今はいつ?
「な、明らかに人工物だろ?」
「確かに」
「岩じゃ無いね」
サラサとマーティが立体映像をくるくる回して眺めている。カールとニムも興味津々だ。その様子を見ているアルバートはちょっと楽しそう。
丸く大きなお椀のような物は中央に飛び出した突起があり、そのお椀の反対側には多角形の筒のような箱が付いている。箱からは二本、太い腕が伸びているが、途中で折れたような跡がある。太い腕の他にも何本か金属の棒が伸びていたようだが折れてしまっているようだ。そして箱の側面には金色の丸い板がはまっている。その丸い板の中央を小さな岩が貫通したらしく、穴が開いている。ちょうどお椀――パラボラアンテナ――から貫通しているようだ。
「普通に考えて無人機だな」
「かなり小型の生物なら……無理か」
「この大きな丸いのはアンテナか?」
「多分探査機かなんかだろう、というのが今のところの見解」
「この丸い板は?」
「なんか記号が彫ってあるんだが、見ての通り大破しててね。なんだかわからない」
皆がいろいろな感想を言っている。だが、俺の感想は全然違う。俺は、これが何か知っている、多分。
その形は、前世で子供の頃に、テレビで見た形にそっくりだ。
……ボイジャー……
これが一号、二号のどちらなのかわからないが、人類が初めて太陽系の外に送り出した人工衛星だ。太陽系の中を飛びながらいくつかの惑星の写真を撮ったりして、すごい成果を上げた、と言うのは俺くらいの世代なら大体知ってるはず。そしてそれが太陽系の外に飛び出し、はるか銀河のかなたまで旅をする。夢とかロマンとかそう言うのの詰め合わせだ。そういえば、太陽の方を向かせて、写真を撮って送ってきたってニュースもあったな。「なんかすごい」としか思えなかった。
そして、話題の丸い板は、はるか遠く銀河系を飛び続け、いつの日か他の文明に接触できることを願った金属プレートだな。確かレコードになっていて、機械を操作すれば、各国の挨拶や音楽が流れる、といった感じになっていたはず。まあ、これじゃ動かないのは明らかだが。
一応表面に描かれた図形も意味があって、解読すると……と言うのがあったと思うが、穴開いてるし、割れてるし。それでも、ボイジャー頑張った。偉い!
作った人たち――確かNASAだったはずだ――は、これをどこかの文明が見つけたとき、人類の文明は滅んでいるかも知れないが、それでも自分たちがいたことを教えたい、宇宙に仲間がいることを伝えたい。そんな思いでこれを乗せた、と言う話を聞いたことがある。その頃はスケールのでかい、夢のある話だと思ったが、受け取る側になるとは思わなかった。NASAのみなさん、ごめんなさい。壊れててメッセージを受け取れませんでした。
ダーツの膝の上で、端末を触らせてもらう。何というかこう、親近感がわいてくる。日本人がめったに行かないような国へ旅行に行ったのに、偶然日本人に会ってしまって、妙に意気投合するような感じ、とでも言えばいいのか。
そうだ、ボイジャーが飛んできたと言うことは、地球が近いのかな?地球が惑星連合に加盟していたという話は聞いたことが無いが、政府が隠していたのかもね。ヤバい、M○Rに情報を送らないと。それともム○の方がいいか?
地球が近い……そう思ったが、すぐに『ある事実』に気付いた。これは、ここで考えるのはやめた方がいいな。ちょっと挙動不審になりそうだ。
盛り上がっている家族に、眠くなった、と伝えて自分の部屋に戻ることにした。夜も遅いし、子供は寝る時間だ。子守歌を、とついてくるダーツを丁寧に断って、ベッドに潜り込む。ダーツ、そんなに悲しそうな目で見るなよ。明日はちゃんと遊んでやるから……これじゃ完全に親子が逆だ。
ベッドに潜り込んでも、寝付けるわけがないので、覚えている限りのことを思い出す。確か……
ボイジャーの速度は時速五万キロくらいだったか、光速の二万分の一くらいと聞いたことがある。加速するための装置はないので、多分その速度のまま、宇宙を旅するだろう、とテレビで言っていた。
そして、もう一つ記憶をたどる。地球から一番近くで観測された惑星は……四光年くらいだったか。雑な計算だが、この星が地球から四光年の距離だとしても、ボイジャーがここまで到着するには……八万年かかる。
俺が死んでから八万年が経っているのか。もちろん、四光年以上離れていた場合にはもっと、だ。惑星連合の広さを考えると、十光年以上離れていてもおかしくないだろう。となると二十万年。やめよう、八万年にしておこう。
地球に未練が無いと言えば嘘になる。実際、幽霊になるという選択肢に心惹かれたし。でも、幽霊を選ばずに転生してみたが、心残りがちょっとだけある。だが、地球がどこなのかわからない以上、考えても仕方が無いと自分に言い聞かせていた。それに、仮に地球に行けたとしても、この姿だ。俺だと気付く者もいないだろう。第一、娘達に名乗り出てどうすると言うのだ。一緒に暮らすのか?
だがそれでもいつか……と、どこかで思っていた。この星の科学力なら光年単位の距離を数日間で移動できる。地球に降りることは出来なくても、遠くから眺めるくらいなら、なんてことも考えていた。
だが、八万年だ。
今まではなんとなく「俺はこの星で元気にやっている。娘達も元気かな」なんて、のん気に空を見上げていたが、どう考えても俺の娘や孫がそこまで長生きするとは思えない。ひ孫のひ孫のそのまたひ孫の……やめよう。
俺のいた頃――と言っていいのかわからないが――から八万年前と言ったら、旧石器時代じゃないか?文明レベルが違いすぎる。俺が死んでから八万年。人類の文明は俺の知っている物では無いだろう。世界の構造、国とか民族とかそう言うのは全く違う物になっているだろう。地形も大分違うんじゃ無いか?
なぜか涙があふれてきた。もう、地球には俺のことを知る者は一人もいない。何かを成し遂げた人物と言うわけでも無いから、役所に死亡届が提出されてそれで終わり。新聞に事故のニュースが載っていたとしても、わざわざそんな記事を探す人はいない。歴史に埋もれた、数十億にもなるその他大勢の一人だ。
娘は、そして孫は、どんな人生を送ったのだろうか。俺が死んだことは悲しんだだろうが、その後は幸せに暮らしたと信じたい。
俺には今、六人の大切な家族がいて、幸せに暮らしている。なのに、急にひとりぼっちになった気分だ。涙が止まらない。ベッドの中で丸くなって、声を殺して泣いているうちに眠ってしまった。
目覚めの気分は最悪、と言っていいだろう。
起こしに来たサラサに挨拶をして、顔を洗い、リビングへ。皆でそろって朝食。ダーツは明後日までこっちにいるらしく、「今日は目一杯遊ぶぞ」と意気込んでいた。アルバートは「ほどほどにな」と苦笑しながら仕事へ、カールとニムもそれぞれ学校へ。哀れむような視線は何ですか。
サラサが出がけに「何かあったの?」と心配してくる。「なんだか怖い夢を見た気がするの」と適当に答えておくと、よしよし、と抱きしめてくれた。
一通り、朝のゴタゴタが片付くと、ダーツが「よし、遊びに行こう!」とにこやかに笑顔を見せてきた。マーティが少し渋い顔をしている。すごく嫌な予感がする。
「はあっ、はあっ」
「あー、面白かった」
「そ、そうだ、ね」
マーティとダーツに連れられてきたのは、車で一時間ほどの距離にある遊園地。地球にある物とそれほど違いのないものが多い。そして、地球同様に身長制限もあり、ジェットコースターのような物には乗れないから大丈夫だろうと思っていたが、それが油断だった。ダーツが全力で回転させるティーカップ(に似た物)がこれほど危険な乗り物だったとは。ティーカップでこのレベルだと、観覧車とかメリーゴーランドくらいしか安全が担保できる乗り物がなさそうだ。
「あれは何?」
「あれはグランジキド。ナッツ大陸だけにいる肉食動物で……」
マーティが策を巡らせ、遊園地に併設されている動物園へ移動した。見たことも無い姿の動物だらけ。図鑑とかで見たことがある動物も多いが、やはり実物を見るのが一番だ。今見ているのは……何だろう、サイに似ているが、翼がある。飛べないらしいけど。あと、色が黄色と緑だ。
この星には大陸が五つあり、そのうち三つに人類が住んでいる。残り二つは気候とか結構厳しいらしく、野生の王国だ。そして、俺たち人類のように、野生の動物も性別が多い。地球のように性別が二つの動物もいるが、五つなんてのもいる。もはや何が何だか。
マーティは生物学を専攻していたとかで、動物の名前や生態に詳しいので、動物園ではダーツよりも生き生きしている。で、ダーツはと言うと……
「おおお!ここ、カリナメルンがいるのか!知らなかった!」
一人で大興奮して駆けていった。どっちが子供かわからないよ、これじゃ。
ちなみに、魚はいなかった。というか水棲生物がこの星にはいないと言って良い。数千万年前に大きな地殻変動があり、どういうわけかナトリウムの層が海底に露出。海全体が強アルカリになってしまい、海中の生物が絶滅。それ以来、この星では陸上生物しか残っていないのだ。一応、川もあるのだが、結局海につながっているので、だんだん数を減らして絶滅していったらしい。色々すごい星なんだな。
あと、『鳥』という分類をされる生物はいない。同じ科とか類の中でも、羽根を持つ、持たない、卵を産む、産まないと言った、いかにも鳥っぽい特徴が混ざっている。まあ、地球とは違う進化の歴史をたどっているんだろう。
マーティが言うには性別が多いのはこの星の特徴らしい。化石などの調査によると、海が強アルカリになる前の環境はもっと厳しかったらしい。そこで、生存戦略として「群れを作る」という習性を持たなければならないように進化。つまり、性別が多いとどうなるか。性別が二つだけなら、繁殖のためにはオスとメスだけでいいが、多くなると、全部の性がそろっていなければ繁殖できない。つまり、たまたま偶然出会いました、と言うレベルでは子孫が残せない。結果、繁殖のために常に群れるようになる。こうして、外敵から身を守ったり、餌を確保したり、と言ったことがしやすいようになり、繁栄。性別が多い種ほど残るように淘汰されてきた、というのが定説。
うん、子供に質問されたからと言って、答える内容が難しすぎる気がするよ。俺は何とか理解できたけど。
ん?俺たちは卵で生まれるんだろうか?聞いてみたいが、ちょっと怖い答えが返ってきそうだ、やめておこう。
ところでダーツはどこに行ったんだ?と思ったら、小動物コーナーでウサギのような動物を抱っこしていた。遠目にはウサギだけど、耳に見えるのは角。鋭い爪と牙がある。なのに草食性でおとなしいとか、意味がわからない。
不思議な生き物がいるんだなと見ていたら、慌ててこっちに駆け寄ってきた。うん、子供を捨てて動物に浮気するとか、許さないからな。
夕食時、遊園地に行ったことを話したら全員から「大丈夫だった?」と心配され、マーティの「結局動物園に行ったよ」の一言で、ホッとしていたのは、もうお約束なんだろう、この家族では。
夕食後、ダーツと一緒に風呂に入る。頭を洗ってもらった後、湯船に一緒につかっていると、いつになく真剣な顔をして聞いてきた。
「ラスティ、昨日あの写真見たとき、おかしかったよな?」
「え?」
「なんかこう、ぶるぶる震えてたからな」
抱っこされてたから気付いたんだろう。
「何かあったのか?誰にも言わないから言ってみ」
家族で隠し事は無し、だ。だが、どう説明すればいい?前世で~とか言ったらドン引きするかな。うまい言い方は、うん、これで行こう。
「この前、夢を見たんだ」
「夢?」
「うん、夢」
「へえ、どんな?」
よく覚えていないけど、と前置きし、どこか他の星であの人工物について見聞きしたような……と言っておいた。夢だから、適当な物だと思っていたら、そっくりな物を見せられてびっくりした、と。
「何だ、そんなことだったのか」
「うん」
どうやら、怖い物を見せてしまったのでは、と心配させてしまったようだ。ゴメンね、と言うと頭をワシャワシャされた。なんだか楽しくて二人で大笑いしたら、なにかあったのかとアルバートが様子を見に来た。
「何でも無いよ、なー?」
「ねー」
また大笑い。そうだ、考えたって仕方ないんだ。気持ちを切り替えていこう。
だって、こんなにも俺のことを気にかけてくれる人がいるんだから。