9 温かい布団で眠ります
色んなことがあり過ぎて、消化不良の気分のまま、布団にもぐる。
布団が、あったかい…。
じーん、と感動してしまう。
だって。
昨日までは、端切れで繕った薄っぺらい布団一枚をジャックと分け合っていたのだ。
今はふかふかで手触りの滑らかな掛け布団が、一人一枚ずつ与えられている。その上これまで床に直に寝ていたところに、敷布団まである。
王子様様と言える。
三年前の襲撃は、決して許さないけど、去り際の手配には感謝する。
長年この孤児院にいたネモフィラさんに、こういったことは少しも期待できなかった。
ネモフィラさんの出自を知った今、正直なところ、物凄く不満はある。なぜ、という疑問もある。
院長先生も、もっと孤児院運営をちゃんとして欲しかった。
でも王子様は、ネモフィラさんを侍従の人に任せて見送ったあと、私に院長室へと案内させた。院長先生は怯えながら、王子様のあとに続いた。
王子様は院長室に入るなり、帳簿を開いて、院長先生に一つ一つ、不審な点を問い質していった。とても驚いた。まさか王子様のような天上人が、孤児院の帳簿に目を通すなんて。田舎の孤児院なんて、王子様にとって、きっとなんの利益も齎さないのに。
感情のない、熱のこもらない淡々とした低い声。氷のように凍てついた視線。
院長先生は震えていて、胸がすっとした。
結局、不正をしていたわけではなくて、ネモフィラさんが言っていた通り、運営能力がとてつもなく低かった、ということのようだった。
そのときに王子様が言った台詞に、危うく目頭が熱くなってしまって、とても焦った。
「孤児院運営は貴族の道楽ではない。能無しの逃げ場にするな。民を苦しめることは許さぬ」
吐き捨てるように、王子様は言った。
三年前、私達家族を苦しめたのは、間違いなくこの王子様だ。
だけど。
だけど、民を苦しめるなと言ってくれた。
王子様で、平民の暮らしなんて、きっと知らないだろう。
綺麗なもの、贅沢なものに囲まれて、望むものはきっと何でも手に入って。お腹いっぱい美味しいものが食べられて、暖かいお布団で眠って、チヤホヤされて、目障りだからと殴られることもなく。怪我をしたり病気になったら、お医者さんに診てもらって、誰にも知られず死んだりしない。
そんな王子様が、民のことを、孤児のことを気にかけてくれた。
涙が出そうになったって、仕方ない、よね。
まあ元を辿れば、あの王子様が襲撃してこなければ、私は孤児になってなくて、今もレオンとナタリーとジャックと四人で平和に暮らしていたんだろうから…。
うん。やっぱり許せないな。
うっかり騙されてはいけない。
ネモフィラさんの二の舞にはならない。
あとは冗談だったのかもしれないけど、ハロルド様という方と引き合わされないようにしないと…。
ネモフィラさんもお貴族様だとわかったからには、逆らえないし、ああ、本当に前途多難…。
ゴロン、と寝返りを打つと、横に並んで寝ていたジャックが布団の中でモゾモゾと動いた。
「…リナ。起きてるか?」
「起きてる」
フワッと布団が捲れ上がって、ジャックの顔が見えた。
「今日は、色々あったな」
「うん」
ジャックは困ったような顔をする。
「この布団…すごくいいやつだ。フカフカしてる」
「そうね」
「レオンの家でも、ここまでじゃなかったな」
確かに。平民の家にある布団ではないかも。もしかしてお貴族様用の布団なんだろうか。
でもあの王子様がそんなことするかな。
分不相応というか、孤児院にそこまでの品を用意する必要なんてないと、私にもわかる。
贅沢過ぎる布団より、その分のお金は、食費だとか孤児院の施設維持だとか、他に必要なことがきっとある。その方がずっといい。
無駄を嫌いそうな王子様だったのに、やっぱり平民の金銭感覚はないということなのかも。
「あったかいね」
「……オレは、」
ジャックは何かを言いかけて、口を閉じた。
「…手、繋ぎたい」
目をパチパチとすると、ジャックは布団から恐る恐る、といった感じで手を出してきた。
「いいよ」
少しびっくりしたけど、もちろん構わない。
ジャックは寂しいのかもしれない。今日までずっと、一つの布団を二人で分け合ってきた。
布団はフカフカで温かいけど、ジャックと繋いだ手も同じくらい温かくて、とても安心する。
「リナ、気がついてたか?」
「何に?」
ジャックが私の手をギュッと握る。
「…わからないなら、いいんだ」
ごろん、とジャックが顔を背ける。
なんの事だろう。
「今日来た王子様が、三年前襲ってきた男だってこと?」
「は!?」
ジャックがガバッと起き上がる。
手を繋いでいた私は、それにつられて引っ張り上げられ、グラリと体が傾いだ。
「おっと」
ジャックの胸元に抱え込まれる。思わずギュッとしがみついてしまった。
「ご、ごめん!!」
ジャックが慌てて私の肩を両手で、乱暴に押しやった。ジャックの熱が離れていって、急に熱が奪われたような肌寒さを感じる。
ジャックは私の肩から手を外して、頭をガシガシと掻いた。
「どうしたの?」
「いや、だって。オレ、そんなつもりなくて…」
何を言っているのかわからない。
「そんなつもりって?」
「リナのこと、だ、だ、抱きしめた…」
ジャックはウワー!と言って、布団に顔を埋める。
えっ。何を今更。
「別にジャックに抱っこされるのなんて、今更でしょ」
「そうだけど」
「昨日まで一緒に寝てたんだし」
「寝てたとか言うなよ!」
他になんて言うんだろ。
「…ナタリーに言われたんだ」
ジャックが布団に顔を押し当て、くぐもった声で言う。
「え?ナタリー?」
「うん」
そろそろとジャックは顔を上げた。
「今日、ナタリーに会った」
窓から差し込む月の光がジャックの少し赤らんだ頬を照らす。
孤児院に初めて来た日の夜を、思い出した。




