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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<上>  作者: マグネシウム・リン
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エピローグ

物語tips:軍閥

連邦(コモンウェルス)には23の州がある。それぞれの州は北部、中央部、南部それぞれの師団の影響を強く受けている。

北部軍閥第1師団は古くからの大きな都市がある一方で戦線からは遠く歴代のタカ派の師団長が在籍していた。現在は最東端の都市アレンブルグにテウヘルが攻勢をかけており、都市の半分を占領されている。

中央方面軍第2師団は大半が砂漠地帯で面積は広い。従来のテウヘルとの小競り合いを主に担っており、実務的で実力主義。賄賂や汚職は許さないものの組織が硬直化しており攻勢は苦手。地理的な理由からオーゼンゼを始め工業地帯とそれを結ぶ鉄道網が発達している。多数の巡空艦を運用し、砂漠という天然の障壁もあることからテウヘルの侵攻は受けていない。

南部軍閥第3師団は長らく戦闘が無く、非戦派からすれば“当たり”。だが危険もなく定年まで勤め上げる“腰抜け集団”と思われている。資源が豊富な州が多く鉱業が盛ん。ただしマフィアや軍のフロント企業が支配し州政府、軍閥との癒着もひどい。市民の生活レベルもかなり低い。現在はブレーメン東部部族を剣奴(けんど)として投入し前線を維持している。

さらに南と東の山岳地帯にブレーメンの里がある。これらは自治区であり州や軍閥の影響は受けないが社会インフラはかなり遅れている。

 あのあと立派な礼服のまま軍務省に来ちゃった。でもしょうがないよね、仕事は仕事なんだから。野生司大尉にはちょっとびっくりされたけど。いろいろ聞かれてごまかすのが大変だった。

 あたしの仕事は野生司大尉の補助だから、毎日のように会議ばかりだけど今日の会議はいつもとは違った。

 宰相デラク・オハン。キエに会うときに挨拶して、軍務省で会議するときにも挨拶をした。それなのに鉄仮面のように表情を変えない。

 宰相オハンは一番の偉さを表したいがために、ひときわ大きい机と椅子に座っている。その両者には無駄に装飾があしらわれ、その真中に巨漢の仏頂面が見えた。

 一番偉い、というが喧嘩が強いという意味ではないと野生司大尉に教えられた。強いて言うなら喧嘩をさせる力が強いのだとか。それを権威と呼ぶらしい。

 そんな宰相オハンが出席する御前会議には、宰相の次に偉い軍務省の大ボス、第1師団、第2師団、第3師団のそれぞれの師団長が手駒の部下をずらずらと引き連れて宰相オハンと相対するように座っている。

 それらの背中を見ながら、会議室の隅っこに野生司大尉とリンのスペースがあった。机など無く椅子だけが用意され、野生司大尉は自前で用意した先進技術認証委員会の札を手に持っている。リンは会議で使うという資料を両手で抱えている。野生司大尉はコネに無理をいわせてこの会議の椅子を用意したらしい。

 だらだらと堂々巡りな議論が進む中で、第1師団の役人が電報を持って会議室に飛び込んできた。とたんに議場がガヤガヤと騒がしくなった。3人の師団長は宰相オハンの机の周りに固まり、ごそごそと内輪で話を進めている。

「どうしたんでしょうか」

「さて、大変なことになった」野生司大尉は言葉とは裏腹に、落ち着いていた。軍帽を取って髪をなでつけた。「ロンボク運河が突破されたんだと」

「確かアレンブルグの中央を流れる運河、ですよね」

「そう。大変なことだ。だが、だがね。川を隔てた兵站というのはそう生ぬるいものじゃない。この半年の戦いでテウヘルもすでにだいぶ消耗している。運河を越えたからと言ってそう大騒ぎするほどのことでもないはずだが」

「だが?」

「理由があるのだろう。そう慌てる理由がね」

 野生司大尉は小粋にウィンクをした。大尉が好機をつかんだ時のいつもの仕草だ。

「……の防壁の状況は」

「いやしかし、とうにあれは瓦礫の下だ。テウヘルが持ち出せるということは」

「……ばか者。われわれが持ち出せないから問題なんじゃいか」

 3人の師団長が鉄仮面な宰相オハンの前でずらずらと揉めていた。しかし野生司大尉は臆すること無く立ち上がると宣言をした。

「私にいい考えがあります」

 とたんに議場がシンと静まった。だれも野生司大尉のことは知らず、よもや手で札を持つ男がそこにいるという異様さに目を奪われていた。

「私に現状を打破できる提案があります」

 シンと静かになった会場で大尉の声がいんいんと響いた。低くもよく通る声だった。3人の師団長たちはとたんに目つきが鋭くなった。

「続けてください」

 静かな声が聞こえた。瀟洒なドレスを身にまとった少女。その顔はベールを下げているため見ることはできないが、その場にいた全員が硬直して頭を垂れた。宰相オハンでさえ起立し最敬礼をとった。

 しかしその場でリンは突然のことにあっけにとられぽかんと立ったままになってしまった。するとキエはベールの下からまるで姉妹のように手を振った。

「何をしているのです。皇が続けよとおっしゃった(のたまわす)ぞ」

 そしてその横でさらに小柄な、黒いスーツを着たネネも侍従長として控えていた。

「はっ、恐れながら我が君」

 野生司大尉は慣れない言葉を並べた。

「臆することはありません。わたくしは今日、今から臣民を率い共に戦います。それに軍務の記憶(・・)もあなた方より多く持ち合わせております。ですのでそちらのかわいい兵士を連れている尉官殿、礼など不要です。提案を聞かせてください」

 野生司大尉は額に脂汗を浮かべていたが背筋を真っすぐ伸ばした。リンは打ち合わせ通り、映写機に資料を置き、戦略の資料をスクリーンに映し出した。

「テウヘルの得意な戦術は面による波状攻撃です。たとえ反撃に遭ったとしても戦線の最も弱いところから侵徹(しんてつ)し、われわれの戦線は側面より包囲殲滅されてしまいます。したがって正面切っての対決は悪手と言わざるを得ません」

 高らかな宣言に、目下戦線を維持している第1師団長が恨みの表情を浮かべた。

「私が狙うのは戦線より後方です。テウヘル一個体は知能が低いもののその後方には戦略を指揮する知能の高いテウヘルが控えています。また、多脚戦車(ルガー)の整備調整のための知識層のテウヘルもまた、前線近くまで出張ってきているはずです」

「なぜそう言い切れるのだね」

 第1師団長はネネに睨まれながらもひるまなかった。

「小官は見てきました。かつてテウヘルと対峙し、その体臭と緑の鮮血を浴びるほど接近した戦いで」

 試験勉強ばかりで昇進した将官たちは眉をひそめて野生司大尉から視線を外した。

「じゃあ君、どうやってテウヘルの前線を突破するというのだね」

 第1師団長はあいかわらず斜に構えている。

「前線を突破するという発想自体が間違いなのです」野生司大尉はリンに目配せし、次の資料を映し出した。巡空艦と軽戦車が描かれたイラストで、兵士が空中から飛び降りていた。「少数高機動な機械化部隊が巡空艦に分乗し、テウヘル領域奥地へ密かに侵入、空中より降下し、戦線に対して“点”として(くさび)を打ち込みます。その後の作戦は、例えば指揮官の捕獲あるいは殺害、多脚戦車(ルガー)の革新的技術の確保、あるいは空中要塞の制御方法も奪取できます」

「なるほど。興味深いですね」キエは目を閉じ記憶を巡らせた。「空挺(くうてい)部隊、というわけですか。強固な前線を裏から破壊する戦術ですね」

「空挺。なるほど良い語感です。面白い造語でありますな。恐れながら我が君、すでに名称は決めております」

 リンが次の資料に切り替えた。野生司大尉自身の流麗な書体(カリグラフィ)がスクリーンに現れた。

「空中降下武装偵察部隊。(くさび)部隊とお呼びください」

 議場はとたんにがやがやとした喧騒に包まれた。幾人かの第2師団の将官は野生司大尉に同調してうなずいているようだったが、軍務省のお偉方はやんややんやと野次を飛ばしている。

「で、何が必要なんだね?」

 宰相オハンが口を開いた。重低音を響かせる楽器のような声だった。

 リンが首脳陣とキエに素早く資料を渡していった。資料の表面には「機密」の赤い判が押されている。

「とりあえずは“多少”の資金、高速巡空艦1隻、基本的な武器弾薬と軽戦車を5両、戦闘員の優先的な異動(ヘッドハンティング)、情報部との連絡員および必要十分な情報共有だけ(・・)です」

 具体的かつ大量な要望だった。軍務省のお偉方は仮の稟議書を眺めて頭を抱えていた。

「いいだろう」宰相オハンは資料に一切手を付けること無く、野生司大尉を見て言った。「だが仮に失敗したら──」

「私は失脚」

「──大尉の首ひとつでどうにかなるものではないだろう。君の部隊にはブレーメンがふたりもいるそうじゃないか。しかも命令に従順な稀有な若いブレーメンが」

「よくご存知で」

 野生司大尉は笑みを隠さなかった。

「アレンブルグの運河の中洲に研究所がある。知っているかね。そこから新型弾頭の改善指示書を回収してくるんだ。部隊結成の条件はこれだ。部隊の成功を心から願っているよ」

 キエの鋭い視線はベール越しにでもわかった。しかし宰相は鷹揚なままだった。

「しかし、宰相。新型弾頭開発は50年前、悲劇的な結末を迎えました。濃縮技術がうまくできず、そして開発は不可能とされたはずです」

「ほぅ、よく調べたじゃないか、大尉」

 大尉の表情に一瞬だけ笑みがこぼれたのをリンは見逃さなかった。

「なりません」キエは一歩前へ出て述べた。「たとえテウヘルに勝利しても、後に残されるのは数百年草木の生えない土地です。未だにオーランドでは毎朝中和剤を散布しているのですよ。そしてそれらは地下に流れ込み都市生物を生み出しています」

「まあ、テウヘルに食い殺されるよりはマシでしょう、我が君」

「この話は後ほどゆっくりといたしましょう。デラク・オハン」

 戦いが始まる。リンはそう感じた。

 オーランドの安寧な暮らしも仮初(かりそめ)にすぎないと知っている。楽しいけれど、いつかは戦わなければならない。その覚悟はさっきキエに会ったときに伝えた。戦場はとても恐ろしい。それでもニケと肩を並べて戦えるのは誇りだし、シィナをギャフンと言わせる戦果をあげてやりたい。

 これがムシャ震い。ブレーメンのことわざらしい。ムシャが何なのかよくわからないけれど、あたしは戦う。そしてニケに認めてもらうんだ。

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