031.「俺だけレベル99」
張り込みは、3手に分かれた。
一つは叡智さんパパ。二つは牛島の友達ということになっている、牛島本人。三つめは、俺と牛島と叡智さん。まずパパがホシが襲撃してきそうな人通りのない場所にいくつか目星をつけ、それぞれパパと牛島の友達で張り込む。
目星をつけた場所を小谷が通過時、何事もなければ次の場所に移動するといった手筈だ。
俺たちシロートは邪魔になるから喫茶店で待機。随時LIZEメッセージなどで状況を共有してもらう。
第三試合は2日後。襲撃してくるなら今日か明日――一般的に考えて、前日まで練習詰めということはしない可能性もあるから、やるなら今日の可能性が高い。
喫茶店で地図を広げながらそう考えていると――
「あれ~ピヨG、モーとびはどこいっちゃったの?」
と、叡智さんから当然の疑問が出た。
「あぁ、先生ならさっき、おなか痛いからトイレ行くって」
「そ、そっか……」
こんなときに、頼りにならん大人だと思っちゃっただろうか。許せ牛島――とはいえ、彼からすれば叡智さんから寄せられる好意は得体のしれない恐怖でしかなかったかもしれないが。
そういえば、結局この子は牛島にお近づきにならないまま小谷とくっついちゃいそうだけど、それでいいのかな。俺から聞くのも変かな。
初日以来、俺にアイツのことを聞いてくることはなくなったので、俺からも特にその話はしていないが……
余計なことを考えていると、ピコンと通知が鳴った。
「あっ、ピヨG、パパからだ。第一地点通過。第三地点に移動するだって!」
「ほいほい」
テーブルに広げた地図にマルをつける。
次いで、牛島の友達ということになっている牛島からも通知が入った。
「先生の友達からも来た。第二地点通過、第四地点に移動する……と」
「早いねペースw」
「走ってるからだろーね」
小谷君は往復を毎日走っている。猶更そんな襲いにくいターゲットを、ただの暴漢が襲うとは思えない。
「第六地点通過――と。この後広い公園の中を通る」
ここで動きがありそうな予感がした。
密かに牛島にメッセージを送る。
「来るぞ。油断するな」
――公園。
第七地点で待機していた武勇は、ゼェゼェと肩で息をしていた。
(まったく、若ェモンのペースに先回りするってのは大変だなオイ……ん?)
ジャリジャリと小谷が走ってくる姿が徐々に近づいてくる。
武勇もまた、来るなら公園内かと予想していた。緊張が高まってくる。
(ここなら多少騒いでもそうそう気づかれるこたぁねェ……)
孤独に外灯が光を照らし、ザワザワと木々がさざめく。
やがて小谷が公衆便所の前を通過しようとしたそのとき――
便所の中から、一人の男が出てきて行く先を塞いだ。
「うおっと! なんだお前は……こないだの奴か」
「……」
フードを被り、マスクをつけた若い男。押し黙って答えない。
「俺に何の用だ。用がないなら行かせてもらうぞ」
「……腕」
「あ?」
初めて、男が言葉を発した。
「確かに折ったはず……なんでだ?」
「あぁコレか。はっはっは。なんだろうな? 神様は正しき者をお救い下さる、ということかもな!」
「チッ。腕一本じゃ甘かったか……全身バキバキにしてやんよ」
武勇は手早くメッセージを送ると、男が襲い掛からんとした瞬間、木陰から飛び出した。
「動くな! 警察だ!」
「!!」
男はゆっくりと振り向くと――一足飛びで10mは離れた武勇の間合いまで一気に詰め寄った。
(なっ――速――)
暴力的な速度の右フックが襲う。武勇は体を回転させながら威力をいなしてクルリと立ち上がる。
「っへぇ~~やるじゃんww てかうはっ……ww レベル31ww えぐww こんなな人間見たことねぇww」
「あぁ? レベルだぁ……?」
意味不明なことを言いながら笑う男。
「オッサン何者よ? そこらのポリはレベル10前後……そこの小谷クンでもせいぜい12だぞ。30ってww」
「知るか! キメェ野郎だな!」
組みついて腕をねじ上げ確保しようとする――が。
「うっ……?」
微動だにしない。
バカな。関節を逆方向にねじる動きだ。抵抗できるはずがない。
「プッククククク。まるで大人にじゃれつく幼児だな」
「キッ、キサマいったい……」
「レベルがちげぇんだよ、レベルがっ!!」
捩じ上げようと武勇が握る腕をそのまま薙ぎ払うと、彼の体は大きく宙に浮いて吹っ飛び、ボスンと背中から落ちて気を失ってしまった。
「うはははははは! よっわww よっわすぎんだろポリ公さんよォwwww」
「さて……」
男が再び小谷の方を向くと――闇の奥から怪物が襲い掛かってきた。
「どわっ!?」
大きく盛り上がった右腕から伸びた鋭い爪が首筋を襲う。容赦ない殺意の一撃。決まった――
コンクリートを鉄球で破壊したような音が園内に響き渡る。
男はゴロゴロと回転しながら木に激突してようやく止まった。
「な、なんだあんたは……!? や、やりすぎじゃ――」
慌てて駆け寄ってくる小谷を乱暴に振り払う。
「死にたくなければ遠くへ行ってろ」
牛島の視線はまだ男が吹き飛んだ先を見据えたままだ。
やがて男がゆっくりと立ち上がり――
同時に、牛島の爪がパキポキと折れて崩れ落ちた。
「ヒュー……やっべぇ……なんだこのモンスター……レベル63って……ww」
「やはりキサマか……土丘」
土煙の奥から姿を現したのは――フードが破れ、顔が露になった土丘。
「ばっ、ばかな! 土丘……なぜお前がこんな!」
「ハッ! あーあー、バーレちまった。せっかくオメーを舞台から下ろすだけにしといてやろーと思ったのによォ……こーなったら仕方ねー。オメーには消えてもらって、ユッキーは力づくでモノにしちまうかぁ」
「そっ……そんなことはさせんごぁっ!?」
駆けだそうとする小谷の首根っこを掴んで乱暴に放り投げる牛島。一拍おいて、遠くの方でボチャンと水音が鳴った。
「ふぅ~……まったく、八方美人も考えものだな。こんなバケモノにも好かれるとは」
「あぁん? テメーには言われたくねぇよ。てかなんだテメー? なぜ俺の名前を知ってる?」
「知りたいか? ならば教えてやろう。我が名はグガランナ。死の覇王にして絶対なる至高の御方――魔王スペルヴィア様の右腕にして地獄の宰相を務める者である」
「あっ!?」
土丘が目を見開いた。
「えっ!? あれマジ!? お前らそーゆー……あー……でも俺もアレだし……あるのかそーゆーの……あーしくった……佐藤とか眼中になさ過ぎて見てなかったわ……今度レベル見てみっか……」
「さぁ我は名乗ったぞ。次はキサマの番だ。言ってもらおうかそちらのカラクリを」
「んーそうだなぁ……まぁしいて言うなら……オレだけレベル99wwww」
ズドンと土丘が地を蹴ると、目にも映らぬ速さで牛島の懐に飛び込んできた。
「くっ――!」
なんとか防御姿勢を取ろうとする牛島だが――間に合わない!
ガラ空きのボディに痛恨の一撃をもらい、木々をなぎ倒しながら100m近くも吹っ飛んだ。
「ぎゃっははははははは! ちょれーwww チョロすぎこの世界wwww」
――喫茶店。
牛島からのメッセージを受け取り、俺は顔面蒼白になった。
「ど……どしたのピヨG? ピヨGまでポンポンペイン? てかモーとびまだ入ってんのか……」
「叡智さん……ゴメン! 先生と2人で待ってて、俺ちょっと外行ってくる!!」
「あちょっとピヨG!!」
俺が外に駆け出すと、叡智さんの「あっちのコンビニのトイレ借りれるよ」の声が聞こえてきた。
まずいまずいまずい。なーにやってんだあのバカ。どうやら殺すつもりでこちらの手を明かしたらしいが、相手からは「俺だけレベル99でーす」というふざけた反応しか返ってこなかった。
レベルという概念を牛島が理解しなかったことから考えて、土丘は魔王スペルヴィアの世界から転生してきた者ではない。何か別の存在だ。
そしてヤツは、牛島のレベルを63と評価したとのこと。それが真実ならば、あいつは負ける。負けたら、次のターゲットは俺だ。あぁんばかーん!! なんで勝手にゲロるんだよぉ~!!