第12話 『思い出して――消える前の約束』
放課後の図書室。
夕日が窓から差し込み、本棚の影が長く伸びていた。
静かな空間なのに、幸太郎の心臓だけがやけにうるさい。
スマホの画面に表示された一文。
『次の木曜日までに、思い出して』
何を。
何を思い出せというんだ。
幸太郎は画面を見つめたまま動けなかった。
隣で、西園寺颯太が眉をひそめている。
「……番号は?」
「表示されてない」
「非通知?」
「違う。送信者そのものがない」
颯太の表情が変わった。
「ありえねぇだろ」
「俺もそう思う」
でも届いている。
画面に残っている。
現実として。
颯太は少し考えてから言った。
「朝倉」
「何だ」
「お前、水瀬と何か約束したか?」
その問いに、幸太郎は一瞬言葉を失った。
約束。
思い出す。
屋上での昼休み。
風。
桜。
卵焼き。
笑顔。
そして――
『明日も来てね』
『うん』
あれは約束だ。
でも違う気がした。
もっと何かある。
思い出せそうで届かない。
「……分からない」
幸太郎が答える。
颯太は真顔のままだった。
「分からないなら思い出せ。次の木曜までって書いてるなら、それが鍵だ」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃない。でも今それしかない」
幸太郎はしおりを握りしめた。
あの紙だけが残っている。
それだけが、陽菜が存在した証拠。
帰り道。
夕焼けの坂道。
桜はほとんど散っていた。
花びらが少しだけ残って、風に舞っている。
幸太郎は一人で歩いていた。
いつもなら陽菜が後ろから追いかけてきて、
「待ってー」
って笑う気がした。
でも振り返っても誰もいない。
当然だ。
消えたから。
でも。
胸の奥だけが認めない。
家。
机の上にしおりを置く。
何度も文字を見る。
“いつか、桜の下で笑えますように”
その字を見ていると、少しだけ安心する。
本当にいた。
幻じゃない。
夢でもない。
確かに笑っていた。
夜。
眠れなかった。
ベッドに横になっても、頭の中は屋上の風景でいっぱいだった。
消えていく陽菜。
涙を浮かべた笑顔。
最後の言葉。
『覚えててね』
そして、今のメッセージ。
『思い出して』
覚えることと、思い出すこと。
違う。
何かがある。
深夜。
幸太郎は突然起き上がった。
呼吸が荒い。
夢を見た。
でも内容が曖昧だ。
ただ一つだけ覚えている。
病院の白い廊下。
消毒液の匂い。
そして、窓際で笑う陽菜。
制服じゃない。
白い服。
患者服みたいだった。
「……病院?」
口から漏れる。
その瞬間。
頭が痛む。
鋭い痛み。
まるで記憶を無理やり引き剥がされるような感覚。
幸太郎は頭を押さえた。
「っ……!」
息が詰まる。
でも、その一瞬だけ確かだった。
陽菜は病院にいた。
あの木曜日。
翌朝。
教室。
幸太郎は颯太の席に向かった。
「西園寺」
西園寺颯太が振り返る。
「朝から怖い顔してんな」
「思い出した」
颯太の顔が変わる。
「何を」
「病院」
短く答える。
颯太は立ち上がった。
「詳しく言え」
昼休み。
屋上。
誰もいない場所。
風だけが吹く。
幸太郎は昨夜の夢を全部話した。
病院。
白い廊下。
窓際。
患者服の陽菜。
颯太は黙って聞いていた。
そして小さく息を吐く。
「……なるほどな」
「何か分かるのか」
颯太は幸太郎を見る。
真剣だった。
「水瀬、病気だった可能性が高い」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「でも、ただの病気じゃ説明つかない」
「だよな」
「木曜日だけ存在が消える理由が必要だ」
颯太はフェンスにもたれた。
「でも少なくとも、“病院”はヒントだ」
その時。
風が強く吹いた。
幸太郎の手からしおりが飛びそうになる。
慌てて掴む。
その裏に、今まで見えていなかった文字が浮かんでいた。
薄いインク。
手書き。
震える文字。
『四月十七日 会いに来て』
幸太郎の呼吸が止まる。
今日の日付を見る。
四月十三日。
次の木曜日は――四月十七日。
颯太が横から見て言う。
「……これ、最初から書いてあったか?」
「ない。昨日までは」
「後から出た?」
幸太郎は頷く。
喉が乾く。
手が震える。
幸太郎はしおりを強く握る。
「会いに来てって……どこに」
颯太が静かに答える。
「病院だろ」
沈黙。
風だけが吹く。
春なのに寒い。
幸太郎は空を見上げる。
雲がゆっくり流れている。
あの日、陽菜が消えた空。
そして、初めて分かった。
木曜日はただの欠席日じゃない。
彼女は、どこかへ“戻っている”。
それが病院だとしたら。
今会わなければ。
本当に、二度と会えないかもしれない。




