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『最後の春、君と見た空』  作者: 優貴(Yukky)


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第9話 『次の木曜日、決定された運命』

その日の帰り道は、やけに長く感じた。

会話の途中で空気が変わったまま、誰もそれを戻せずにいた。

屋上で聞いた言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

「存在してない扱いの日がある」

「記録が空白になる」

「周りの記憶も曖昧になる」

現実として理解できる情報じゃない。

それでも――確かに“起きている”。

教室では何事もなかったように時間が流れていた。

黒板の文字、先生の声、クラスメイトの笑い声。

そのどれもが普通なのに、朝倉幸太郎の中だけが少しズレている。

「おい」

小さな声。

西園寺颯太が隣に立っていた。

「……なんだよ」

「放課後、ちょっと来い」

「どこに」

颯太は一瞬だけ周囲を見てから言う。

「図書室の裏」

放課後。

夕方の光が校舎に差し込んでいる。

人気の少ない廊下。

図書室の裏は、普段ほとんど人が来ない場所だった。

そこに颯太は立っていた。

「これ見ろ」

スマホを差し出す。

画面には出席記録の一覧。

そこに、異常な空白が並んでいた。

「……水瀬」

水瀬陽菜の名前。

木曜日の欄だけ、完全に抜けている。

それどころか――

「他の生徒の記録も一部消えてる」

「は?」

「よく見ろ。木曜日に関係するデータだけ、ところどころ欠けてる」

幸太郎の背中に冷たいものが走る。

「それってつまり」

「誰かが消してるか」

颯太は言い切る前に止めた。

「それとも、最初から“存在してない日”なのか」

沈黙。

風が校舎の隙間を抜けていく音だけが響く。

幸太郎はスマホを見つめたまま言う。

「水瀬は知ってるのか」

「たぶん知ってる」

「じゃあなんで俺に話す」

颯太は少し間を置いた。

「お前だけ“覚えてる側”だからだろ」

その言葉が重く落ちる。

「覚えてる側……?」

「そうだ」

颯太は真剣な顔で続ける。

「普通なら、木曜日の記憶は曖昧になるか、消える」

「でもお前は覚えてる」

「そして水瀬も“お前には話してる”」

幸太郎の呼吸が少し乱れる。

「それって……何なんだよ」

颯太は答えない。

代わりに言う。

「次の木曜日、絶対に見ろ」

翌日。

教室。

空気は昨日と変わらない。

しかし、陽菜の席だけが妙に静かだった。

「ねえ」

昼休み前。

陽菜が声をかけてきた。

「朝倉くん」

「なんだ」

「明日……来ない日なんだ」

その言い方は、いつもより少しだけ弱かった。

幸太郎は頷く。

「知ってる」

「そっか」

陽菜は少し笑った。

でもその笑顔は、昨日よりも薄い。

「明日ね」

陽菜は続ける。

「たぶん、ほんとに“見えるものが変わる日”になる」

「どういう意味だよ」

「説明できない」

またそれだ。

「でもね」

陽菜は少しだけ近づく。

「朝倉くんには、見てほしい」

その言葉は、お願いでも命令でもなく――

“最後の確認”みたいだった。

「何を見るんだよ」

「私」

短い言葉。

沈黙。

幸太郎は一歩引いた。

「それって、危ないやつか?」

陽菜は少しだけ笑う。

「分からない。でも」

「でも?」

「たぶん、次の木曜日で“何かが決まる”」

その瞬間、教室のざわめきが遠くなる。

「決まるって何だ」

陽菜は答えない。

ただ、窓の外を見た。

「ねえ朝倉くん」

「うん」

「もし私がいなくなっても」

「やめろ」

幸太郎が遮る。

「そういうの」

陽菜は一瞬驚いた顔をして、それから小さく笑った。

「やっぱり怒るんだ」

「当たり前だろ」

陽菜は少しだけ目を細める。

「じゃあ、ちゃんと来てね」

「明日?」

「うん」

放課後。

幸太郎は一人で帰った。

夕焼けは綺麗だった。

それなのに、世界がどこか遠く感じる。

その夜。

スマホが震える。

陽菜からのメッセージ。

『明日、屋上に来て。必ず』

既読をつける。

すぐに返す。

『行く』

数秒後。

『ありがとう』

そして、そのあとにもう一文。

『もし私がいなくなっても、ちゃんと覚えててね』

幸太郎は画面を見つめたまま動けなかった。

外では風が強くなっている。

窓がかすかに鳴る。

次の木曜日。

それはただの欠席日じゃない。

誰かの“存在そのもの”が試される日だった。

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