第19話 『西園寺家の古い記録』
金曜日の放課後。
校舎の窓から差し込む夕陽が、教室をオレンジ色に染めていた。
ほとんどの生徒は帰っていて、残っているのは数人だけ。
幸太郎は鞄を肩にかけたところで、声をかけられた。
「朝倉」
振り向く。
西園寺颯太だった。
いつもの無表情。
でも今日は少しだけ真面目だった。
「今日、時間あるか」
「あるけど」
「家来い」
あまりにも唐突だった。
幸太郎は眉をひそめる。
「……何で」
颯太は周りを確認して、小声で言った。
「木曜日の件。調べた」
その一言で空気が変わる。
幸太郎の指が止まる。
「何か分かったのか」
颯太は頷いた。
「家に古い記録がある」
「西園寺家の?」
「そう」
短い返事。
でも目は冗談じゃなかった。
校門前。
陽菜が待っていた。
水瀬陽菜。
幸太郎を見ると手を振る。
「一緒帰ろーって……あれ?」
幸太郎の横に立つ颯太を見て首をかしげる。
颯太が先に言った。
「今日は借りる」
陽菜が目を細める。
「なにそれ」
「話ある」
陽菜は幸太郎を見る。
「大丈夫?」
幸太郎は少し迷ったが頷く。
「すぐ戻る」
陽菜は少しだけ不安そうだった。
でも、無理に笑って言う。
「じゃあ、また明日」
その笑顔を見た瞬間、胸が少し痛む。
まだ何か隠している気がした。
夕方。
Saionji Residence
門を見た瞬間、幸太郎は足を止めた。
「……でか」
颯太が振り返る。
「普通だろ」
「どこが」
和風の大きな門。
広い庭。
石畳。
完全にドラマで見る名家だった。
「お前、ほんとに金持ちだったんだな」
「今さら?」
「今さら」
颯太は肩をすくめた。
家の中。
廊下がやたら長い。
静かで、木の匂いがする。
奥の書庫へ通された。
本棚が壁一面。
古い和綴じ本まである。
颯太は一番奥から一冊の古びた帳面を取り出した。
表紙に墨で書かれていた。
『春来異記録』
幸太郎が眉をひそめる。
「何それ」
颯太は机に置いて開く。
「西園寺家に代々残ってる記録」
「春に起きる異常現象をまとめたやつ」
ページをめくる。
古い字。
読みにくい。
でも日付だけ分かる。
明治。大正。昭和。
何十年分もある。
颯太があるページで止めた。
「これ」
指先が示した文章。
幸太郎は読み上げる。
「……“木曜日ごと現れる少女、名を呼ぶ者のみ認識す”?」
喉が乾く。
そのまま続ける。
「“記憶により存在を留め、忘却により消滅す”」
息が止まる。
陽菜と同じだった。
完全に。
「……なんだよこれ」
颯太は静かに言う。
「昔もあったってことだ」
幸太郎の手が震える。
「でも何で」
颯太はページをめくる。
次の記録。
そこに書かれていた。
『春の境界に迷う者、未練ある時のみ現世へ戻る』
幸太郎が固まる。
「未練……?」
颯太が頷く。
「たぶん、水瀬には強い願いがあった」
「学校に行きたい」
「普通に生きたい」
「それが木曜日に繋がった」
幸太郎は唇を噛む。
でも、それだけじゃない気がした。
陽菜は言っていた。
“朝倉くんと仲良くなったら離れたくなくなる”
その言葉が頭をよぎる。
颯太は次のページを指した。
そこに最後の記録。
古い字でこうあった。
『願い成れば、現象終わる。
ただし、未練残る時、再び春に開く』
沈黙。
書庫が静かになる。
外の風の音だけ。
幸太郎はゆっくり口を開いた。
「……願い、叶ったんじゃないのか」
颯太は目を伏せる。
「分からない」
「でも終わってないなら」
「まだ何か残ってる」
その言葉で、胸がざわつく。
陽菜の不安そうな笑顔。
帰り際の表情。
全部繋がる。
その時。
幸太郎のスマホが震えた。
画面を見る。
メッセージ。
送信者。
陽菜。
開く。
短い一文。
『朝倉くん、ごめん。
言ってないこと、まだあるの』
幸太郎の呼吸が止まる。
次のメッセージ。
『今、学校の屋上にいる。来て』
時計を見る。
午後六時四分。
とっくに下校時間。
もう誰もいないはず。
でも、幸太郎の心臓が嫌な音を立てた。
颯太も画面を見て顔色を変える。
「……行くぞ」
幸太郎はもう走り出していた。
春の終わりの夕焼けが、赤すぎた。




