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『最後の春、君と見た空』  作者: 優貴(Yukky)


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第35話 『君のいない過去より』

木曜日。

六月最初の木曜日。

朝。

窓から差し込む光は久しぶりに明るかった。

雨が止んでいる。

空も少し青い。

でも、朝倉幸太郎は緊張していた。

今日。

木曜日。

以前なら、全部戻る日。

だけど六月に入った今、それがどうなるか分からない。

また全部思い出すのか。

それとも。

もう戻らないのか。

教室。

幸太郎は朝から落ち着かなかった。

颯太が後ろから呆れたように言う。

西園寺颯太。

「お前、ここ最近ずっと寿命縮んでる顔してるぞ」

「うるさい」

「でも今日で何か分かるな」

その言葉に、幸太郎は黙る。

怖かった。

期待するのが。

その時。

教室の扉が開いた。

陽菜。

幸太郎の呼吸が止まりそうになる。

陽菜は教室を見渡し――

幸太郎を見つけた瞬間。

ぱっと笑った。

迷いなく。

真っ直ぐ。

その顔を見ただけで、幸太郎は少し救われる。

陽菜は席に荷物を置く前に、幸太郎のところへ来た。

そして。

小さく笑いながら言う。

「おはよう、幸太郎くん」

名前。

ちゃんと呼んだ。

しかも自然に。

幸太郎の胸が熱くなる。

陽菜は少し照れながら続けた。

「……覚えてる」

「木曜日だから?」

幸太郎が聞く。

陽菜は少し考えて。

それから、ゆっくり首を振った。

「違う気がする」

その一言で空気が変わる。

颯太も表情を変えた。

陽菜は胸に手を当てる。

「確かに、前より思い出しやすい」

「でも」

少し笑う。

優しく。

「今日は、“戻った”感じじゃないの」

幸太郎が息を呑む。

陽菜は真っ直ぐ見た。

「ちゃんと残ってた」

その瞬間。

幸太郎の中で何かが崩れそうになる。

救われるみたいに。

苦しかったものが、少しほどける。

昼休み。

図書室。

青いノート。

今日は陽菜の方から幸太郎の隣に座った。

前みたいに自然に。

そしてページをめくる。

付き合った日のページ。

水族館。

六月の手紙。

全部見ながら、小さく笑う。

「……やっぱり恥ずかしい」

「何が」

「この手紙」

幸太郎が少し笑う。

「泣いてたくせに」

陽菜が顔を赤くする。

「うるさい」

でも。

そのあと、静かに言った。

「でも書いてよかった」

幸太郎が見る。

陽菜はノートを撫でながら続けた。

「前はね」

「“忘れたくない”ばっかりだった」

「消えるの怖くて」

声が少し静かになる。

「でも最近、少し違うの」

陽菜は窓の外を見る。

六月の空。

少しだけ夏に近づいた光。

「今の私って」

「前の私と少し違うと思う」

幸太郎は黙って聞く。

陽菜は笑った。

少し照れながら。

「でも、それでも幸太郎くん好きになってる」

その言葉で、幸太郎の胸が熱くなる。

「だからね」

陽菜は続けた。

「もし昔の記憶が全部消えても」

「今の私がまた好きになるなら」

一拍。

柔らかく笑う。

「それって、ちょっと素敵じゃない?」

幸太郎は言葉を失った。

そんな風に考えたことがなかった。

失うことばかり怖がっていた。

でも陽菜は違った。

今を見ていた。

放課後。

久しぶりに晴れた帰り道。

川沿い。

六月の風。

草の匂い。

陽菜がフェンスにもたれる。

「ねえ」

「ん」

「前の私、幸太郎くんのどこ好きだった?」

突然の質問。

幸太郎は少し困る。

「難しいな」

「えぇ」

「お前が勝手に好きになったんだろ」

陽菜が頬を膨らませる。

「ちゃんと考えて」

幸太郎は少し黙る。

それから言った。

「……多分」

陽菜が待つ。

幸太郎は少し照れながら続けた。

「一人にしなかったから」

陽菜が目を瞬く。

「俺のこと」

風が吹く。

幸太郎は川を見たまま言う。

「ずっと隣にいた」

「だから好きになった」

その言葉に。

陽菜の表情がゆっくり崩れる。

泣きそうに。

でも嬉しそうに。

陽菜は小さく笑った。

「そっか」

それから。

静かに幸太郎の隣へ行く。

肩が触れる距離。

少しだけ寄り添う。

「じゃあ」

優しい声。

「今の私も、ちゃんと隣にいるね」

夕陽が川に反射する。

六月の風が吹く。

春は終わっていく。

でも。

二人の時間は、ちゃんと続いていた。

忘れることより。

また好きになれることの方が、少しずつ大きくなっていた。

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