招かれざる人間
「さっきから音が聞こえるな」
「風の音でしょうか?」
「ああ、風の音には違いないが、周期を持ってる。先に進むほど段々大きくなってきている」
「ハーフ・オークってのは耳もいいのか?」
オークは特に耳が良いと言うわけではないので、カサルの場合は狩りで身に着けた習い性といった方がいい。
「あ、本当です。何か、水車……風車と言った方がいいのでしょうか。一定のリズムで聞こえてきますね」
「風車か。見たことないな、どんな作りなんだ」
「塔に作られた、布を張った木の骨組みが、風を受けてぐるぐる回るんです。その回転する力を、粉引や水のくみ上げに利用しますね。と、言葉ではなかなか想像しづらいと思いますけど」
風の力で回るという風車、実際にはどんな姿をしているのだろうか。ほどなくしてカサルの想像は、思い描いた物とはまるで別物だったと知らされる。
大きく曲がっていた谷の眼前が開け、巨大な空間が現れた。
白い帆布を張り付けた巨大な風車が、崖から何十本もの太い鎖に吊るされゆっくり回っている。さながら蜘蛛の巣の中心に、白い巨大な蛾が貼り付いているようだ。
驚くべきその大きさだ。70メトルほどの谷幅の半分はある。風車は数珠つなぎになった巨大な桶を谷底から巻き上げ、大量の水を左右に伸びた水道橋へと供給していた。汲み上げられた大量の水は、幾つもの滝となって崖を流れ落ちていく。
「ハーッ!これが風車かよ。想像とは全然別物だったぜ。化け物だなこりゃ」
「いえ、これは風車と言えないような……」
風車の実物を知るリマも、流石にこれには驚いている。
谷は崖の両側から幾つものつり橋が渡され、空中で交差し、上下へ梯子を下し、網のように交差した立体的な連絡路を形成していた。
岩壁にはエルフの居住部があり、崖を穿って作られた飾り窓が幾つも口を開け、石柱を並べた回廊が層を形成している。
エルフの谷。人間を拒絶して作られた渓谷の集落に、三人はようやくたどり着いた。
「なんて、スゴイ迫力でしょう」
「ええ、まるで谷そのものが建造物。大した技術です」
谷は美しさとは別種の、威容ともいえる力強さを放っていた。その迫力に三人は暫くの間、足を止めて見入った。
(ここがエルフの谷、リマの目的地……)
カサルは暫く風車の巨大さに圧倒されていたが、あることに気が付いた。目的地に辿り着いたということは旅の終焉を意味している。
(そうか、これで二人の旅への同行も終わりか)
リマと交わした契約はエルフの谷までの同行。これで金貨20枚を得る仕事は完了だ。二十日近い時間を掛け、危険な目も遭遇したことも思えば決して仕事では無かった。
達成感が無いわけでは無い、ただそれ以上に感じる、心に空白が開いたようなこの感覚は何だろう。
(なんだ、これは?以前にも似た感覚を味わったことがあるぞ……)
「どうしましたカサル?ボーッとして」
「ははーん。初めて見る風車に度肝を抜かれたか?無理も無い。だが安心しろ。この風車は規格外。王国中探しても、こんな風車は見つからないぞ」
「あ、ああ。そうだな。あまりにデカイから驚いたぜ。先へ行こう」
リマとシーガルは自分との別れを意識してないのだろうか。谷の威容には驚いていたようだが、別れを気にしている素振りを感じない。
(そうか、コイツ等の目的はあくまでもエルフへの仲介依頼だ。ここはまだ旅の途中、呆けている暇なんて無い。まあいい、行きがけの駄賃だ。エルフと話を付けるまでは付き合うぜ)
二人の態度に拍子抜けしたが、旅の目的を思えば合点もいく。
三人はエルフの谷へ立ち入るべく道を進む。ゴツゴツとした岩を切り抜いた道は、見事に整地された石の回廊へと姿を変える。そこへ足を踏み入れようとした時、目の前を白い影が降り立つ。
「止まれ!」
足元には矢が突き刺さっていた。
「これより先はエルフの地。招かれざる人間よ、立ち去れ!」
声の方向を見上げると、3つの人影が風車の前に作られた大きな広場からこちらを見下していた。
逆光でよく見えないが、小柄な人物とその両脇に二人が控え、片方は弓を構えている。声を上げたのは小柄な人物、恐らく若い女だ。高く張りのある声には緊張感と強い拒絶の意志を覗かせている。
「あの野郎」
丁寧な出迎えに礼をしようと弓に手を掛けた時、リマが前に進み出た。
「エルフの民よ、我はヴォルクス王国王位継承者リマ・ヴォルクスである。故あってこの地に参った、長への目通りを願う」
凛として威厳に満ちた声。真偽など確かめようも無い名乗りであるにも関わらず、発せられた言葉には相手に疑いを持たせない力が籠っていた。
後ろではシーガルが王の意志を尊重するように、目を閉じて頭を垂れている。か細いリマのどこからこれ程の力ある声が発せられるのだろう。
上から見下ろしていた後ろの一人が、手前の女に何やら囁ている。
「いいだろう。案内する」
弓を下し、三人は吊り橋を渡りどこかへと立ち去った。張り詰めていた緊張感が和らぎ、リマの緊迫した顔が僅かに緩んだ。
「流石です。このシーガル、リマ様の威厳に身が引き締まりました」
「いや、正直俺も驚いたぜ」
「や、やだ、カサルったら。私だってちゃんと仕事はするんですから」
マジマジと見つめるカサルに、リマは照れたように顔を押さえて視線を逸らす。
しばらくすると、純白のワンピースを着たエルフの少女が、両脇に二人の男を従えに現れた。
少女は紺碧に輝く髪と白磁のような白い肌で、歳の頃はまだ13~14といったところだ。警戒感を隠そうとせず、くいっと顎をしゃくり、付いて来いと回廊の先へと進んで行く。カサル達はリマを先頭にして後へと続いた。
岩壁内部の回廊は、白い壁を穿って幾つものランプが並べられ、明々と回廊を照らしていた。
「いよいよですね、リマ様」
「ええ」
リマの表情に今までに無い強張りが現れている。これからの会談如何でがヴォルクス王国の趨勢に影響を与えるとなれば無理もないだろう。
「リマ」
「どうしました?カサル」
「物事なんて、所詮はなるようにしかならねーんだ。いくら努力をしたって上手くいかないこともあればその逆もある。だからよ、お前はそのまま、思ったことを話せばいい。そうすりゃ結果はいつだって最善だ」
「……ええ、そうですね。ありがとう、カサル」
リマは暫く顔を伏せてから笑顔を向けた答えた。二人の視線が重なる。




