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六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第9章 呪いのペンダントと歪んだ願い
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第9章 その2

 一方、フィアとミアルヴィ、エイリンが向かった市場は、職人街の暴力的な熱気とは対照的に、冷え冷えとした空気が漂っていた。

 ナグン=ヘラスから流れてくるはずの豊かな食料品はほとんどなく、露店の棚に並ぶのは、主に山で採れた干し肉や保存食、わずかばかりの根菜、そして薬草の類だ。

 値段はどれも法外に高く、人々は品物を吟味するというより、ただ憎々しげに値札を睨みつけては、諦めたように重いため息をついている。


「ひどいものね。これじゃ、日銭で暮らしている人たちはまともな食事もできないわ」

 ミアルヴィが、普段の軽口とは違う、本気で呆れたような声で鼻を鳴らす。彼女の目は、市場の隅で衛兵と揉めている行商人の姿を捉えていた。

 衛兵は、ナグン=ヘラスから持ち込まれた小麦の袋を指し、「法外な関税がかけられている」と一方的に主張している。

 行商人は青い顔で必死に弁明するが、衛兵は聞く耳を持たず、その袋を乱暴に押収していく。

 このような光景が、市場のあちこちで繰り広げられていた。

 それはもはや、取引ではなく略奪に近かった。


 フィアは薬草を売る老婆に話しかけ、いくつかの品を相場よりも高い値段で買い上げながら、それとなく街の様子を尋ねた。

 老婆はフィアの優しさに少しだけ心を開いたのか、布で覆われた籠の中身を隠すようにしながら、ひそやかな声で話し始めた。

「おや、旅の方かい。こんな時期に大変だねぇ。街は軍備で湧いているけど、あたしたちの暮らしは楽になるどころか、日に日に苦しくなるばかりさ。特に、鉱山で働く男たちの食い扶持を確保するって名目で、食料はほとんど軍に回されちまうんだ」

 老婆はそう言って、深い皺の刻まれた顔をさらに曇らせた。

「鉱山……。最近、何か変わったことはありませんでしたか?」

 フィアが核心に触れると、老婆は弾かれたようにあたりを見回し、さらに声を潜めた。

「そういえば、奇妙な噂を聞いたよ。落盤事故で何十年も前に閉鎖されたはずの古い坑道……あそこで、夜な夜な怪しい光を見たって者がいるのさ。下手に近づくと呪われるってんで、誰も確かめには行かないけどね。神々も、あの山だけは見放しちまったのさ……」

 その言葉に、フィアとミアルヴィの視線が交錯する。深き目の徒が関わる場所には、常にこのような不吉な噂と、人々の信仰心の喪失がつきまとう。


 三人が宿に戻る道すがら、エイリンはほとんど口を開かなかった。

 市場で見た貧しい人々の姿や、街に漂う重苦しい絶望が、彼女の純粋な心をじわじわと蝕んでいるようだった。

 それ以上に、彼女の意識は、胸元で微かな存在感を主張するペンダントに引き寄せられていた。

(このペンダントがあれば……もっと強い力が手に入れば、あんな悲しい顔をする人たちを、私が守れるかもしれないのに……)

 そんな考えが、黒い染みのように彼女の心に広がり始めていた。

 それは仲間を思う優しさから生まれたはずの願いだったが、ペンダントの魔力は、その純粋な願いを、他者を排除する歪んだ執着へと巧みに変質させていく。


 宿に戻り、それぞれの得た情報を突き合わせる。

 女王の謎、軍拡の歪み、そして古い坑道の噂。

 点と点がか細い線で結ばれようとしていたその時、事件は起きた。

「このペンダント、やっぱり何かありそうだな。不吉な感じがするぜ」

 話の流れで、レンがペンダントに言及した。

「そんなに大事なものなのかい? 少し見せてくれるだけでいいんだが」

 リアンが何気なく、本当に何の他意もなく、エイリンの持つペンダントに手を伸ばした。

 その瞬間、エイリンはまるで獣のように鋭く、弾かれたようにその手を払い除けた。

「やめて! 気安く触らないで!」

 普段の彼女からは想像もつかない、刺々しく、敵意さえ感じさせる拒絶。その瞳には、一瞬、仲間に対する燃えるような猜疑心の色が浮かんでいた。

 部屋の空気が、まるで冬の湖面のように凍りつく。

「……ごめん。でも、これは……私にとって、特別だから」

 エイリンはそう言ってうつむくと、震える指でペンダントの輪郭を固く、まるで世界でたった一つの宝物を守るかのように、強く押さえていた。仲間たちの間に、初めて明確な亀裂が走った瞬間だった。


 その日の深夜、フィアは胸騒ぎを覚えてふと目を覚ました。

 隣のベッドで眠っているはずのエイリンの姿がない。

 息を殺して耳を澄ますと、廊下の方から微かな、押し殺したような話し声が聞こえてくる。フィアはそっと部屋の扉を開けた。

 廊下の突き当たりの窓辺に、エイリンが立っていた。

 窓から差し込む病的なほど青白い月明かりが、彼女の横顔を照らし出している。

 その手の中で、例のペンダントが、まるで呼吸をするかのように妖しい光を明滅させていた。

「……大丈夫。私が守ってあげる。誰にも渡さない……。あなたさえいれば、私はもっと強くなれる……」

 まるでペンダントに愛を囁くかのように、か細く、そして熱に浮かされたような声で呟き続けている。

 その光景に、フィアは得体のしれない恐怖を覚え、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 エイリンの心は、もはや人の手の届かない場所へと、静かに引きずり込まれようとしていた。


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