第8章 その3
ワイバーンの巣は、人の手が加えられていない自然の洞窟だった。しかし、その奥からはフィアが指摘した通り、不気味で禍々しい気配が漂ってくる。一行が足を踏み入れたその時、洞窟の暗がりから二つの巨大な影が飛び出し、咆哮と共に大空へと舞い上がった。ワイバーンは、二体いたのだ。
二体のワイバーンは、獲物を見つけた鷹のように、一行の上空を旋回し始める。
「くそっ、二体もいやがったのか!」
レンが悪態をついた瞬間、一体のワイバーンが彼を狙って急降下してきた。鋼鉄の鉤爪が、レンの頭上めがけて振り下ろされる。
「うおっ!」
レンは咄嗟に身を翻し、紙一重でそれを回避した。鉤爪が叩きつけられた地面が、轟音と共に砕け散る。
間髪入れず、もう一体がルードへと襲いかかった。ルードもまた、冷静に敵の動きを見切り、最小限の動きで攻撃をかわす。
「――ヴェル・シオン・ラミナ!」
フィアが、魔力を編み上げた魔弾を放った。狙いはレンを襲った一体。しかし、ワイバーンは鱗で抵抗し、魔弾は弾かれたように逸れていく。あまりダメージは通っていない。
「聖なる光よ、この刃に宿り、邪を打ち払う力となれ」
ルードは敵の攻撃を避けながら、レンが持つバスタードソードに祝福の奇跡をかけた。剣身が淡い光を帯び、聖なる力を宿す。
その光を目がけてか、フィアに攻撃された方のワイバーンが再び降下してくる。エイリンが即座に弓を引き絞り、矢を放った。しかし、高速で動く目標に対し、矢は惜しくも空を切る。ワイバーンは、嘲笑うかのように再び空へと戻っていった。
ミアルヴィとレンは、敵が地上に降りてこない限り有効な攻撃手段がなく、今はひたすら防御に徹し、反撃の隙を窺うしかない。
「――さあ、聞くがいい! 英雄たちの物語が、今、ここに始まる!」
リアンの力強い歌声が、洞窟の入り口に響き渡った。それは、仲間たちの心を奮い立たせる英雄の歌。その歌声に呼応するように、一行の士気が高まっていくのを感じた。
歌に苛立ったのか、一体のワイバーンが今度はミアルヴィを狙って急降下してきた。
「……来たか!」
ミアルヴィは、攻撃をただ避けるのではなく、その一瞬の隙を突いてカウンターを狙った。身を翻し、すれ違いざまにショートソードを振るう。しかし、ワイバーンの鱗はあまりに硬く、刃は浅く滑っただけだった。そして、反撃は間に合わない。返す刀で振るわれたワイバーンの鉤爪が、ミアルヴィの脇腹を深く引き裂いた。
「ぐっ……!」
激痛と衝撃に、ミアルヴィの体がくの字に折れ曲がる。かなりの深手だ。
時を同じくして、もう一体がルードに襲いかかる。攻撃はルードの肩を捉えたが、神の加護が発動し、光の障壁がその一撃を防いだ。
「ミアルヴィ!」
ルードは叫ぶと、すぐさま彼女に手をかざし、回復の奇跡をかける。掌から溢れ出す温かな光が、ミアルヴィの傷口を瞬く間に塞いでいく。痛みで歪んでいた彼女の表情が和らぎ、呼吸が落ち着きを取り戻した。
その間にも、フィアは冷静に二発目の魔弾を放つ。先ほどと同じく抵抗はされたものの、今度は確かな手応えがあった。
続くように、エイリンの矢が同じ個体を襲う。狙いは翼。放たれた矢は、ワイバーンの硬い鱗を貫き、翼の皮膜に深々と突き刺さった。ワイバーンは苦悶の咆哮を上げ、飛行の体勢がわずかに乱れる。
レンは、地上に降りてこない敵を睨みつけながら、じっと反撃の機会を待ち続けている。そしてリアンの歌声は、途切れることなく戦場に響き渡っていた。




