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大臣の野心 4

王女が無事帰国したのを受け、王国会議が開かれることとなった。


本来これに参加するのは国王、王族、大臣、貴族会、近衛騎士団長。ここで国内の政治や軍事に関する、様々な取り決め事がなされる。


元々はゾンダルテ国王の専行に対して、事後承諾するだけの会議だった。しかし、病床で国政に参画出来なくなってからはメルツが大きな力を発揮した。


数少ない貴族会の面々は、人口の減少で領土の運営すらままならず、国家予算を割り振るメルツのご機嫌を取ろうと、彼の言いなりとなっていた。


最近はそんな会議にも異変が生じていた。唯一の王族として参加している王女が、成長にともない発言する機会を増やしていたからだ。


王女は口数こそ少なかったが、発言には大きな力を持つ。


たとえメルツが決めたことであっても、王女が拒否すれば滞る。専横を面白く思っていなかった一部の貴族は、メルツを牽制するように王女に発言を求めるようになっていた。



メルツは明日の会議に備え執務室でペンを取り、手元の紙に会話のシュミレートしている。


「失礼いたします閣下、王女はエルフ谷からの報告をなんと?」


約束も無く入ってきたシン。思考を中断され、メルツは気分を悪くする。シンには不遜なところがあり、こんなこともしばしば起こる。


「なんだ突然。無礼だぞ」


「申し訳ございません」


「……まあ、今回はお前の働きも大きかった」


気を取り直しペンを置く。


「和平の依頼は失敗したそうだ。やはり落ち込んでいたな」


今日の王女は少しおかしかった。いつも相手を気遣い、明るい笑顔を絶やさない王女だが、疲れた様子で言葉数が少なかった。


「ヤルカンが侵攻する理由についても聞いたそうだ。前族長を殺されたことに対する復讐。もっとも、これはお前が集めた情報の通りだな」


これはすでにメルツたちも知っていた。


「王女もわざわざそんな情報のためにご苦労なことです」


そんなことはとっくに知っていたと言いたげに、シンは皮肉を込める。


情報で優位に立ち、王家を出しぬく。思惑通りにことが運んでいることにメルツは笑みを浮かべる。



オークは欲望が強く、戦いを楽しみ、色を好む。しかし、領土や権益のために闘いは起こさない。ならばヤルカンが執拗にヴォルクス王国に侵攻する理由は何か。

王族や近衛騎士に悟られぬよう調査するため私財を使った。


難しい仕事だったが、シンはハーフ・オークを使うことで成し遂げた。人間が忌み子を使うなど普通は考えられない。


ハーフ・オークは元々数が少く、オークの集落で暮らすか、隠れるように僻地に住む。今でこそヤルカンの支配する街が増え、忍び込めば接触することも不可能ではない。


だが、そんな地では今までの意趣返しのように、ハーフ・オークは人間を虐げている。


シンはどうやってそんな者達と渡りを付けたのか。


「他には何か言っていましたか?」


「無かったな。明日になれば貴族に向けた説明もある。お前も出席することになっていよう」


「閣下は何をお考えです?事前に情報を与えて頂かねば、動きようもありません」


(相変わらずせっかちな。また先読みをしようというのか)


メルツはいささか辟易とした。だが、下手に動かれて考えている計画に支障が出るくらいなら、予め情報与えて予防線を張った方がましと判断する。


「こたび、王女殿下がエルフ谷への旅から持ち帰った情報はそれだけではあるまい。わざわざ直接出向いた王女殿下に対し、何かしらの知恵を授けたはず。そこでの気づきこそ私が王女を送り出した理由だ」


「どういう意味でしょうか」


「私はな、ヤルカンと和平を成すことで戦を終わらせ、さらには王家も終わらせたいと思っている」


「戦を終わらせる、そんなことが可能で?」


「戦とは必ず終わるもの。問題はその過程と方法だ」


「どんな手を用いて?」


「この侵攻はヤルカンの意趣返し。奴らの目的は人間を根絶やしにすることでも、領土を広げることでもない。目的は陛下。ならばその首を差し出せばよい」


「そんなことが!」


出来るわけがないと言いたげに、シンが語気を強めた。


確かに、盲目的な忠義を捧げる者や、王の権威を借りる者から出る発想ではない。王を差し出す発想など不敬の極み。おいそれと口にすれば、己の立場すら危うくしかねない。


「だからこそ、王女殿下に自ら発案して頂く。あの方は、王家よりも民のことを考える徳人。ヤルカンの脅威が差し迫り、民の命が危ぶめば、王家や我が身を犠牲にしてでも救おうと考えられる人物よ」


「周りが止めませぬか?」


「私は止めぬ。王女殿下の心中を察し、苦渋の体で意に賛同する。貴族も口ではなんと言っていようと、それでヤルカンの脅威が去るならと本心では賛同しよる」


王女が発案し、メルツが同意すればもうこの国で止める者はいない。病床の国王は自らの意志を示せず抵抗も出来ない。


「ですが、ヤルカンはその首を受け取りますか?それで侵攻を止めると?」


「確かに、それだけでは奴らは止まらんかもしれん。だが、それはむしろ好都合と言っていい。今回の和平案は、陛下を差し出す決断を、王女殿下自らして頂くことに意味がある。これは王族自らが、国に王は必要無しと宣言したと同じ、王威は失墜する」


王の首を差し出し、それでも和平が成らなかった時は、ヤルカン侵攻の理由を国民に広く知らしめる。そして、王家の解体こそが侵攻を止める唯一の策であることを喧伝する。


王威は既に無く、これに反対する者は既得権を享受する貴族と近衛騎士くらいだろう。


だが、恐らく王女は反対しない。元々、王位に固執する人間では無いし、そうしなければヤルカンの侵攻が止まらず、多くの民が失われることを理解しているからだ。


これがメルツの計画。


「結局、ヤルカンによって王国は滅亡することになる。奴らの目的は達せられる。私は残った国民を統治し、この国を導いてゆく」


窓の外に広がる蒼い空を見上げ、まだ見ぬ新国家を思い描いた。その空想を遮る様に、シンが水を差す。


「はたして、そんな上手くいきましょうか。」


「全てが計画通りに運ぶとは思っておらん。幾つかの穴もある。だが、この国は既に詰んでいる。このままではヤルカンによる滅亡は避けられん」


「なるほど、閣下のお考え十分に理解いたしました」


シンは一礼すると、執務室を出て行った。


「ふん。相変わらず無愛想な男よ」


最近では口癖のようになっていたシンへの愚痴をこぼし、再び手元の紙に向き直って会議での会話をシュミレートする。

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