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必死こいて地べた這いずり回って生きてる奴

幾つかの階段を上って回廊を通り、円形のテーブルが置かれた一室に案内された。


テーブルは岩壁をそのまま削り出した大きなもので、5人のエルフが既にテーブルを前に座っていた。


「私はエルフの長、イエイライと申します」


鉄紺の髪を総髪に結った老齢の男が立ち上がり、左右のエルフ達も同様にしてリマを迎えた。長の左右に並んだエルフ達は招かれざる客を迎えるように、無言で表情を変えない。


「私はヴォルクス王国王女リマ・ヴォルクス。本日は約束無き訪問にも関わらず、迎え入れて頂き痛み入ります」


リマはたじろぐことなく名を名乗ると、膝を折り丁寧に挨拶した。


(流石はだな)


先ほどまでの緊張した顔を消し、柔和な気品を漂わるリマにカサルは素直に感心する。


「どうぞ、お掛け下さい」


イエイライが手振りを交えイスを勧め、向かい合う形でリマが腰を下ろす。シーガルは立ったまま後ろで控え、カサルはそれに倣った。


こんな場面での作法など知りもしないし、普段なら守ろうとすら思わないが、リマを思えばここはシーガルに従お。


「それで、今日はどのような用向きがあって参られた?」


イエイライはゆっくりとした落ち着いた口調で、来訪の目的を訪ねた。両脇に座る四人のエルフはカサルを見ては露骨に顔をしかめる。


「我がヴォルクス王国の状況はご存じでしょうか?」


「……さて。我々エルフは人間の事情には疎いものです」


「現在、我が国はオークの軍勢ヤルカンの侵攻を受けております。状況は芳しくなく、圧倒的なオークの強さに、我が領土はすでに3分の2に減りました」


「なるほど、オークは強いものですな」


「はい。王都に迫るのも時間の問題でしょう」


二人のやり取りは語気も乱れず、あくまでも平穏に進んでいる。にも関わらず、室内には次第に重苦しい緊張感が覆っていく。


「いずれ我が国はヤルカンに占領されましょう」


イエイライは目を瞑り、考え込むような素振りを見せたまま口を噤んだ。


「率直に申し上げます。我が国とヤルカン、両者の中を取り持つ、和平の仲介に立って頂けないでしょうか」


今まで黙って会談を聞いていた他のエルフ達が何事か囁き合いを始める。イエイライはなおも黙って目を閉じていた。


リマは返事を催促するようなことはなく、黙ってイエイライを見据える。



「我々が貴国とオークの和平に立たなければならぬ理由はおありか?」

沈黙を破り、イエイライがリマに質問を浴びせた。


「ありません」


「で、ありましょう。我々は争いを嫌い、人間を嫌ってこの辺境の地に住み着いた。わざわざ人間を防ぐ認識阻害の術を施したのもそのため。もっとも、今回は異例の事態が起きたようですが」


イエイライはカサルを一瞥すると話を戻す。


「オークが貴国を滅ぼさずとも、いずれ人間は出生率の低下に伴い滅びゆく命運の種族。そして、オークもまた自らの欲望を収めきれず、ひたすら食らい、数を増やし、膨れ上がって、我が身を食い合い自滅しましょう」


未来を予言するかのように、不遜に多種族の行く末を語った。


カサルはエルフへの苛立ちを感じる。


「例えそうであったとしても!我々はただオークに隷属し生を全うする気はありません。生きるために営々と働き、精一杯の努力をしてそれから死んでいく。それが人間です」


リマは初めて語気を強め、それが矜持であると人間を語った。


「お逃げなさい、争わなければいいのです」


「それが可能なら選択肢には入ります。ですが、国を捨て20万の民が生きていける場所が果たしてあるでしょうか」


「ありますよ。人間も随分と数を減らした。かつてあなた方が耕し、今は放棄された荒れ地が大陸にはごまんとある。国を捨て流浪の身となって逃げ延びればいいのです」


「不可能です。例え数か月は過ごせても、荒れ地から十分な農作物を収穫するまでにどれだけの期間が掛かるか。20万の民が自活するためには数年の準備が必要です」


「大陸にある複数の国と地域に助けを求め、逃げればよいだけのことではありませんか」


イエイライはこともなげに言い放った。


リマはその言葉に口を開けたまま硬直する。民の安寧を思えば到底実行できる策ではない。


20万もの数だ。例え散りぢりに逃げたとしても、大量の難民となることに変わりは無い。程度の違いはあれ、人間の国にそんな余裕がある訳も無い。


自分たちの食い扶持が減ると知れれば、不満の矛先は難民へと向けられる。


「何様だテメー等は」


もう礼などは知る物か、カサルが横から口を挟んだ。


リマの願いを断るのは仕方がない、人間とオークの争いに関わらないと言うのも分かる。だが、多種族の未来を決めつけ、生き様を頭から否定して、高みに立つように多種族を見下ろすエルフの物言いは我慢がならない。


突然の無礼な物言いに、イエイライの両脇に座るエルフ達からどよめきが上がる。

驚いたのはリマも同様で、口を開けたままカサルを見つめている。


「お前等がどんな高尚な考えで生きてるかは知らねーがな、必死こいて地べた這いずり回って生きてる奴を、高みから否定してんじゃねーよ!」


「カサル……止めて」


リマが悲しそうな目で懇願した。カサルは彼女の顔をみて怒りを抑え込む。


「無礼だぞ!我らエルフが何よりも礼を重んじるとしってか!」


「野蛮な。これだからハーフ・オークなどという生き物は」


場のどよめきは消えない。イエイライを除く他のエルフは嫌悪を浮かべ、次々と蔑みの言葉を口にする。


「申し訳ありません。イエイライ様。臣下の非礼、代わってお詫びします」

リマに代わりに謝られる必要を感じなかったが、先ほどの目を見てしまえば口をつぐむしかない。


「気になさらないで下さい。彼の言うこともまた真実。我等の考えを分かれとは申しません」


イエイライは落ち着いた様子で、カサルを見る。


「チッ!」


相手の土俵に立たず見下し、取り澄ましたその態度もカサルは気に入らない。


「とは言え、我々は礼儀を重んじる種族。このような空気ではとても会談は続けられますまい。これにて会を閉じさせて頂くが、異論はおありかな?」


イエイライが慇懃無礼な態度でリマに告げると、手を叩き回廊へと続く扉を開かせた。最早何を言おうと無駄ということだ。


「いいえ、ありません」


リマは俯いて肩を落とし、テーブルの上で組んだ自分の手を見つめていた。





エルフへの依頼交渉は失敗に終わった。


イエイライは遠方からの来訪を考慮して、谷へ留まり休養することを許した。


三人の用意された客室で休息を取った。室内には崖から削り出したテーブルやイスが備え付けられ、床には緑色のカーペットが敷かれている。


リマは流石に気落ちしたのか、黙って窓の外を眺めていた。


「こうして、滞在を許されるとは思いませんでしたね。旅の疲れを癒し、国に帰るための英気を養いましょう」


主を気遣ってか、シーガルの口調は明るい。リマはそんな言葉も聞こえないのか、無言で窓の外を眺め続けた。


「悪かったな」


カサルは出し抜けに謝罪の言葉を口にした。


会談を壊すつもりなんてなかった。ただ、エルフの物言いに腹が立ち、言わずにはいられかった。この会談のために身を賭して旅に出たリマのことを思うと、今更になって我が身の軽率さが腹立たしい。


「気にするな、正直言えば僕も腹が立っていた。ああはならなくとも、交渉があれ以上進展はしなかった」


いっそ大声で罵倒されたい気分だったが、シーガルは苦笑して答えただけだった。


確かに言う通りだろう。そもそもエルフに交渉する気があったのかどうか。ただ彼らは礼儀として遠方より訪ねてきた王族と面会したに過ぎないのではないか。


「そうですね。残念ながら交渉は成りませんでしが、これも最初から予想していたこと。落ち込んいる暇はありません。イエイライ様にはまた改めて、和平が無理ならせめて知恵をお貸し頂けないか、頼んでみるつもりです」


リマは窓辺から立ち上がり、迷いを振り切るように明るく言い切った。彼女の笑顔に今までは見られなかった、悲壮感と言うべき陰りを感じるのは気のせいだろうか。


「カサル、あなたとの旅の契約はこれで終わりです。今までありがとう」


リマはカサルの両手を握り、胸元まで寄せると祈るように礼を述べた。


「あなたが居なければ、私達はここまで辿りつけませんでした。ヴォルクス王国の王女として、国を代表してあなたに謝辞を述べます」


リマの目元には光るものが溢れていく。


「本当に何度も命を助けられて、私……」

感極まったリマの目元からは涙が零れ落ちた。会談に口を挟んだことを咎められるどころか、涙ながらに今までの礼を述べられた。こんな時、なんて言えば彼女を悲しませずに済むのだろう。


「よせよ。俺は金のためにやっただけ、これはただの仕事だ」


想いに反し口にしたのは、なんとも不細工な台詞だった。涙ながらに礼を述べる彼女に、こんな言葉しか掛けられないのかと自嘲する。


確かにその台詞に偽りはない。旅への同行は金貨20枚を得るためという理由以外は存在はしなかった。なのに何故、こんなにも別れを惜しいと感じるのだろう。


「それでも、私は感謝をしていますよ?」


リマは涙を拭って微笑んだ。


「シーガルお願い」


「はい、承知しました」


シーガルは小さな巾着袋を取り出し、カサルに手渡す。見た目以上の重みがズシリと腕に伝わる。


「お前はよくやってくれたよ、俺からも礼を言わせてくれ。ありがとうカサル」

シーガルは微笑み、カサルの肩に手を乗せた。


「大げさなんだよ、お前等は」


カサルは暫く手にしていた巾着を見つめ、ぶっきらぼうに呟くと部屋を出て行った。

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