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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<上>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:犯罪集団

スラム街を取り仕切るマフィア、その下部組織のギャング、ギャングに憧れる半グレ集団やバイカーギャングなど。“聖人”を始めとする分離主義者のような高尚な思想は持たないものの金次第で何でもこなす厄介集団。

暗殺、暴行、恐喝、拉致監禁、銃器密売、薬物、賄賂による軍需品横流しなどからてテレホンカード偽造まで何でもあり。ただしこれはオーランドが同心円状に社会階層を区切っているせい。都市の“内側”に犯罪をもたらさなければそれで良いと根本的な解決はなされていない。

旧居住塔の内部は複雑に入り組み、上層階は昇降装置が故障しており人の出入りが少ない。そのため犯罪組織の秘密工場や取引現場になりがち。一方で、ネネたちは王宮から旧居住塔の設備を遠隔操作できるようで……。

 脇腹に鈍痛が走ったキーウェイの顔が間近に迫る。痛みを悟られぬようにニケは顔をそらした。

「がんま、ヤらせろ! やらせろ!」

「おちつきなさい、キーウェイ。まだ彼を殺す訳にはいかない」

「じゃあボッコス(決闘)ボッコス(決闘)

「ふむ。意味話分からないが、まだ我慢するんだ」

 ガンマはキーウェイの肩を持ちニケから引き離した。キーウェイも大人しく従っているようだったが、実力至上主義な東部部族のキーウェイが優男のガンマに付き従っているのは不自然に見えた。

「お前が、分離主義者の首魁(しゅかい)といったところか。キエを襲ったのも」

 しかしガンマはわざとらしく顎に手を当てて呆けた。そして部屋の隅で銃を弄んでいる部下を見渡した。

「知らないね。僕じゃない。皇を襲ったのはお前か? 違う。じゃあお前か? やはり違う」

 ムカつく演技だった。

「僕はただ必要とする者に必要な物を与えたに過ぎない。武器に情報、そして機会だ。1桁区に潜伏する同志から、無知な皇がお忍びで外出する情報を得た。護衛は少なく直衛は若いブレーメンただ1人、だとね。君が丸腰だったのはいささか予想外ではあるが。キーウェイが密かに武装した近衛兵を排除して開始の機会を作った。あとは、彼らが勝手にやったことだ。彼らは分離主義を標榜し僕に味方をするとは言っているが僕は彼らを味方だと思っちゃいない。所詮は下町のチンピラさ。自分たちを特別な存在だと勘違いしている。彼らには計画性がないし作戦も行き当たりばったりの素人だ。でも大いなる目標のため大いに利用させてもらっているがね。皆連邦(コモンウェルス)に不満を抱いている。泥水をすすって生きるのは、家族が病で倒れ救えないのは、借金を苦に南部の鉱山で馬車馬のように働かされるのも、ぜーんぶ連邦(コモンウェルス)が悪い」

「そんなもの、こじつけにすぎない」

「そうかもしれない。自己責任の名の下、自身の失敗を連邦(コモンウェルス)に当てこすっているだけかもしれない。だがいったい何人のスラムの住人が君の言葉を聞くのかね?」

「キエは悪い皇じゃない。彼女は慈悲の心がある。きっと、連邦(コモンウェルス)を変えてくれる」

「“きっと” はは、若いねブレーメンの。根拠に乏しいよ。君は何も知らない。連邦(コモンウェルス)の実態がどれだけ荒んでいるのかを。さあ、僕と一緒に来たまえ。人もブレーメンもまとめて教え導こうじゃないか」

 鎖でぶら下がっているニケの前に、ガンマの手が差し出された。ニケはその手をじぃと見つめ、そしてツバを吐きかけた。

「これはヒトのルールに則れば、トゥイ(白痴)という意味だ。死んでもお前に手は貸さない!」

「ふむ、そうか。そうか。残念だ。説得は難しいみたいだ。頑固なブレーメン」

 するとガンマの腕が素速く伸びた。手がニケの首を締め上げた。

 ありえない。ヒトの力じゃない。締め付ける力に抗えず呼吸ができない。

 その時、あたり一面で盛大な音が響いた。重いナニかが落下する音だった。

「何事だ!」

 ガンマの手が離れる。ニケは詰まった呼吸を整えるために素早く空気を吸い込んだ。

 武装したガンマの手下が彼の耳元で何やら囁いている。

「……を見たのか?」

「いえ、鞘に収まったままでしたので。しかしあの体の動きは」

 ガンマは天井を仰ぎ見て、長い溜息を吐いた。ハンドサインで部下に指示を出した。部下は手近な武器を担ぎ部屋を後にした。その動きからして軍人崩れのギャングらしい。

「キーウェイ、彼を始末してすぐに来るんだ。状況が変わった。コロス。わかったな?」

「コロス? でもけっとう?」

「言いつけを守れないならもう仲間じゃない」

 ガンマはくるりと背を向けた。キーウェイも状況を察したらしく諦めて青く輝く篭手を振り上げた。甲の部分に備わった杭が光る。

 これで良かったのだろうか。仲間になるフリをすれば生き残るチャンスはあったのかもしれない。あのガンマが嘘に引っかかるかは、わからない。すべての中心にいるあの男のことだ。ブレーメンが苦手な嘘は簡単に見抜いてしまうかもしれない。

 キエを先に逃したことに後悔はない。これが自分の使命だ。後悔があるとすれば、もう少しシィナと仲良く話していればよかった。リンにもっと優しく、そしてホノカの送迎、誰が代わりにしてくれるというのだ。

 青い篭手のきらめきが見える。しかしキーウェイの黄色に光る瞳孔(どうこう)が縮こまる。そして飛び退いてしまった。そして代わるように窓の外から長大な青い輝きの大太刀が射し込まれた。

「トゥイ! ガウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

 キーウェイが動物のような咆哮をあげた。そして大太刀に続いてシィナが窓の格子を突き破って突入してきた。

 シィナの晴式の静謐な構えが眼前にあった。シィナは片手で無造作にニケのベルトに2振りの刀を差し込んだ。

「次、その刀から手を離したら容赦しないんだからね。わかってる?」

「ああわかってる。痛いほどわかってる。先にこの鎖を……」

私の(・・)ニケを傷つけたのは、この女狐? でしょ? そうよね。むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくこのクソ女狐は、私が、コロス! コロス! コロス!コロス! コロス!コロス! コロス!」

 ぞっとするような闘志だった。シィナにはキーウェイしか見えていなかった。


挿絵(By みてみん)


「落ち着け、シィナ。先に俺の鎖を解け。キーウェイの近距離格闘じゃ、お前の大太刀は不利だ」

 だめだ。シィナ耳がピクリともしない。

 キラリと青い光が見えた。ほんの瞬きの間にシィナの長大な大太刀が構えから振り抜いた体勢に変わっていた。柱、壁、配管、そのすべてを両断して拷問部屋に一筋の刀傷を残した。その刃先がニケを縛る鎖に触れ、やっと開放された。

 キーウェイは居住塔のがらんどうな空間に逃げ、シィナも狭い出入り口を器用に大太刀を持ち替えながら進んだ。

「シィナを本気にさせると怖いな。昔より100倍怖くなってる。どうしてだ」

 死にかけていたのに心は妙に落ち着いていた。2振りの刀を革紐で定位置に固定した。その瞬間に全身に暖かな血が流れ始めた。疲労で鈍っていた頭は回りだし、重かった手足も羽でできているように軽くなった。

 居住塔の上層、採光用の天窓付近で青い輝きが見えた。シィナの大太刀が輝き、手すり、ドア、壁などを構わず切り裂いていく。一方のキーウェイはシィナより速く立体的に動いて攻撃を翻弄している。

 ダメだ。昔と同じだ。シィナと剣技比べをするときは必ず上方向に位置取った。シィナの大太刀はその速度と攻撃範囲は脅威だが振り抜いてしまった後はスキができる。短刀の攻撃ならそれが最大のチャンスだ。しかもシィナは頭に血が上ると周りが見えなくなる。幼い頃はそのせいで家屋を両断してこっぴどく叱られていた。

 階下では銃声が轟いていた。素人の弾をばらまくだけの銃撃じゃない。正確無慈悲な単発射撃でギャング達が撃たれ、はるか階下へ落下していく。

「リン!」

 キエのドレスにライフルというひどく不格好な組みわせだったが、素人のギャングでは届かないアウトレンジから標的を倒していく。居住塔の回廊は遮蔽物が一切なく、ギャングたちは低い欄干に身を隠すがその大柄な体を隠しきれずに手足や頭を撃ち抜かれている。

「まったく君は、僕が想像した以上に面白いブレーメンだ」

 ガンマが同じ階にいた。逃げたと思ったが部下に露払いをさせていただけのようだった。

「俺の名前はニケだ。よく覚えとけトリアタマ。その四肢をもぎ取って企みを暴いてやる」

 ニケは左の主刀を引き抜いた。青い刀の光が踊る。

 それと対峙するガンマは武器の類を一切持たず、いまだ鷹揚だった。

「そうそう。さっき証拠の話しをしていたねぇ。もうひとつ、実は証拠があるんだよ。僕自身さ」

 ガンマはゆっくりと右腕を横にあげた。するとにわかにその腕の体積が増大し風船のように膨らむと、たちまち長い爪と真っ黒な体毛が出現した。

「クソ、どうなってる! 居住塔に出るおばけってのはお前のことか」

「おばけ? ああ、保守管理用のドローンとAIのことか。クク、違うよ。僕はね───」

 その時ガンマの言葉を遮るように銃弾が飛来した。それはガンマの側頭部から入り、耳の横を破裂的に破壊した。

 リンの正確な狙撃だった。照準器(アイアンサイト)だけで狙ったらしく、居住塔の同じ階の、弧を描いた反対側で手を上げて喜んでいる。

「───無粋だねぇ」しかし半ば潰れているガンマの頭が喋った。傷口も挽き肉をつなぎ合わせるかのように修復している。「僕はねぇ、連邦(コモンウェルス)が秘密にしてきた生体兵器、その唯一の成功例なのさ。なぜ獣人(テウヘル)がアレンブルグを狙って執拗な攻撃をしているか。軍はどうしてアレンブルグの防衛に執着するのか。それは僕を作った研究所がそこにあるからだ。人々の知らない真実がそこに隠されている」

 ガンマの体がみるみるうちに膨らんでいく。

「考えても見ろ、ブレーメンのニケ。今戦っている数百万の強化兵が獣に変身し戦う(さま)を。ボク以外の実験体は皆自我を失い暴走し処分された。かつて(・・・)と同じように連邦(コモンウェルス)は平気でやってのけるぞ」

 ガンマの体はぶくぶくと膨れ上がり、スーツが破れた。顔はもはやヒトではなく獣人(テウヘル)そのものだった。赤く輝く目がニケを見下ろしている。

 ニケは剣先をガンマの喉元に向けた。

「お生憎、テウヘルをヤるのは慣れている」

 ガンマの犬面が笑ったように見えた。その瞬間、一気に間合いが詰められていた。その俊敏さはブレーメンに劣らなかった。

 繰り出される右拳を避け、左から振り下ろされる鋭い爪をかわした。拳で通路には穴があき、爪は欄干を切り裂いた。 

 ニケも地面を蹴った。積極的な接近戦(インファイト)で振りかざされた左腕を切り裂き、右腕を切断した。

 大丈夫。やれる。動きは見抜ける───。

 暗転。天井と床が交互に見え、そして背中に強い衝撃が加わって息ができなくなった。

 目をしばたたかせる。蹴られた? そんな予備動作は見えなかったのに。幸い、柔らかい配管にぶち当たりひしゃげているお陰で背骨が折れずに済んだ。

 眼前では、ガンマは失った手足がさっそく生えてきている。

「やっぱりバケモンじゃないか」

 ニケは血の味のするツバを吐き捨てた。

「小癪なブレーメン」

 ガンマの姿が消えた───床を蹴り、ほんの数歩で間合いに入った。

 ニケは主刀を振るった。ガンマの右拳が振るわれる間に3度切りつけ、拳をかわしつつ跳躍し、右腰にくくった隠し刀を引き抜きそして背後からガンマの首を狙った。

「クッ、浅い!」

 予備動作なしに繰り出される足技をぎりぎりで回避し、手を付きながら後方に飛び退いた。両手で刀を構えた。

「足癖が悪いって言われなかったか」

「あいにく、実験で昔の記憶は全部無くなったんでね」

 ガンマの首筋を伝う血は、ヒトの赤い血ではなくテウヘルの緑の血だった。

「質問なんだが、斬った手足は生えてくるとして、その犬頭は斬っても生えてくるのか」

「ククク、命が惜しいのでね。試していないんだ。さて、ブレーメンの正統剣術とやらも気になるところなのだが。死ににくいテウヘルの格闘術を前にどの程度戦えるのか見ものだねぇ」

 ガンマの言には一利あった。どれだけ剣術を修めようともこの敵は想定外だった。即興で剣技を繰り出し、倒せる可能性のある頭部を狙う。しかしガンマもその程度のことは想定しているはずだった。さらにその上を行く剣技を繰り出さなければならない。

 じわり、と右の前足を動かす。寸分の間合いを盗みガンマの大きな1歩を考慮する。

 機先(きせん)を制する。左手で握った隠し刀を逆手に持ち、右の主刀をおそらくあるであろうガンマの目の盲点にあわせる。

 しかしふたりの間の位置に鮮血を振りまきながら胴体が落下してきた。

「あぁ、キーウェイ」

 ガンマの犬のような口から悲しい言葉が漏れ出た。キーウェイの胴体には片腕がなく首と体も皮一枚でつながっていた。顔も左上すべてを欠損し血で濡れていた。もはやか細い呼吸をするのがせいぜいだった。

 ガンマは血で染まったキーウェイを愛おしそうになでた。

「ざまあみろってんだ、クソ女狐」

 すとん、とニケの横にシィナが降り立った。その形相は険しく近づく殺意がにじみ出ていた。

 ガンマはキーウェイの亡骸を毛むくじゃらな両腕で抱えあげると、

「勝負はまたの機会につけよう、ブレーメンのニケ。いずれ愚かな君にでも事の重大さが分かるだろう。そのときに、今日の償いをさせよう。地べたに這いつくばり慈悲を乞う君の姿を待ち望んでいるよ」

 ガンマはにわかに跳躍するとはるか階下の空中回廊に降り立った。そしてヒトの姿に戻ったらしく、騒然としているスラムの住人に紛れて見えなくなってしまった。

 ため息。カチン、と2振りの刀を鞘に収めた。大きな獲物を逃してしまった。

 突然、横から抱きつかれた。ブレーメンの力でぎゅーぎゅーと締め付けてくる。

「ばかばかばか! 心配させんじゃないわよ」

「おい、離れろよ。血がつくぞ。さっきまで出血してたんだ」

「こんなに傷だらけになって。あのクソ女狐。まだ殺し足りない。あと10回は殺してやらないと気がすまない。どうしてニケはそんなに素っ気ないのよ」

「感謝してるだろ」

「言ってない。何もまだ聞いてない」

 シィナの殺気に満ちた横顔を見たせいで、とは口が裂けても言えなかった。

 くるりと体勢を変えるとシィナを抱きしめた。

「ありがとう。強くなったんだな」

「あっ当たり前でしょ!」

「よくがんばったな」

「当たり前でしょ」

 ニケはシィナの背中に回した手を離した、がシィナは離れなかった。

「ずるい。あたしも!」

 リンが来た。息が上がっているのは居住塔の弧を描いた反対側から走ってきたせいか。

「だめ。ニケは私のなの。アホ毛のおチビにはあげないんだから」

「あたしもがんばったもん。ちょっとちょうだい」

 しかしリンも食い下がった。

「ちょ、離しなさい!」

「ヤ!」

 女とは、恐ろしい生き物だ。

「シィナ、とりあえず手を離してくれないか」

 最後の最後で、シィナはニケの懇願を聞き入れてくれた。

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