第1章 その3
教会での一件を終え、どこか重苦しい空気をまとったまま、エイリンたちは《明日の栄光亭》へと帰還した。
夕暮れの光が窓の外を朱に染め、宿の中は夕食時の活気に満ちている。テーブルには香ばしい煮込み料理の匂いが漂い、旅人たちの陽気な声が飛び交っていた。その喧騒が、今は妙に現実離れして感じられる。
「おう、おかえり。……なんだ、揃いも揃って妙なツラしてやがるな。ちょうどいい、話がある」
カウンターの奥から、店の主人ブルノが声をかけてきた。その口調はいつも通りの軽さだったが、目の奥には確かな鋭さが光っている。
「厨房の裏まで来てくれ。込み入った話だ」
六人は互いに顔を見合わせ、黙って頷くと、ブルノの後に続いた。
通されたのは、食材の匂いがかすかに残る、倉庫を兼ねた控え室だった。ブルノは扉を閉めてから、木の机の上に古びた地図を広げる。
「さっき、町の役人がすっ飛んできてな。『腕が立って、口の堅い連中を知らないか』ときたもんだ」
「何かあったんですか?」
エイリンが問うと、ブルノは地図の一点を、無骨な指でとん、と叩いた。
「町の北東にある旧水路跡――あの廃れた石造りの導水路だ。最近、あの近くで家畜が消えたり、妙な物音が聞こえたりと、きな臭い噂が続いてる。夜中に誰かがうろついてる、なんて話もな」
「水路跡……。確か、地下は入り組んでいて、迷いやすいと聞きます」
ルードの言葉に、ブルノは短く頷いた。
「ああ。巡回役も調査に入ったが、奥までは踏み込めなかったそうだ。地面に小さな足跡が無数にあってな……連中の正体は、おそらくコボルトだろう」
「コボルトか! それなら、俺たちの出番だな!」
レンが、待ってましたとばかりに拳を握る。その隣で、リアンも芝居がかった仕草でリュートを爪弾いた。
「おお、英雄譚の幕開けに相応しい! コボルト退治とは、詩になるじゃないか!」
だが、ブルノはそんな二人を制するように、低い声で続けた。
「そう急くな。ただのコボルトなら、役人が俺を頼るもんか。どうやら今回の群れには、“リーダー格”らしき大型の異常個体がいるらしい。動きも、手口も、これまでの小物とはまるで違う。家畜の失踪も、そいつの仕業だろうとよ」
その言葉に、フィアが静かに眉をひそめる。
「……異常個体。ただ大きい、というだけではないかもしれませんね」
「ああ。だからこそ、お前たちみたいな連中が必要なんだ」
ブルノは六人全員の顔を、試すように見回しながら言った。
「お前ら六人で、この仕事を片付けてこい」
その言葉に、ミアルヴィが驚いたように目を丸くした。猫の耳が、ぴんと立つ。
「……アタシも、数に入ってるの?」
仲間として扱われることに、慣れていないのだろう。その戸惑いが声に滲んでいた。
ブルノは、そんな彼女にあきれたように、しかしどこか楽しげに笑って肩をすくめる。
「当たり前だろ。お前みたいな、暗がりに強くて鼻が利く奴が行かねえで、誰が行くってんだ」
その言葉に、ミアルヴィはふいと顔をそむけ、ふんと鼻を鳴らした。だが、その尻尾の先が、かすかに揺れているのをエイリンは見逃さなかった。
「――で、これが前金だ」
ブルノは腰の袋から、ずしりと重い革袋を六つ取り出し、机の上に並べる。
「一人100G。町の金庫から出る、正式な依頼だ。成果を上げりゃ、追加の報酬も弾むとよ」
エイリンは革袋を一つ手に取り、その重みを確かめた。金貨の感触が、これから始まる戦いの現実を突きつけてくる。
「……わかった。行こう。」
彼女が顔を上げると、そこには同じ決意を宿した、五つの瞳があった。
「コボルト……厄介だけど、相手にならないほどじゃないな」
目の紋章の謎が頭の片隅で燻る中、彼らは新たな冒険の依頼を、確かにその手に握りしめた。




