第十九話 風邪ひきルーチャ(アドルフォ視点)
俺の体調が戻ってすぐに、今度はルーシアが寝込んだ。俺の風邪を移してしまったのだろう。苦しそうな様子を見ると、要らぬ面倒までかけていたことが悔やまれる。
俺は自分よりいくつも年下の少女を相手に、何を甘えていたのだろう。熱に浮かされていたとはいえ、情けなくて合わせる顔がない。
とりわけ、幼児の身体で顔を真っ赤にして、ふうふうと熱い息を吐いているのを見ると、もうどうして良いかわからない。
冷たい手拭いを額に乗せる以外に出来ることがなくて、枕元で名前も覚えていない神に祈った。
俺が記憶を失ったり、呪いのせいで子供の姿になったりするのは、たぶん自業自得だ。人は普通に生きていたら、呪いを受けたりはしない。
俺の過去は罪にまみれているのだろう。風邪をひいたのも何かの罰かも知れない。
記憶が戻らなくても、推測できることはある。旅慣れた様子の旅装、いくつも印の付いた地図。
おそらく俺は、呪いを解くために旅をしていたのだ。この森へ来たのは腕の良い魔女だったという、亡くなったルーシアの師匠に会うためだろう。
ルーシアには、何ひとつ関わりがない。俺を拾ったばかりに俺の呪いの影響を受けて、こんな目にまで遭わせてしまっている。
ルーチャ(幼いルーシアを俺はそう呼ぶことにした)が目を開き、虚に視線を彷徨わせる。
「しおんの、ごはんを、つくるのれしゅ……」
「無理に決まってるだろう。俺が何とかするから寝ていてくれ」
起き上がろうとしたルーチャを布団の中へと戻す。頭からズレた手拭いはすでにぬるくなっていた。額を合わせて熱を測ると、信じられないくらい熱い。
「ルーチャ、師匠の熱冷ましがあると言っていただろう? どこにある?」
「あなたが、のんだぶんれ、おしまいれしゅ。あとは、わたちの、ちちゃくひんしか……」
ルーシアの作った試作品か。なかなか判断に迷うな。俺にそっちを飲ませてくれれば良かったのに。こんなことになるのなら、多少効果が怪しくても喜んで飲んだ。
だがシオンを大切にしている彼女は、そのリスクを良しとはしなかったのだろう。ルーシアの俺の扱いは、シオンに比べて若干……いやかなり雑だ。
俺にしてみると、シオンとは記憶は共有していないものの、まるで別の存在だとは思っていない。根っこの部分は繋がっている……そんな感じだ。
けれどルーシアは俺とシオンを完全に別の人格だと考えている。呪いの核心について話そうとしないのは、そういうことだろう。
彼女は、俺を選ばない。
無理もない話だ。純粋無垢な幼い子供と、罪と呪いにまみれた得体の知れない男。消えるべきなのは俺の方だ。
「俺には判断出来ないんだが、ルーシアの試作品の薬を飲むか? 幼い身体には毒になるのか?」
「わたちが、るーしあに、もろったたいみんれ、のみましゅ。くしゅり、とりにいきましゅ」
どんどん呂律があやしくなっている。意識が朦朧としているのだろうか? 『ルーシアに戻ったタイミングで飲む。薬を取りに行く』と言っているらしい。
「わかったから少し休んでくれ。何か食べられそうなものを作ってみるよ」
冷たい水で絞った手拭いを頭に乗せようと、前髪を上げたついでに頭を撫でた。ルーチャは子供扱いを嫌がるのだけれど。
「手ぇ……ちゅめたくて、きもちいい……」
ルーチャがへらっと笑って言う。指を二本、きゅっと握られた。幼いルーチャと少女のルーシアの顔が重なる。
そんな風に笑わないでくれ。俺は君の幼児化が解決したら、こっそり夜中に逃げ出そうとしているんだ。君の、シオンと一緒に。
「君とシオンのために、消えてあげられなくて、すまないな……」
第二十話 風邪ひきルーシア(アドルフォ視点)
まーだ続くんかい! 風邪ひき次話ですおしまいです。皆さま風邪などお召しにならず、良いお年をお迎えくださいね!




