ここ、どこですか
窓から差し込む朝日のまぶしさに目が覚める。モゾモゾとベッドの上で起き上がり、んーっと伸びをする。窓の向こうは……今日もいい天気だ。そろそろ起きて……と思っていたら部屋のドアが開いた。
「あ、もう起きてたんだ。えらいえらい。朝ご飯出来てるから、顔洗ってきて」
顔を見せた人物は、言いたいことだけ言うとドアを閉めずに去って行った。
「起きるか」
とりあえず、この体には少し大きいベッドからよいしょ、と降りる。スリッパを履いて廊下を進み、洗面所へ。そして、自分用に用意された踏み台に上がる。
転生、確かにしたよ。生まれてすぐのことはよく覚えていないのは説明にあった通りで、成長するにつれてだんだん思い出してくる、というのも説明通り。ここ数ヶ月でほぼ完全に思い出して、現状把握もだいたいできた。
年齢は多分五歳になるかならないか。背の高さは、一般的な四、五歳児。近所の同年代の子供達と比べてもそれほど違いが無いから、平均的と言っていいのだろう。周りの物が大きいのは大人用のサイズだからだ。
生まれてきたのは結構裕福な家庭だが、その辺は後回し。一番衝撃だったのは……ここ、地球じゃ無いよね?それどころか地球っぽいところでも無いよね?と言うことだ。
洗面台の鏡に映る姿を確認する。髪の色は……赤。肌の色……緑というか黄緑。ただし、ウロコとかそう言うのは無く、普通の肌。目は白目部分は白いんだが、瞳の部分が金色。耳が少しとがっているが目鼻の形は地球人に似ている。体つきもほとんど地球人と変わらないが、性別の確認というか、生殖器というか排泄器官の形は表現しがたいので省略。あと、尻尾が生えている。トカゲの尻尾みたいなのが。もちろん自分の意思で動くが、普段は歩いたり走ったりするときにバランスをとるために使っている。
どこだよここは、と言う疑問を持って一ヶ月くらいだが、生活にはすっかり慣れていて、今も何の疑問も持たずに蛇口に手を伸ばすと、センサーが働いて自動的に水が出てくる。日本では公衆トイレでよく見かけたが、自宅にあるとは。冷たい水で顔を洗ってシャキッとしたところで、改めて手を見て確認する。
何度見ても指は六本ずつある。当たり前だが、全部ちゃんと動く。もちろん違和感は無い。自分の体だし。
顔を洗いタオルで拭いた後は、そのままリビングへ。タオル?うん、今治タオルとかそんな感じでふわっふわだ。家にあるタオルが大体そんな感じなので、これが普通なのだろう。
リビングには家族が皆そろっていて、朝食を摂り始めている。テーブルの向こう側ではテレビが付いていて、ニュースが流れている。
「おはよう」
「おはよ」
「ん、おはよう」
朝の挨拶をして、自分の席へ向かう。低い位置にある椅子に腰掛けると、自動的に浮き上がり、テーブルの位置で止まり、皆の顔が見えるようになる。別に椅子が宙に浮いているわけでは無く、普通に椅子の脚が自動的に高さを調節しているだけ。最初からこんな椅子だったので、別に驚かない。
さて、家族構成だ。兄弟は――俺が末っ子なので、兄とか姉になるのだが――二人いる。やや年が離れていて、学校――何年通うのかわからないが、高学年らしい――が忙しいようだが、帰ってくるとよく遊んでくれる。兄弟仲は良い。そして両親……と言う表現が出来ないな。親、と呼べる人物は俺の両隣に座っているが、右斜め前にも座っている。
そう、俺には親が三人いる。いや、正確に言うと、俺が転生した『種』は、性別が三つあるのだ。だから、「父」とか「母」という単語が存在しない。当然、「兄」とか「姉」も無い。それぞれの性別にそれなりの呼び名がついているのだが、まあいいだろう。
親その一、アルバート。髪の色は青というか紺。肌は俺と同じ黄緑で目は赤。一番背が高い。どうやら家長ということになるらしく、毎日朝から晩まで外で仕事をしている。公務員らしいが、詳しくはわからない。休みの日は俺とよく遊んでくれる。
親その二、サラサ。髪は金、肌は青というか水色、目は緑。一番小柄。二日に一度、仕事に出ている。ちなみに今朝起こしに来たのはサラサだ。三人の親の中で一番料理が上手だが、家事は交代制。今日は俺を起こす番だった。
親その三、マーティ。髪は赤、肌は青、目は金。サラサと交代で(?)、仕事に出ている。兄(?)達に「勉強しなさい」といつも言うのはマーティだ。研究職らしく、時々白衣のまま帰ってくる。この星にも白衣がある、というのはちょっと感動した。
兄弟その一、カール。髪と肌が青、目は緑。一番年上、詳しくはわからないが、結構難関の学校に通っているらしい。もうすぐ進学らしく、あまり遊んでくれないのがちょっと残念。
兄弟その二、ニム。髪は金、肌は青、目は赤。カールとは二つ違い。運動神経抜群らしく、地元のスポーツクラブに所属していて将来はプロ入りも、と言う話もあるらしい。ちなみにカールよりも少し背が高い。
そして俺、ラスティ。年齢的に学校へ通うのは二年後らしい。
それぞれの性別の詳しいところはよくわからないが、アルバートとカールと俺、サラサとニムが同じ性別らしい。「らしい」というのはだな、一緒に風呂に入っても全然わからないので、なんとなくだ。まあ、そのうちわかるようになるんだろう。
そして、親たちが皆働いているということもあり、結構広い家に住んでいる。生活に困る、と言うことも無いし、ご近所付き合いも良く、とても平和。
それはともかく、朝食だ。並んでいるのはパン――と言っていいのだろうか?――とサラダ……だろう、など色々。
パンは、小麦っぽい何かから作っているらしいが、お子様の俺は何から作られているのかまだ知らない。食感はパンだが、色が青い。緑じゃ無いよ、青だ。サラダも、葉物野菜や根菜などがあるのだが、見た目――というか、色――が全然違う。野菜の名前も当然違う。あとは、ベーコンエッグに相当するんだろうな、これは。白身部分が黒くて、黄身の部分が赤い、卵――らしい――を薄切りの肉と一緒に焼いたもの。肉はどう加工しているのかわからないが、味も食感もベーコンっぽい。
どれもこれも、見た目は地球のそれと全然違うし、味も全然違うのだが、『そういうもの』なのだとしか言い様がない。まだ子供だから量も少なめで、種類も時々少ないが、辛い物とか子供にあまり与えないのは前世と同じようだ。大人の味は大きくなってからだ。
そして、この星――と言えばいいのだろうか――の科学文明は、地球よりはるかに進んでいる。
テレビなんかは普通に立体映像を何も無い空中に映しているし、ニュースでは他の惑星との外交とかやっている。そう、他の惑星との交流が外交として日常的に行われているんだよ、ここでは。まだお子様の俺では文字の読み書きも不十分だし、語彙も少ないが、『宇宙船による高速航行』『重力波通信』『宇宙ステーションとの定期シャトル』とか言う単語が普通に聞かれる。そのほかも色々進んでいるが、一般人の生活は、割と普通だ。
「マーティ、帰りにアリオン寄ってくるけど、何か買う物ある?」
「そうだね……」
アリオンというのはイ○ンのような、いわゆるショッピングモールだ。サラサの職場はアリオンの隣らしく、細々した物を帰りがけに買ってくるのが日常。
「今日、少しだけど遅くなるよ。試験が近いからさ」
「ん、わかった」
カールは試験が近いと、学校で試験勉強してから帰ってくることが多い。家で勉強してもいいのだが、学校だと先生に質問しやすいから、らしい。
そして、家族がそれぞれ仕事や学校に出た後――今日はサラサが仕事の日だった――マーティに本を読んでもらうのだが、当たり前のように電子書籍。仕組みはよくわからないが、普通の紙の本のようにめくっていくくせに、全部電子データなので、表紙を少し操作するだけで簡単に内容が変わる。電子ペーパー、と言うことならわかるが、紙ではなくて立体映像。ただし、紙の手触りがある。地球の科学は周回遅れどころじゃ無くなっているな。
いわゆるタブレットのような板タイプが一番普及しているらしく、こういう本タイプは高価らしいが、子供の情操教育に良いとかで好まれるそうだ。ま、俺もページをめくる感触は好きだよ。
本の内容は童話。地球のそれとは全然違うのだが、よく似た感じの話もある。今日読んでもらったのは『三匹の子豚』に近い内容だった。まあ、豚も狼もこの星にはいないので、それに近い位置づけの動物だし、藁やレンガもないので、ちょっと違う感じ。ついでに言うと、マーティは本を読むのがうまい、というか登場人物毎に声色を変えて感情たっぷりに読むので、楽しい。ついつい、「もう一回」とせがんでしまい、外で遊ぶ時間が少なくなってしまうのが難点だ。
絵本の読み聞かせって文字を覚えるにはいい物だな、と前世で娘に読み聞かせをしていたことを思い出した。今の俺も少しずつだが文字を覚えてきていて、一緒に声を出して読むと、サラサなんかはちょっとドン引きするくらいに褒めてくれる。まあ、気持ちはわかるよ。
午後になると大体外へ遊びに出かける。もちろん、誰かしら親がついてくるのだが、この辺は治安もいいので、子供は子供同士で勝手に遊び、親たちは井戸端会議。この辺はどこの世界も同じなのだろう。子供の遊びも鬼ごっこやかくれんぼ等、おなじみの物が多い。
日が落ちる前には家に帰り、マーティが夕食の支度をしている中、ニムが遊んでくれた。運動神経がいいだけあって、抱き上げてブンブン振り回される。軸がぶれずにすごい速度で回すので、すぐに目が回ってしまう。そのままクッションの上にゴロンと転がり、二人で大笑いする。腹筋が痛い。
そして夕食。いい肉があったとかで、ステーキのようにしていた。俺は細かく切った肉で味付けも薄めだけどね。後はスープ。いろいろな野菜が入っていて、香りもいい。マーティによると、この野菜が嫌いな子供が多いらしいが、俺は好き嫌い無く食べるので、楽らしい。カールが少し苦い顔をしている。好き嫌いが多いんだろう。
夕食の後は風呂。今日はアルバートと一緒に入る。ちなみに日本の風呂によく似ていて、湯船にザブンとつかる。アルバートは体が大きいのでお湯が一気にあふれて洪水のようになるのが面白くて笑ってしまう。
そして肩までつかって、一、二、と数えるのだが、指の数が六本だと、必然的に数の体系は十二進数になる。まあ、生まれつきなので、違和感は無い。ちなみに、十二進数で三十くらいまで数えられるようになってきた。
この全てが十二進数というのは、例えば時間なんかも全て十二進数だ。時分秒という括りは同じで六十秒が1分になる。ただし、十二進数で六十秒だから十進数だと七十二秒か。そして六十分で一時間。もちろん十二進数で六十分だから七十二分だ。そして二十時間で一日。十進数だと二十四時間になる。と言っても、一秒の長さが多分微妙に違うだろうから、単純に換算は出来ないな。と言っても生活する上では「じゃ、あと一時間で」という感覚は地球とそれほど変わらない。まあ、一日の長さが地球と同じかどうかと聞かれると、わからないとしか言えない。当たり前だけど、この体の体内時計的な物はこの星基準になっているからね。
転生して記憶が戻ってきたら、どう考えても地球じゃないし、姿形も大分変わったけど、幸せな日々。前世の娘達には悪いが、この生活を満喫しようと思う。
特殊な能力とか?そんな物、無いと思う。前世の知識?地球の科学が周回遅れ以上なので、役に立つ要素が見つからない。よく異世界に行って、日本の料理を再現してあっという間に注目されて、と言う話があるが……いつも食べるご飯おいしいです。はい、色々開発するとかそういう気持ち、全然ありません。
うん、静かに暮らそう。