筒姫
お立合の中に御存知のお方もござりましょうが、そりゃそりゃ、そらそりゃ。廻って来たわ、廻って来るわ。朱夏の装い、奏でる調べは水音激しく蝉の声、ご存知筒姫参上しやした。
来るわ来るわ何が来る、鏡の池の蝦蟇百匹、武具を身に着け彼奴退散せしめし夏を呼べ。武具馬具ぶぐばぐ三武具馬具合わせて武具馬具六武具馬具、さすれば東の空から日が昇り西のお山に日が沈む。
「東の空から日が昇るってえのは、筒から佐保への慈悲の手向けと心得やがれ、ありんす女。」
「なにをぬけしゃあしゃあとぬかしやがる、この毛むくじゃらの狢女が。」
くどいことを並べる女はお茶挽でもして遣り手のご機嫌伺いでもしたらよろしい、さあこれからが悪態の初音でござりんす。
春の佐保に夏の筒、月とすっぽん、例えて言えば白い雪に黒の墨、おっせす言の葉さながら雲泥の如し、慈悲の手向けとは片腹痛い、互いに火花を散らすも一興ながら、尻尾丸めてお帰りくださるも一興。さすれば、お前の勇気に免じて桜の花道用意していたしんしょう。
塩次郎でもあるまいに、あちきにこう言われたら、よもや逃げるなんざありますまいな。
これ以上はあちきの女が廃るでありんす、四の五の言わずに、
「かかってきやがれっ、毛むくじゃらっ。」
「キィィィィィ、者共懸かれっ。」
筒姫が手にしていた扇子で佐保姫を指し示すと、池から蝦蟇がゾロゾロと這い上がってきて、佐保姫目掛けて進んでいく。いくら何でも、佐保が蝦蟇如きにやられる事はないと思うけれど、泥まみれにでもしてしまおうという魂胆なのだろうか。
「佐保の姐様、お待たせしました。」
後ろから禄存の声が聞こえ、今が姐様に恩をお返しするときぞ、と禄存は連れてきた者達に告げる。それは大小の蛇の軍勢で、佐保姫と源九郎を追い越し蝦蟇の軍勢に立ち向かっていった。
「いやぁぁ、普段蛇喰ってるじゃないですか。言うこと聞いてくれるかとビクビクしてましたよ。」
「お前そんなの喰ってるのかい、腹が減ったらなんか喰わしてやるから、今度からうちの社に来なさいよ。」
源九郎が溜息をつきながらそう言ったが、本当のところは溜息混じりとは少し違う。今までが今までで晴十郎達三柱の使い走りだったところへ新しい使い走りが来たのだから、今のうちに恩を売って取り込んでしまおうという事だ。
ここに晴十郎がいたら、幼気な子狸騙して目の奥が笑っていやがると思うのに違いねぇんじゃねえか。
「おのれ佐保めが、蛇に驚いて蝦蟇が固まっちまった。」
蛇の苦手はナメクジであろうと、筒姫はナメクジの軍を差し向けた。
「いけません筒姫、ナメクジは蝦蟇に弱いんですよっ。」
筒姫方の鹿が叫んで止めようとするが間に合わずに、筒姫はナメクジを相対させてしまい、三者三竦みで身動きが取れなくなってしまった。
ナメクジは蝦蟇に喰われてしまうのではと身構えるが、それが何故だか蛇には怖くて堪らない。それで蛇は恐怖で鎌首持ち上げるが、その鎌首が蝦蟇を呑み込もうとしているのではないかと蝦蟇が固まる。
「どうもこうも、これでは時だけが過ぎゆくだけではないか。」
「ならば筒姫、我が春日の眷属をご覧に入れましょう。」
キュウーンと鹿が甲高い声を放つと筒姫の後ろの方から鹿が一匹二匹と集まってくる。
「やい佐保、数が揃ったらお前の負けだわいな。」
「吐かせ、我が手勢がこれだけだと思うな。」
筒も佐保も片膝上げて怒声を上げている。源九郎は佐保の言う手勢ってのに、思い当たるのは月明かりの松永久秀だけだ。しかし、今は昼日中、どう転んでも夜の亡者の出る幕なんか無い。
「お前の言う手勢ってのは、亡者の武士どものことであろう、こんな真っ昼間から出るわけねえだろうが。」
「馬鹿をお言いでないよ、昔から敵の敵は味方って言うじゃないか。」
たむくる神のあればこそって聞いたことはないのかい、お前の良く見知った紅葉の似合う小股の切れ上がった姉さんじゃないか。お前の泣き顔を拝めるもんなら姉さんは快くあちきの頼みを聞いてくれるでござりんす。
「ほら見上げてご覧よ、昼の月をさ。」
季節外れではあるが、空にポッカリと月が浮かんでいる。月読尊のご差配か、はたまた竜田姫の妙技かわかないけれど、秋深い澄んだ空に浮かぶはずの昼の月、竜田姫で無ければ誰の仕業か。
佐保姫の背後に松永久秀の軍勢が跪いて広がり号令を待つ。昼の月のせいか松永達の体は、向こうが透けて見えるが、なかなかどうして精悍な出で立ちである。
百戦錬磨の武士達にはそれに似合った凄みは滲み出ている。恐らくは人の身であった頃からもそうであったのだろう。
「亡者を従えるとは、更に化け物に磨きがかかったようだねぇ。」
筒姫の背後の鹿も数を揃えつつあった。鹿は前足を掻き鼻息も荒く、角を前に突き出して何時でも突進出来ると、その姿で語っているようでもある。
突進してくるとしても、池の周りを回ってくるのだろうか、池を突っ切ってくるのだろうか、松永久秀は両翼に槍を整え中央に弓を構えさえていた。
鹿にあの角で突進されてきたら、抑えきれるのだろうか、散り散りに吹っ飛んで破られてしまうのではないか、佐保姫は涼しい顔をしているが源九郎は焦りで唾を飲み込む。
源九郎は禄存の姿が見えないことに気づき、主の一大事に居ないとは後で説教だと思った。春北斗の冠と禄存の名前を貰っておいてどういうつもりだと。
ここで佐保の姐さんが負けてしまったら夏が早く来ちまう。そのせいで日照り続きになっちまったら、米の育ちが悪くなっちまう。
これはただの喧嘩じゃなくて、豊作祈願の神事なのだから。




