に頬を撫でた時のアイオライトの嬉しそうな表情と、頬の柔らかさを思い出しては、ベッドの上を何往復も転がる。
今夜のラウルはなかなか眠ることが出来なそうだ。




