030.「おとり捜査」
問題は、半分解決した。
だがもう半分――”小谷君を襲ったのは誰か”が未解決のままだ。
彼が襲われる可能性を考えてみる。もっともありきたりなのは、ただの暴漢。しかしこの線は薄いと思う。
暴漢の一般的な目的は大別して2つ。1つは金銭目的。もう1つはストレス発散。
前者は、部活帰りでロクに金も持ってなさそうな高校生をわざわざ狙う意味がわからない。後者にしても、フツーだったらもっと弱そうなオッサンとか、俺みたいなもやし野郎を狙うはずだ。
――ただの暴漢ではない。
可能性が高いのは、怨恨。ご丁寧に右腕を折られていることからしても、やはりこの線が濃厚だろう。
彼はけっこう好青年だ。そうそうアチコチで恨みを買っているとは考えづらい。
となれば――直近で思い当たることは2つ。1つは、第一試合や第二試合でコテンパンに打ちのめされた相手校の選手。もう1つは、叡智さんのファンの誰か――決めつけてかかるのはよくないが、土丘の顔が浮かんでくる。
「もし、アイツが犯人だとすれば……あの手でいけば……」
――というわけで。
俺は牛島とともに、生徒指導室に叡智さんと小谷を呼び出した。
「もしかするとウチの学校に犯人がいるかもって……マ!?」
「あくまで可能性の1つだ。確証はない」
と、牛島。続けて次の言葉を紡ぐ。
「――が、もしそうだとしたら、”やったはずの小谷がなぜかケロッとしている”ことに気づいただろう。タイミング的に犯人の目的は”地方大会突破の妨害”。再び襲撃してくる可能性はありえる」
「そ……そんな……なんで……なんでそんなヒドイこと!?」
「叡智……お前が――」
「先生!!」
小谷が、言葉の続きを遮った。
「叡智は何も悪くない。こいつは、光だ。光は照らす相手を選ばない。俺はそんな叡智が好きだ。だから変わる必要など何一つない」
心の中でうんうんと頷き、同意する。
「教えてください先生。それで俺は、何をすればいいんですか?」
「うむ……これまでどおり、普通にしてくれ。フツーにな」
「フツーに……? それは、いつもどおり練習にいって――」
「いつもどおり一人で帰ってこい――そういうことだ」
「えっ!? そりゃダメっしょ! また襲われたらどーすん――あっ!?」
食い下がってきた少女は、途中で牛島の意図するところを察した。
「見張っててくれる、と考えていいのでしょうか? そんなことするくらいなら、警察に――いや、そこまではしてくれないか……」
「あぁ。ホラ――先生こんな見た目してるだろ。若いころはそれなりにヤンチャしてたもんだ。そのツテで、心当たりのある用心棒がいてな……ソイツに張らせる」
「ちょっと待って2人とも! 警察――そっか、警察といえば、ウチのパパ! あーしパパに頼んでみるよ!」
「叡智のお父さん?」
そうか。こないだ言ってたな、彼女の父親はおまわりさんだって。溺愛する娘の頼みなら私的に張り込んでくれるかもしれない。チラリと見てくる牛島に頷く。
「それじゃ、叡智の親父さんと先生のツレの2人に護衛してもらうってことで。これで安心だな、小谷」
「しかし……ヤツは尋常じゃなく強かった。果たして本当に……」
そこで俺も口をはさむ。
「大丈夫だよ、小谷君。俺もイジメが酷かったら言えって会わせてもらったけど……その人マジで強いから。たぶん、格闘技のチャンピオンでも勝てないくらい」
「そ……そんなにか」
このときの俺は、楽観していた。
まさか――俺たちとは異なる種類の超常的な存在が、他にもいるとは夢にも思わず――
仮に魔王軍の者が悪さをしているのだとしても、牛島以上の存在はいまい。勇者の手の者だとすればこんなことはすまい。だから、負けることなど想定するはずもなかった――
――その日の晩。
小谷君が練習から帰ってくる少し前に、俺は叡智さんのお父さんと顔合わせすることになった。場所はグラウンドからは離れた場所にある小さな喫茶店。
牛島と2人で待っていると、カラカラーンと鈴がなり、叡智さんと大人の男性が店内に入ってきた。
「あ! ピヨG~モーとび~おっつおっつ~!」
タタ、と駆け寄ってくる少女。その後ろから、コツコツと落ち着いた足取りで男性も歩いてくる。
「はじめまして、こんばんは。優姫の父のタケオと申します」
「あ、ご丁寧にどうも。優姫さんのクラスメイトの佐藤で――」
「優姫さん――だぁ?」
その瞬間、優しく微笑んでいた男性の顔が豹変し、目にもとまらぬ速さで手錠をかけられた。
「警視庁刑事部捜査第一課 叡智 武勇だ。キサマを不純異性交遊の容疑で逮捕する。キサマには黙秘権が――」
「どあほーう!」
パコーンとアゴを殴られ、パパは膝から崩れ落ちた。
――しばらくして。
「いやーすまんすまん! 娘から話は聞いてるよ。いつも仲良くしてくれてありがとうね」
無事手錠を解いてもらい、席についてコーヒーを飲み始めた。
「いえいえいえ、こちらこそ」
「ところで佐藤君は娘のことは普段何と呼んでいるのかな?」
「え? 叡智さん、ですが……」
「ほうほうほう。合格」
「???」
「ちょパーパ! 変なこと聞くなし!」
「で優姫、お前のことをずうずうしくも下の名前で呼ぶ男は何人いる? ちょっとこの紙に全員の氏名を書いてくれ」
その紙、何に使うつもりだ……
「ははは……面白いお父さんですね。というかさっき捜査第一課って仰ってましたけど、刑事さんなんですか? 叡智さんがおまわりさんっていうもんだから僕てっきり交番にいる方かと……」
「パパはすごいんだよ~♪ なんだっけホラ? 家に飾ってんじゃんアレ!」
「ん? 高校と大学で空手と柔道を7連覇したときのトロフィーのこと?」
マジかこの人。叡智と武勇が合わさり最強に見える。
「あなたの力はわかりました。それじゃもう時間もアレなんで、手短に本題に入りましょう」
「ちょーっと待った!」
「?」
「俺はまだバディの顔を見ていない。そっちの先生のご友人が来てくださるのではなかったかな?」
「あーそれは……」
「彼は……ちょっとアウトローなところがありまして……あまり警察の方とは顔を合わせたくないと」
「そりゃ~困った。顔も見えない相手と――それも嫌がられているとあっちゃ、それじゃ組めない」
「目的は同じです。大事な生徒――小谷の護衛および犯人の確保」
「……」
ギラついた目。それでいてこちらの心の奥底を見透かしてくるような、自分の考えは読ませないような、底の知れない目だ。
「パパぁ! あーしがお願いして、パパを入れてもらったの! ワガママいうなら帰ってもらうかんね!」
「わかったよぉ~イジワルいうなよぉ~パパも仲間に入れてよぉ~」
「じゃ、いい子にしてピヨGのいうこと聞いてネ!」
「は~い」
シュンとして、最強の男は借りてきたネコのようになってしまった。




