水魚、もしくは龍鳥の交わり1
中宮から見て南東にある巽宮の庭園に飛鳥はやって来た。
静は巽宮の道場にて、飛鳥と稽古の予定だったのだが、寛麒の来訪と祝言を希望する一声により、祝言までの間には、稽古や武芸の類いを禁止された。
親族や家臣などが静の武具をすべて隠してしまったのだ。暇にまかせて庭園にて棒切れを手に素振りをしているときに、飛鳥はやって来た。
「静!」
と声をかけられて静は振り返る。
やって来たのは、緋色の装束を身につけ、銀朱色の髪を孔雀色の紐で束ねている青年だ。棒を取り落とし、飛鳥の元へ走り挨拶の抱擁をする。
母や姉の李龍などにははしたない、と言われるが、親しい者との挨拶に品位など関係あるものか、と静は思っている。静の抱擁を受けとめ、「無事か?」と問うてきた。
「無事だけど、どこまで聞いているの」
飛鳥の元にどの程度の話が言っているのか不安だった。静の真っすぐな眼差しと問いかけに、飛鳥は片眉をあげて皮肉さを装いながらも、
「ほぼすべて」と言う。静は顔を手で覆った。
「劉が話してくれたし、邦龍殿の使いにより、父上にも話があった」
飛鳥と静の兄、劉龍は剣術の同門の兄弟であり、親しい。
「ああ、もう!兄様はどんな風に話してきかせたの?」
「静に縁組があること、それが麒鞠相手であること。それと……」
最後の言葉を言い淀む。飛鳥は緋色の瞳で静をじっと見つめた後で、そのまま言葉を飲み込んだ。言わんとすることは分かったし、飛鳥の意向を聞きたかったので、静は恥を忍んで口にした。
「姦通をしても構わないと。その、婚外で……」
静の言葉に、飛鳥は唇を噛む。
「どう思う?」
と静が言えば、飛鳥は額に手のひらを当てて、ため息をもらした。
「おかしい、愚かしいとしか思わない。ただ、その……相手は?」
頬ににわかに赤みがさす。飛鳥の元々血色の良い肌が更に赤く染まっていくのを見て、静も恥ずかしくなった。静は飛鳥の胸に拳骨をぶつける。
「この後に及んで相手って!飛鳥は私のことをあちこちに情人がいる、淫らな女だと思っていたの!?」
「いや、違う!ただ魯礒も柚信も、静とのことを吹聴していたから。縁組の話や婚外交際の話を聞き及び、我こそは静の思い人だと、吹聴している者もいる」
「嘘でしょ?魯礒も柚信も、遊びに行ったことがあるだけなのに」
「色町へ?」
飛鳥の探るような目に、静は目を伏せた。
「流行りの遊技があると聞いたので、彼らと一緒に行ったまで」
さすがにその流行りの遊技が花魁の座敷遊びであることは、言えなかった。静の性格を知っている飛鳥もまた深く追求せずに、頷く。
「ただあまり行って欲しくはない。静とあわよくば懇意になりたい者は多い」
「そんなバカな。皆一様に、じゃじゃ馬の相手はかなわないと言っているけど」
どの家の姫も器量は申し分ないが、碧羅の二女との縁談だけはごめんだ、寝屋で首を取られる。周りの男衆に言われ続けていたのでそう言ったのだが、飛鳥は首を横に振る。
「口に出す言葉がすべてじゃない。吹聴して牽制し合うこともある。少なくとも静のように胡坐座をして談笑をし、武闘で横並びになる愛嬌のある姫なんて、オレは知らない」
「それは、褒めている?」
「勿論」
「懇意と言えば、詩鶯や湖喬お姉様たちが飛鳥の息災を気にしていたけど」
色町の女性の名を出したことで、飛鳥は気まずそうに視線を逸らし、「適当に返事してくれたか?」と聞いてくる。
「息災だと言っておいたけど。初恋の相手の話にしては、ずいぶん素っ気ないんじゃない?」
詩鶯と湖喬は双子の花魁だ。静は二人を姉のように慕っており、二人からさまざまな男女の機微の話を聞くのが好きだった。
飛鳥が二人の名を出すことで異様に反応するのがおかしいと思い、以前飛鳥の友人たちに問い質したことがある。飛鳥の初恋の相手だよ、と笑って返されたので、静はなるほど、と納得したのだ。




