蜂蜜レモン飴
コルドの街は広い。
四人は天の日、月の日と二日をかけ、コルドで情報を探したが、結局初日と似たり寄ったりの情報しか集まらなかった。
ラウルは色々集められる錬金術師の情報の中で、イシスの街には何かあるという直感だけで長く街にとどまっている。
半年もの間、特段大きなな追加情報を見つけられないのだが、最近は知らないうちに体調が回復していたりする、という情報を街の住人から稀に聞くようになっていた。
本人達は誰かに頼んだと言う訳ではないのだが、体調が悪いと話をした後、何故か忘れた頃には良くなると言う。
発信されている情報はあるのに、本人に行き着けないでいるのが、なんとなくこの街にいる、と思わせるのだ。
「コルドではこんなものかな。今回の二人がどこに行ったのか、なんとかわかればよかったんだけどね」
調査を終え、街を後にし、今は王都に向かう馬車の中、疲れたと言った風にロジャーが足をぶらぶらさせている。
こんなに目撃情報もあって、本人達と会話も交わした人が沢山いたのに、向かった場所は結局わからないままだったのだ。
「いっそのこと王都かイシスにいたらいいのに。近いから」
フィンも昨日以上の情報もなかったことに落胆しているように見える。
「まぁね、でも目撃証言が多かったのは収穫だよ」
「そうだな。該当者がどこに向かったのかはわからないが、不思議な馬車に乗り、絵を映し出し、その場で音を奏でる術を使うことがわかっただけでも良しとするしかないな」
ラウルの言葉に、リチャードも賛同する。
実際ラウル達にとって、錬金術は未知のものだ。
今回の馬のいない馬車などは、自分達には想像もできないわけだから、錬金術の一種なのかもしれない……。
以前よりは近付いているような気持ちにはなるが、とにかく出会えなければ、エリクサーの作り方さえ教えてもらうことなど、到底無理だ。
病の治らぬ母のためにと、思ってはいるが、中々に決定打になる情報はなく、状況は錬金術師の尻尾の先も掴めていない。だが、
「無駄足なんかじゃないよ。きっと繋がってると思う」
ラウルはつぶやくようにそう呟いた。
今回のコルドに現れた二人組然り、イシスの謎の事例然り、そこにラウルの求める錬金術師が居るはずだが、なかなか上手くはいかないものではあるが。
「ちょっと気持ちが沈んじゃったね。そうだ、アイオライトから貰った飴、食べよう」
昨日もらった、蜂蜜とレモンの味がする飴である。
気分を変えたくてラウルは鞄の中から、飴の入った入れ物を出した。
虹色な魔法がかかっているが、あまり目立たないので四人には飴のコーティング部分の照り返しとしか見えないようだ。
「これはいいものだ。疲れた頭がほぐされるような、優しい甘さだな」
リチャードは大層お気に召したように、口の中でコロコロと転がして味を堪能しているようだ。
ロジャーはガリガリと噛んであっという間に食べ終わっていた。
「なんか、歯に気持ちいい!」
謎の感想である。
「ちょっと俺には甘いけど、疲れた頭には丁度いいな」
と、少し甘かったようだが嫌いじゃない事は顔を見たらわかる。
そんなやりとりの中、アルタジア王城に到着した。
今週は戻る予定ではなかったので、急遽アルタジア王に面会の約束と王妃である母にも見舞う旨、先触れを出してある。
馬車を降りフィンとロジャーとは一旦別れ、ラウルとリチャードがすぐに王に面会に向かう。
王に今回は、どこに向かったかわからないが、錬金術師と思われる人物が本当にいそうだと報告できた。
ただその足取りについてはわからないが……。
「そうか。引き続き頼むぞ。今日はこの後会議で時間が取れぬ。もう少し詳しく話を聞きたかったが……、すまぬがまたの機会にしよう。この後はカーネリアに会いに行くのであろう?ゆっくり話すと良い。」
報告の間でアルタジア王を見送った後、今日は王妃である母、カーネリアを見舞う為、ラウルは歩き出した。
アルタジア王は、国王となる前に現王妃と婚姻を結んだ。
隣国オーリエ王国の三女で、政略結婚と言われているが、実は王子の頃に隣国に招かれた際、二人ともが一目惚れをし、その後なんとか婚姻に漕ぎ着けたのが真実だと、幼い頃王の側近であるリチャードの父、ギルベルクからこっそり教えてもらった。
今までの国王は王妃の他に側室を娶るのが通例であったが、現国王は側室を娶るつもりはないと断言している。
幸い男子を三人出産したため、反発は少ないが、それでもまだ側室を望む声はある。
しかし、国王はこの先も王妃以外を迎え入れることはないだろう事は、幼い頃から両親を見ているラウルにはわかる。
いずれは己も最愛の人と結ばれたいと、二人を見てずっと思っていた事だ。
「ラウル様が参られましたよ」
王妃の部屋の前まで来ると、ラウル達を待っていた侍女長が室内に軽く声をかけて、扉を開ける。
「あら、ラウル。おかえりなさい。元気そうでよかったわ」
「母上、ただいま帰りました。母上も先日伺った時よりずっと顔色がいいですよ。」
「今日は少し調子が良いのだけれど、ごめんなさいね、ベッドからは出れなくて……」
ひどい時は何日も床に伏せる日があるが、今日はいつもより調子が良さそうで、ラウルは胸を撫で下ろした。
「話ができるだけで良いのです。母上。無理しないでください。」
この前会った時よりはいいと言うだけで、顔色はやはり良くない。苦しそうにしていないだけ、今日はたまたま調子がいいのだろう。
「母上は甘いものはお好きでしたよね。馴染みの料理屋の店主がくれたのですが、きっと気に入りますよ。道すがら、私たちも食べましたが、美味しかったです」
そういってラウルはアイオライトから貰った飴を取り出す。
大きさとしては飴なので小さいのだが、病の王妃でも喉に詰まらせずに食べられるよう、より小さく砕いて紙に包んで持ってきたのだ。
「あら、珍しい。お土産なんて」
くすくすと笑ってそれを受け取る。
「あら、食べやすくしてくれたのね」
そっと口にいれて、王妃は味わうように目を細める。
「これはとても……」
大層気に入ったのであろうか。ほぅ、とため息をつき味わいながら口の中で転がしている。
最近は食が細くなったとラウルは聞いていたが、もう一つ、もう一つと、砕かずとも三つも食べてしまった。
「お菓子も作るなんて、店の店主はお嬢さんかしら?」
「いえ、店主は私より少し年下の青年です。とても気立の良い青年ですよ」
ラウルはアイオライトの良いところを部屋の中を行ったり来たりしながら意気揚々と話し始めた。
あまりにも楽しそうに話を聞く王妃に、そばで見ていたリチャードがそっとら耳打ちする。
「王妃様。青年と言うのは、ラウル様が気がついていないだけで、その、女性なのでございます……」
それを聞いた王妃は、まぁ、と小さく声を上げた。
「そうなのね。あの子が気がついたら、良い縁になるかしら」
王妃は、その日が来るのが楽しみだわ、とリチャードに笑いかけたが、緩やかな眠気と共にあくびが出てしまった。
「あら、ちょっと楽しすぎて疲れてしまったのかしら。少し眠いわ」
「申し訳ありません。母上。つい……。ではまた参りますゆえ、早く元気になって下さい」
母を疲れさせてしまう程話しただろうか……。
いつも体調が悪くても、もう少し話をしたり出来たはずだが、ラウルは部屋を下がる事にした。
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ふわり、ふわりと、漂うような、不思議な感覚が心地いい。
最近カーネリアは眠るのが怖くなっていた。
次に起きることが出来るのか、不安だったのだ。
しかし、今日は不安な気持ちは感じなかった。
ただ、ただ、柔らかく自身を包むゆりかごのような不思議な心地よさともに、カーネリアは、さらに深く、深く、怖がることなく眠りについた。