第8章 その2
翌朝、一行は村長から正式にワイバーン討伐を依頼された。村の存続がかかった、悲痛な願いだった。彼らに断る理由はなく、すぐさま準備に取り掛かった。
エイリンは、まだ夜が明けきらぬうちから単独で行動を開始していた。彼女の森の民としての鋭い感覚は、昨夜ワイバーンが残していった微かな痕跡を的確に捉える。苔の剥がれ方、枝の折れた向き、そして、自然が語りかける異変の気配。それらを頼りに山道を登り、ついにワイバーンの巣が山の頂近く、断崖絶壁に穿たれた洞窟であることを突き止めた。
一方、フィアは村の周辺で魔力の流れを調査していた。彼女が目覚めた力は、周囲の魔法の流れに違和感があれば、それを敏感に感じ取ることができる。
「……おかしいわ」
エイリンが持ち帰った巣の場所を聞いたフィアは、眉をひそめた。
「あの洞窟の周辺だけ、魔力の流れが不自然に歪んでいる。まるで、人工的に邪悪な気を集めているような……。“深き目の徒”のアジトで感じたものと、よく似ている」
単なる凶暴な魔物ではない。その背後には、またしてもあの教団の影がちらついていた。
巣の場所、そして敵の背後関係が判明し、一行は宿屋で作戦会議を開いた。相手は空を飛ぶ強敵だ。地上からの攻撃手段が限られる以上、全員の連携が不可欠となる。
「まず、俺が前衛で奴の注意を引く」
レンが、自信の漲る声で口火を切った。訓練で手に入れた防御力は、ワイバーンのブレスや突進すら受け止めることができるだろう。彼が地上でワイバーンの足止めをするのが、作戦の第一段階だ。
「レンが引きつけている間に、私が翼を狙います」
エイリンが、静かだが決意に満ちた声で続けた。彼女の精密射撃をもってすれば、飛行中のワイバーンの翼の腱を射抜き、地上に引きずり下ろすことも不可能ではない。
「空を飛ばれちゃ、あたしの出番はなさそうだね。地上に落ちてくるのを待って、反撃の隙をきっちり見つけてやるさ」
ミアルヴィは腕を組み、そう言ってのけた。彼女の真価は、敵が油断した瞬間に発揮される。
「最大の攻撃は、私の魔法で」
フィアの言葉には、力がこもっていた。自然の力を操る彼女の魔法は、今やパーティー随一の破壊力を誇る。
「僕の歌で、皆の力を最大限に引き出してみせるよ。時には、あの怪物の耳障りになるような歌も歌ってやろうじゃないか!」
リアンがリュートを軽くかき鳴らす。彼の奏でる旋律は、戦場の流れすら支配する。
「私は、皆さんが存分に戦えるよう、回復と守護に徹します。決して、誰一人として倒れさせはしません」
最後に、ルードが穏やかに、しかし力強く宣言した。彼の祈りは、仲間たちにとって最後の砦となる。
それぞれの役割を確認し、一行の顔には覚悟が決まった。これは単なる魔物討伐ではない。隣国へ向かう彼らにとっての、最初の試練であり、教団との戦いの前哨戦でもあった。
作戦は決まった。一行は、村人たちの祈りを背に、ワイバーンの待つ断崖絶壁の巣へと、静かに歩みを進めるのだった。




