表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第1章 集いし六人と目の紋章
7/94

第1章 その4

 町の北東に位置する旧水路跡は、苔むした石壁が不気味な口を開け、ひやりとした空気を吐き出していた。かつては町を潤したであろう導水路も、今ではすっかり廃れ、忘れ去られた遺跡のように静まり返っている。


「……思ったより、広いな」

 先頭に立つレンが、剣の柄に手をかけながら呟いた。

 内部は二手に分かれている。正面は奥へとまっすぐ伸び、右手にはやや狭い通路が暗がりへと続いていた。水の流れはとうに枯れ、湿った苔が音を吸い込んでいる。


「どっちから行く?」

 エイリンの問いに、レンは一度、深く息を吸った。喉の奥に絡む土と湿気の匂いに、わずかに顔をしかめる。

「まず右だ。狭い方から片付けよう。背後から回り込まれるのは厄介だ」


 その判断に異を唱える者はいなかった。一行はレンを先頭に、右の通路へと足を踏み入れる。

 苔で滑りやすい床を慎重に進むと、やがて少し開けた空間に出た。天井は低く、補強用だったらしい石柱が何本も立っている。水たまりが点在するその場所の中央に、三体の影があった。

 コボルトだ。


 レンは咄嗟に身を低くし、壁の陰から敵の様子を窺う。

 一体は革のジャーキンを身に着け、斧と盾を構えている。警戒心が強く、明らかに戦闘慣れしている様子だ。

 もう一体は軽装で、錆びたショートソードを手にしている。残る一体は棍棒をだらしなく提げ、壁際で気怠そうに腰を下ろしていた。

 どいつも小柄だが、油断はできない。獣のように鼻をひくつかせ、鋭い牙の間から荒い息を漏らしている。

 その鼻が、侵入者の匂いを捉えた。ジャーキン姿のコボルトが、鋭くこちらを睨みつける。


「――来るぞ!」


 レンが壁の陰から飛び出すと同時に、三体のコボルトがいっせいに向き直り、ギャッと甲高い威嚇の声を上げた。

 レンは間髪入れず、一番手前の盾持ちへと肉薄する。

「そこだっ!」

 ロングソードを横薙ぎに一閃。コボルトは盾で受けようとするが、その動きを読んで剣は脇から滑り込み、肩口を深く斬り裂いた。

「ギャッ!」

 血飛沫を上げてよろめく敵に、しかしレンは追撃しない。すぐさま背後から、援護が飛来するのを信じていたからだ。


「ヴェル・シオン・ラミナ!」

 フィアの凛とした声が響き、放たれた魔弾がショートソード持ちのコボルトの胴を正確に撃ち抜く。

「キィッ……!」

 甲高い悲鳴を上げて倒れそうになる。致命傷のようだ。


 敵も黙ってはいない。レンの左をすり抜けたジャーキンのコボルトが、リアンに狙いを定める。

「うあっ!」

 鋭い斧がリアンの右肩をかすめ、服を裂いて血が滲む。リアンは顔をしかめながらも、レイピアを構え直した。

「……へえ、やるじゃないか!」


 その隙を突き、致命傷のはずのコボルトが最後の力を振り絞り、ショートソードをレンへと振るう。

「――させない!」

 エイリンの放った矢が、そのコボルトの胸を寸分の狂いもなく貫いた。

「よし!」


 次の瞬間、床を蹴ったミアルヴィが、影のようにジャーキンのコボルトの背後を取る。

「じゃまだよっ!」

 鋭く振るわれたショートソードが、盾の隙間を縫ってコボルトの喉元を的確に貫いた。声もなき絶命。


「……あと一体!」

 ミアルヴィが低く告げる。残るは、棍棒を手にした最後の一体。仲間を失った怒りか、水たまりの奥で獣のような唸り声を上げた。


「さあ、詩の続きを始めようか!」

 リアンが傷を押さえながらも、軽やかなステップで突進する。

「――はあっ!」

 渾身の突きを放つが、コボルトは湿った床を滑るようにして横に跳び、リアンの刃は空を切った。

「くっ、すばしっこい……!」


 体勢を崩したリアンを好機と見たか、コボルトが棍棒を振りかぶる。

「危ない!」

 レンが叫び、リアンを突き飛ばした。棍棒は石床を叩き割り、凄まじい音と共に火花を散らす。

「……しぶといな!」

 レンは息を整え、ロングソードを構え直した。


 再び斬りかかる。だが、コボルトは巧みに攻撃をいなし、決定打を与えさせない。

(まずい、こいつ、ただのコボルトじゃない……!)

 その動きには、明らかに知性が感じられた。


 だが、その一瞬の攻防が、勝負を決めた。

「ヴェル・シオン・ラミナ」

 再びフィアが紡いだ静かな詠唱。放たれた魔弾は、レンの剣を避けることに集中していたコボルトの背に、吸い込まれるように直撃した。

「キィ……ッ!」

 動きが止まる。その場に崩れ落ちかけた獣の首筋に、エイリンの放った矢が深々と突き刺さり、とどめを刺した。


 ……沈黙。

 湿った空気に、血の匂いだけが混じっていた。


「全員、無事か?」

 レンが荒い息を整えながら周囲を見渡すと、皆が頷いた。


「はは、ちょっと斬られちまったけど……まあ、まあ、このくらいは慣れないとね」

 リアンが強がって笑うが、その額には脂汗が浮かんでいる。

 すっとルードが彼のそばに歩み寄り、その傷口にそっと手をかざした。

「動かないでください。すぐに治します」

「……ルーシードよ。我らが仲間に癒しの光を」

 ルードの手から温かな光が溢れ、リアンの腕に優しく注がれる。裂かれた傷がみるみるうちに塞がり、痛みも消えていく。


「うわ……すごい……」

 リアンが驚きの声を上げる。

「ありがとう、ルード。助かったよ」

「礼は、我らが神へ」

 ルードは静かに微笑んだ。


 レンは剣を鞘に収め、改めて仲間たちの顔を見回す。

(これが、俺たちの最初の戦いか……)

 ぎこちなく、危うい場面もあった。だが、確かに連携して敵を打ち破った。その事実が、彼の胸に熱いものを込み上げさせる。

 この水路の奥には、まだリーダー格が潜んでいるはずだ。

 本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ