大臣の野心 5
王宮、円卓の間で王国会議が開かれる。
部屋には磨かれたローズウッドのテーブルが円形に設置され、椅子が二十脚ほど置かれている。
入り口から一番奥、唯一肘掛が付いた椅子を空席にして、その両側に近衛騎士団長とメルツ、残った席にシンと貴族会の面々が座っていた。
王女リマが部屋に入ると、出席者は全員起立して頭を垂れて出迎えた。
初めに、メルツが王女から事前に説明を受けていたエルフとの交渉結果について伝えた。
あらかじめ、望みが薄いと聞かされていたにも関わらず、依頼が適わなかったことが告げられると、貴族会の面々は落胆の色を隠さない。
(自ら危険を犯して交渉に出向いたわけでもあるまいに、よくもまああんな顔ができる)
先祖が王家から授かっただけの領土に汲々として、自らは何も生み出さずに特権を享受してきた唾棄すべき存在。メルツの思い描く新国家に貴族の居場所は無い。
そしていよいよメルツが待ち望んだ時間が訪れた。ヤルカン侵攻の理由を明かす時だ。
「この情報は、自ら危険を犯し手に入れられた、王女殿下から是非」
メルツは予定に無い振りを向けた。王女は一瞬戸惑いの表情を見せたが、素直に求めに応じる。
「みなさんにお話しするのは、ヤルカンの侵攻理由についてです。これはエルフが和平の仲介を断った理由にも通じます」
王女は良く通る美しい声音で、一部の者しか知らない侵攻理由を語った。
「そんな!それで和平が望めぬと!」
「戦いが族長の復讐であるなら、オークどもが止まる理由が無い」
貴族会の面々は、先ほどの仲介依頼失敗の報よりも色を失い、口々に嘆いては万策尽きた様に放心する。戦おうと言う者はおろか、考えをひねり出そうと言う気構えすら感じられない。
「王女殿下、エルフが申していたのはそれだけなのでしょうか?」
メルツは念を押すように尋ねた。含意ある発言に、近衛団長は眉間を震わせて立ち上がり掛け王女に制止された。
(相変わらず素直な男だ。これでは何かあると白状しているの一緒だ)
メルツは己の読みを確信する。
「何かほかに、我らにとって有益な情報はございましたか。王女殿下が気づいたことでも結構です。お話頂けないでしょうか」
王女は押し黙り、円卓の上に組んだ手を険しい表情で見つめている。
「些細なことでも良いのです。恥ずかしながら、既に我らは万策尽きております。このままでは王都もヤルカンに落されましょう」
「エルフの長は“事態を打開する手はあるはずだ”と言っていました」
王女は重い口を開いたが、話したのはそれだけだった。
「 “打開する手”と申しましたか。王女殿下に何かお心あたりは?」
嘘をつけるような人間では無い、だとすれば沈黙が唯一の手。間違いなく王女はその手に気付いている。それは口に出せない、いや、口に出すのが憚られる“国王を差し出す”という一手と見て間違いない。
王女は賢い。自らそのことを口にする意味にまで思いが至っているのではないか。メルツは前日のシュミレート通りの展開に、喜びで口が歪みそうになるのを耐えた。
「誰か、考えのある方は仰って頂きたい」
会議は硬直し、メルツは出席した他の者にも意見を求めた。貴族達は隣の者と囁き合いこそすれ、考えを口にする者はいない。他人事のように王女とメルツを見ているだけだ。
(そうだ、それでいい。貴様等にはこれからされる発言の証人としての価値しかない。後は、王女が口を開くだけ。必ず言わせる)
メルツの中にある野心が火となって赤く灯る。その熱に当てられたかのように、王女は美しい顔に汗を浮かべる。
「王女殿下、再び尋ねます。なにかお心あたりは?」
「貴様!無礼であろう!」
騎士団長が堪り兼ねるように怒声を発した。
「ご無礼をお許し下さい。私にはこれ以上の知恵は思い浮かびませぬ。もし、お考えが無ければ“無い”と仰っていただければよいのです」
こんな手は王女相手にしか通じない。無いとは言えないはずだ。民を思い、嘘をつかぬ高潔な人柄。だからこそ、そこに付け入る。
王女は一言も発せず、沈痛な顔で手元を見入っている。
円卓に介した一同は発言に注目していた。無いと言わない王女は、手だてを掴んでいることを知らしめたからだ。貴族たちはその発言が自らの処刑宣告に通じるとも知らず、固唾をのんで発言を待つ。
「王女殿下、どうかお知恵を。このままでは無辜の民が大勢命を失うのです」
メルツは殺し文句を放った。民と王家を天秤に掛ければ、王女がどちらを取るか理解している。
王女は決心したように顔を上げて円卓を見回した。隣では近衛団長が目を固く閉じ、握り拳を振るわせうなだれた。
「陛……」
王女が口を開らいた瞬間、円卓の間の扉が勢いよく放たれた。入室してきたのは、国王の世話をする女官だ。肩を大きく震わせ、額に汗を浮かべている。
「何事だ、王国会議中に無礼であろう」
扉の一番近くに座っていたシンが無表情に叱りつける。
「陛下が!陛下が身罷られました!」
「!」
国王が死んだ。円卓の間に会した一同は絶句した。確かに国王は病床にあり意識は曖昧だが、病状は安定していたはずだ。
(何故、このタイミングだ!王女はもう口を開いていた、その一言で王制を終わらせることができたというに!)
メルツの驚きは円卓の一同とは意味が違っていた。動揺を隠せず。辛うじて口には出さないものの、悔しさをにじませて円卓を叩いた。
会議は中断された。再開など意味を持たないことを、メルツは誰よりも承知している。国王が死んだ今、考えていた和平の手は消え、王家を解体する目標が遠のいた。
これで終わったわけではない。予定が狂っただけ。ヤルカンが侵攻する混乱の今だからこそ、出来る手立てがあるはずだ。メルツは野心の火を消さない。
国王の崩御を報せる鐘が、いつまでも終わることなく王都中に響き渡った。