0090:一閃
前門の虎、後門の狼。
進むにも進めず、戻るにも戻れず。
挙句、殿を買って出たテクスは、補佐官ことエンヴァーの生み出した炎に呑まれた。
「…テクス……」
「畜生!」
双子はそう、悔しそうにそう呟く。
だが学園長は、表情を一切変えずに、淡々と口を開いた。
「…エンヴァー、目標はユウマただ一人だ。
それ以外はここで消せ」
「はっ!」
奴はそうハキハキと返すと、再び剣を構えなおした。
魔法を放出する剣、放魔剣を。
後ろに居たエールはジリジリと後退し、俺たちを圧迫する。
押すな止めれ!学園長に近づきとうない!
そんなよくわからないおしくらまんじゅうの中、不意に燃え上がったままのテクスが、ピクリと動く。
何だ、と視線を向けると共に、エンヴァーは素早く飛び退いた。
飛び退いた場所に、白銀の一閃が煌く。
その航跡を残しながら。
次の瞬間、テクスは大きく剣と盾を振り、炎をかき消した。
それはまるで吹き飛ぶように。
「フフ…ちょっとやそっとじゃぁ燃え尽きんさ…!」
「貴様ッ…!」
奴の口から、ギリッという歯軋りの音が響く。
完全に倒せたと思っていたのやもしれん。
「てっ…テクs」
「おっちゃぁーん!」
「信じてたよぉぉぉぉ!!」
…話しかける前に猫共の黄色い声にかき消された。
おめーらのせいで感動が台無しだ。
…危機的状態なのに、なんだかなぁ。
「…アルバート殿はユウマ殿と共に前を!」
「私もッ!」
気をとり直し、そう声を上げるテクスに、テレーザが答える。
魔法組み3人で前だな。
そうなると残りは……
「俺たちは?おっちゃんの援護ぐらい…」
「援護は…要らんッ!」
「くっ!」
瞬間、金属音が激しく響き渡った。
瞬時に距離を詰めたテクスの剣激が、一閃二閃と続く。
その速さを前に、奴には防御という選択肢しか与えない。
しかし、相手の剣はただの剣ではない。
一瞬の隙を突き、互いにつばぜり合いになる。
その瞬間、魔力の収束を感じ取った。
「不味い、テクスッ!」
「轟熱ッッ!!」
瞬間、放魔剣から陽炎がたなびく。
…が、その光景に表情を歪めたのは、他でもないエンヴァーだった。
しかし奴はソレを見て、素早く別の行動へと移る。
次いで、紅。
「バニシング・ブレイクッッ!!」
再びの炎に巻かれるテクス。
そして、ソレを見て高笑いをし始めるエンヴァー。
「フッハハハハハッ!ただの炎と思うな!
ミスリルだろうとアダマント鋼だろうと、跡形もなく焼き尽くしてくれるッ!」
その叫びと共に、奴は手をかざし炎を操り始める。
もはやその光景は、火災旋風のように閉所で撒き上がった。
―放魔剣
剣の中心軸と刃の付近に、大きな空洞と穴を用意した、魔術専用の近接武器。
魔術を内部から放出する事で、擬似的な「魔法剣」とする事が出来る、画期的な武器だ。
炎や稲妻を出し、氷や岩の牙を生やし、風や水の一撃が加えられる。
一部の魔術師からは、手放しで褒め称えられる奇跡の剣なのだ。
…とはいう物の、実の所、冒険者受けはあまりよくない。
魔法を使える近接職が少ない、という理由もある。
抗魔術陣が書かれてる関係上、普通に高いという理由もある。
だが一番の理由は、その信頼性の低さにある。
放出の為に、芯…中心部分が綺麗にポッカリと開いた構造をしている。
魔術によっては、氷や岩の芯が入る事にはなるが所詮補強程度。
即ち、強烈な一撃に耐えられないという事を指している。
冒険に金がかかる彼らにとって、奇跡の剣だろうと、簡単に折れる剣は嫌われる。
寧ろ彼らや騎士団にとって、最も重要な剣は、ソレ即ち「折れない剣」。
強烈な一撃にも耐え、多少の不具合も簡単に直せ、ソレでいて魔法にも耐えうる。
そういった物こそが、冒険に必要なのだ。
…とは言え、こういった多機能な物は、当然に高い。
オマケに流通量も絶対数が僅かである為に、見かける事自体が稀なのだ。
では何処にあるのか?
決まっている。
金のある裕福な家の宝剣であったり、代々受け継いできた宝飾のある美しき剣。
こういった物こそが、実用に耐えうる「折れない剣」なのだ。
美しく装飾されたエングレービングは、ソレ即ち魔術陣であり、高い魔術耐性を誇る。
美しき宝飾は、それ自体が魔術の媒体であり、または魔力の結晶たる魔石。
刃にミスリルを付随し、鞘の内に砥石を仕込み、芯としてアダマント鋼を埋め込む……
こうして様々な加工が施された剣、そして盾や鎧は、強化されながら次世代へと受け継がれていく。
――当然、テクスの着る鎧や盾、剣も同じく…!
「無駄だぁッ!」
再び、彼は剣を振るうと、纏っていた炎を切り裂き、霧散させた。
剣は一切溶解せず、また同時に鎧や盾すらも溶けた様子は無い。
彼の纏う白く美しい銀の鎧は、一切のダメージも無く健在だった。
「この装備は、我が家に代々伝わる騎士の宝!
ちょっとやそっとの事では溶ける所か折れもせん!」
彼はそう、剣を前に叫んだ。
この程度の小細工では、びくともしない、と。
そして、その叱咤に一歩、二歩と後ろに下がるエンヴァー。
この気迫を前に、マトモに切りあうことなど出来まい。
テクスは、その姿を前に剣を鞘へと収める。
鞘の内にミスリル用に調整された砥石が、シャリリとこすれる音と共に、構える。
まるで居合いのような姿勢のまま。
「なっ…舐めるなァァァッ!!」
ソレを前に、怒りと、半ば恐怖のままに剣を構え、ただただ不恰好に突撃するエンヴァー。
炎を弱弱しく吹き出す剣に、もはや先程までの恐怖感は一切無い。
次いで、一閃。
すれ違うように、一瞬の一撃が決まる。
血を噴出し、剣は砕け、ただ倒れ臥すのみ。
「…その程度の魔術で、私は倒せんよ」
彼は、血の付いた剣を振り、ソレをゆっくりと鞘へと収めるのだった。




