第41話『アルバム』
夏祭りから数日後。
昼休み。
図書室。
いつもの席。
いつもの二人。
……のはずだった。
「できた!」
陽菜が得意げにノートを机に置いた。
幸太郎が顔を上げる。
「何が」
「今の思い出アルバム」
表紙には手書きの文字。
『これからの思い出』
少し照れくさいタイトルだった。
幸太郎がページを開く。
一枚目。
夏祭りの日。
夕暮れの屋台。
二枚目。
公園で撮ったツーショット。
三枚目。
帰り道に見つけた猫。
四枚目。
コンビニで買ったアイス。
どれも何気ない写真。
でも。
全部大切な時間だった。
陽菜が少し照れながら言う。
「前の思い出は全部取り戻せないかもしれないでしょ」
「だから」
「今から作る」
幸太郎はページをめくる。
そこには手書きのメモもあった。
『幸太郎くん、かき氷食べるの遅い』
『猫に好かれる』
『笑うと意外と優しい顔』
「余計なこと書くな」
「大事な情報です」
陽菜は真顔だった。
さらにページをめくる。
すると。
途中で手が止まった。
一枚の写真。
見覚えがあった。
いや。
見覚えがあるはずがない。
でも――
胸がざわつく。
そこに写っていたのは。
海。
夕焼け。
そして。
制服姿の自分と陽菜。
幸太郎が固まる。
陽菜も気付く。
「あ……」
空気が変わった。
その写真は。
記憶を失う前。
まだ二人しか知らない頃のもの。
陽菜のスマホに残っていた写真だった。
アルバムに貼るか迷った。
でも。
入れてしまった。
幸太郎は写真を見つめる。
胸の奥が妙にざわつく。
頭の奥が熱い。
何か。
何かが引っかかる。
夕焼け。
潮風。
笑い声。
手を振る陽菜。
断片。
ほんの一瞬。
映像みたいに流れた。
「っ……」
幸太郎が額を押さえる。
陽菜が立ち上がる。
「幸太郎くん!」
大丈夫?
そう言おうとした。
でも。
幸太郎は写真から目を離さない。
「……海」
陽菜が息を呑む。
「え?」
幸太郎は小さく呟いた。
「海だった」
陽菜の心臓が跳ねる。
「覚えてるの?」
幸太郎は首を振る。
「違う」
「思い出したってほどじゃない」
でも。
確かに何かが見えた。
図書室の窓から風が入る。
静かな時間。
陽菜は不安そうに尋ねる。
「怖い?」
記憶のこと。
また忘れるかもしれないこと。
思い出すこと。
全部含めて。
幸太郎は少し考える。
そして。
静かに答えた。
「前ほどじゃない」
陽菜が目を見開く。
「昔は記憶が全部だった」
「でも今は違う」
幸太郎はアルバムを見る。
写真を見る。
陽菜を見る。
「思い出しても」
「思い出せなくても」
「今のお前がいるから」
陽菜の目が潤む。
最近。
本当に涙腺がおかしい。
すぐ泣きそうになる。
「……それ」
「反則」
「なんで」
「幸太郎くんだから」
意味不明だった。
でも。
二人とも笑った。
帰り際。
陽菜はアルバムを抱える。
そして新しいページを開いた。
まだ真っ白。
たくさん空いている。
「ねえ」
「ん?」
「全部埋めようね」
幸太郎はそのページを見る。
真っ白な未来。
まだ何も書かれていない。
だからこそ。
楽しみだった。
「そうだな」
小さく頷く。
陽菜は嬉しそうに笑った。
その夜。
家に帰った幸太郎はふと考える。
海の写真。
あの夕焼け。
胸のざわつき。
そして。
眠る直前。
頭の中に一瞬だけ浮かぶ。
知らないはずの言葉。
『来年も一緒に来ようね』
誰の声だったのか。
分からない。
でも。
確かに陽菜の声だった。




