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笑うところじゃないだろ!

問題はどうやってこの渓谷を進むかということだ。


川幅はとても狭く、両岸には垂直岩壁が遥か高くまでそびえている。川の流れは速くはないが水深は深く、歩いて上流へと登ることは出来ない。


「泳いで上がるしかなさそうです」


「確かに、それ以外は方法が無さそうですね」


シーガルは渓谷の奥へと続く川を凝視していた。リマが意見に賛同し、同意を求めるようにカサルへ顔を向ける。


(この川を泳ぐ?山間の雪解け水を含んだ川の冷たさを知らないのか?見た目以上に早い渓谷の流れを、どうなっている分からない上流へ歩くなんて正気じゃない!)


カサルは眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて考え込む。熟考は続き、遂にはブツブツと考えが口から漏れ出す。


「あの、どうしました?カサル」


「あの川を泳ぐって正気か!あの水深だぞ!どれだけ泳げばいいか考えてるのか!」


心配したリマが肩に手を乗せた瞬間にカサルは血相を変えて拒絶した。


「もしかして泳げないのか?」


「違えよ!泳げないんじゃない、泳がないんだ!」


怪訝そうなシーガルに、くわっと目を見開き、額に汗を浮かべながら大仰な手振りで泳げないことを否定する。


「あ、ああ、そうか。うん、誰にだって苦手なことはある。気にするな」


「プ、クスクス……」


余りの必死な否定振りに、シーガルは口を開けたまま生暖かい目で見つめ、リマは口に手を当て身を屈めながら漏れ出す笑いを堪えていた。


「く、くくく」


屈辱だ。こんな辱めを受けたことはアーマインですら無かった。カサルは二人に背を向け、肩をいからせ渓谷へ向かって歩き出す。


「あ、カサルさん!」「お!おい!」


慌てて二人が後ろから呼び止めたがもう遅い。


(泳ぐ必要なんて無いんだよ、絶対にあるはずが無い!)


川を挟み込む絶壁を仰ぎ見る。岩の壁は大小の凹凸を形成しながら垂直に伸び、遥か頭上で青い空を覗かせている。


(わざわざ認識阻害の術まで掛けて、入口を隠していたんだ。ここがエルフの谷へ続く入口で間違いない。だったら、泳がなければ辿りつけないなんて構造にするか?エルフ達はどうやって出入りしている)


カサルは岩に足を掛けると、岩壁を登りだした。


(必ずカラクリがあるはずだ)


岩壁を身長分ほど垂直に上り、方向を変え峡谷の奥へ向かって進んで行く。


「気を付けて下さい、カサル」


峡谷のすぐ側まで近寄っていたリマが、心配そうに声を掛けてきた。この程度の崖登りはカサルにとっては造作もない。故郷では大型の獲物を求めて、いつも急峻な岩山を昇っていた。


岩壁を登りながら、カサルは周囲の岩の様子を確認していく。


(何も無いな。すると反対側か)


岩の裂け目に片手を入れて、谷底に身を垂らすようにして後ろを振り返る。大小の岩が複雑な影をを作り、一見しただけでは地形を確認することが難しい。水面から照り返す僅かな空の光を片手で遮り、崖の陰影を拾っていく。


「あれは?」


やや下方、突き出した大岩の陰で分かり辛いが、確かに僅かな足場があるのが見える。


(見たかよお前等。泳ぐ必要なんて無い)


予想は真実へと変わった。向かいの岩壁には峡谷を進むための道が隠されている。突き出した岩との距離を確認し、足を屈めて力を溜める。


(3メトル強。これぐらいなら問題ない)


カサルは体を吊るしていた手を離すと、身を翻して反対側の突き出た岩へと跳躍した。体は重力を失ったように一瞬浮き上がり、そのまま吸い付くように岩に張り付いた。


「ふー」


何の問題もない、汗一つとして掻いてはいない。突き出た岩から身を移し、足場へと降り立った。


「なるほどな、上手く隠されてる。ここからだとリマ達の姿は見えない」


足場は僅かに人が立てる程の狭さで、岩の間を縫うように奥へと続いている。


明らかに人工の物だ。ここからは身を乗り出さなければ峡谷の入り口は見えない。リマ達からは足場に移ったカサルが、突然消えた様に見えたことだろう。


「さて、アイツ等の所に戻るか」


峡谷の入口へ進むと足場は無くなってしまう。これではリマ達のいる所から歩いて登ってくることは出来ない。


(何か、あるはずだ)


丹念に岩を調べていくと、茶褐色の金具が岩に打ちこまれているのが見つかった。金具は入口から隠されながら、ほぼ等間隔で横へと延びていく。


(なるほど、足場が入口から見えないようにしているわけだ)


カサルは金具へロープを通しながら、峡谷の入口へと降り立った。眩しい陽の光と、安堵するリマが出迎える。


「カサル!怪我はない」


怪我の有無を確かめるように、カサルの体に手を当てていく。


「もう!ビックリしたんですから!岩壁から身を乗り出したかと思ったら突然飛んで、しかもその後見えなくなって!」


「悪いな。でも収穫はあったぜ。道を見つけた」


「道ですって、あの渓谷に?」


「ああ!上手く隠されていやがった。だから言ったろ、泳ぐ必要なんて無いって!」


得意になって言うが、道を見つけたことよりも、泳がないで済むのが何より嬉しい。そんなカサルの本心を見透かしたように、リマとシーガルは顔を見合わせる。


「フフフ、カサルったらそんなに泳ぎたくなかったのね」


「まったく、お前の強情さには恐れ入るよ」


呆れたと言わんばかりに、二人は愉快気にカサルをぱしぱしと叩く。


「おい!ここは俺の洞察力を褒めるところで、泳がないのを笑うところじゃないだろ!」


なんでこんな反応が返ってくるのか。褒められるはずが笑われている。


「でも怪我の功名と言ったところか。確かに、大した発見だったよ」


「そうですね。お陰で濡れずに済むんですから」


「今更褒めたって遅いんだよ!さっさと行くぞ!」

笑った後に褒められても、白けるだけだ。二人に背を向け、岩壁から垂らしたロープを指差す。


「ここからは見えないが、大岩の陰に足場がある。ロープ伝いに進めばすぐだ。そこから峡谷の奥へ進む道が延びている」


深く切り込んだ峡谷は陽の光が直接届かない。大岩の影は常にほぼ一定で、その陰に足場が同化していた。


「なるほど、錯視を利用した偽装か」


「カサルのお陰ですね」


ようやく本当に感心したといった様子の二人。


「ほらよ」


カサルはリマに背中を向けしゃがみ込むと、山道で見せたあのポーズを取る。足場は近い言っても、川に転落でもされたら適わない。助けに行って泳がされるのは御免だ。


「ええ!またおんぶするっていうんですか!」


「何!リマ様をおんぶ!」


背中を見たリマはぷんすか頬を膨らませ、シーガルも不快感を露わにした。


「おうよ。危なっかしいからな、お前は」


「もう!いくらなんでもカサルは私を子ども扱いしすぎです!」


「いや、これは子ども扱いじゃなくてだな」


リマは聞く耳をもたない。頬を膨らませてツンとそっぽを向いて、背中に身を預けようとしない。


それを見たシーガルは得意顔でカサルの横に並んで背中を見せた。


「当然です。リマ様をお乗せするのは騎士たる私の役目。さあ、遠慮せずどうぞ」


騎士は主に忠実だ。しかし、例によって乙女の機微までは理解出来ない。リマは遂にぷるぷると拳を震えさせ、二人を無視して岩壁へ歩き出す。


「私、意地でも自力で登りますから!」


「おい、待てよ」


こうなっては仕方がない。カサルはフォローに徹するために、先にロープを登って手本を見せた。


「そうだ、まず右足をその岩に掛けろ。それから足の力を使って体を伸ばし、ロープの先を掴め」


「こうですね。えぃ、とと」


リマは自力で登ると言い出したのも伊達ではなく、指示に従い軽やかな動きを見せて岩を登って行く。


考えてみれば巡礼道を外れた尾根で事故にこそあったものの、それ以外の道中に関しては王室育ちとは思えぬほど、意外な体力を発揮していた。


(これがコイツの凄いところでもあり、困ったところでもあるんだがなー)

カサルは苦笑と共に、足場へと飛び移るリマに手を延ばす。


「ほら、掴まれ」


「ありがとう」


リマは最後のロープ伝いから、軽くジャンプをしてカサルの手を取った。その手をカサルはぐいっと力強く引っ張り、勢いでリマが胸の中に飛び込んで来る。


「お疲れ、よくやったな」


飛び込んだリマはカサルの胸に手を当て、暫く無言で動かなかったが、慌てるように急に体を話す。


「だ、だから言ったじゃないですか。子ども扱いしないで下さいって……」


「悪かったって」


笑いながら詫びたが、リマはそっぽを向いて顔を見せようとしない。


(そんなに怒ってるという訳でも無さそうだがな?)

旅を続けて暫く経つと言うのに、なかなかに若い女の考えは理解し辛い。カサルは頭を掻いた。


すぐにシーガルも足場へ合流し、三人は峡谷を先へと進んで行く。足場は狭く、時には背中で這うように横歩きをしなければ前に進めない。


足元の谷川は淡いブルーから群青へと色を変え、水深がさらに増していることを伺わせる。


「どんどん川が足元から遠ざかって行くぜ。もうあんなに下だ」


「あ、でも上を見て下さい。崖の上までの距離はほとんど変わってませんよ」


リマが空を指差した。進むにつれ渓谷は深くなり、岩壁の高さは渓谷に入ってからの倍以上になっている。さらに、ぐねぐねと湾曲しながら続く道を進めば進むほど、向かいの岩壁との距離は遠ざかっていく。


渓谷は幅も高さも入り口とは別物の様相だ。


狭かった足場が幅を増し、人が安全に通るには十分な道幅を呈していた。


入口付近は夕暮れのように薄暗かった谷に陽の光が差し込み、あたりを明るく照らしていた。

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