第十話 共存
目の前にいるのは誰だ。なんの感情もないように俺を睨んでくる。本当にリリカなのか。
「誰だ」
「月城リリカですよ、あなたの婚約者でしたっけ」
言葉が出なかった、初めて見るリリカはまるで空虚で冷徹だった。
「異能を手に入れるために婚約したんじゃないんですか」
「なんでそれを…」
「悠斗さま、あなたが欲しかったのは異能であって私じゃないですよね。安心してください、私も同じです。あなたなんてどうでもいい。ただ、外に出たかっただけですよ」
「……違う。最初はそうだったかもしれない。でも今は違う。俺が見てるのは、リリカだよ」
「つまらない、ではあなたの婚約者やーめた、さようなら」
リリカはその場から去っていった。俺は追いかけられなかった。
「なんなんだよ」
苛立ちを抑えきれないまま、俺は谷岡のじじいのもとへ向かった。薬でも飲まなければ、まともに眠れそうにない。何もかもがおかしかった。
「悠斗さま、月城リリカさまは異性種になると性格も何もかも変わります」
「異性種」
「異生種とは、今まで解放されなかった呪縛師や異生物の種族です。悠斗さま、リリカ様が解放されたことで、この世界もいずれ異生種に侵されていきます。それでも覚悟はできていますよね」
「……」
「悠斗さま」
「俺はどうしたらいいんだ」
「悠斗さまに提案があります」
「なんだ」
「方法は二つです。一つは悠斗さまも異生種になる。そうすれば、リリカ様を殺さずに済む。もう一つは悠斗さまが人間でありたいのならリリカ様を殺してください。完全に堕ちる前に」
「ふざけるな。そんなの選べるわけないだろ、もし俺が異生種を選んだら…俺はもう人間じゃいられないのか」
「覚悟は入ります」
「……それでも、あいつを殺す理由にはならない」
俺はこの部屋から去る。
決断しないと何も変わらないとわかっていた。
いずれ来る状況に立ち向かうしかない。
リリカは屋敷の倉庫にいた。呪縛札が赤く染まっていた。
――悠斗10歳
冷蔵庫に貼られた呪縛札が、赤く染まっていた。
悠斗がそれに触れた瞬間、なぜか感情が流れ込んでくる。
(悠斗さま、ごめんなさい。私はここから出れないから悠斗さまのために何もできない。本当に役立たずでごめんなさい)
悠斗は呪縛の圧で皮膚がただれても構わず、冷蔵庫を開ける。
「リリカ、大丈夫だよ、僕がいるからね」
血まみれの手を、小さなリリカ手がそっと握り返した。
***
悠斗が屋敷のドアを開けようとすると呪縛の力で開かなくなっていた。悠斗は何回もドアに体当たりして開ける。
「リリカ!リリカ!」
俺の身体は呪縛札で焼き切れていく。痛みが広がっている。ようやくドアを開けると、目を赤く腫らしたリリカがいた。
「なぜ来るんですか、悠斗さま」
リリカをそのまま抱きしめる。
「大丈夫だよ、俺がいるから」
「私は悠斗さまを捨てました、私の側にいると異生種に食べられますよ」
吐き出す言葉がちくちく痛む。どこにいてもリリカは不安だったんだ。いずれ呪縛師は異生種扱いで、嫌われてしまうと。
「リリカ、君が異能使いだからって嫌いになるわけないよ辛い時は泣いてもいい、だから俺の側にいて欲しい」
「悠斗さま」
「聞いてくれ、俺はリリカを呪縛から解放して、ここで一緒にいられる時間が、心から幸せなんだ。だからもう契約してきた、俺は異生種になる」
リリカの瞳が揺れていた。
もう後戻りはできないとポロポロ涙が溢れていた。




