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六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第5章 灰色の街と悪夢の儀式
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第5章 その7

 広場で起きた突然の暴走事件と、幼い子供の失踪。

 この街は、もはや静かに死につつあるのではない。もっと悪質で、冒涜的な“何か”に、意図的に変質させられているのだ。


 だが、何よりも異様だったのは──そのあまりにも明白な異常が、この街では“異常として認識すらされていない”という事実だった。



「……まるで、この街の人たち全員が、“何も感じてはいけない”と、内側から命じられているみたい」

 フィアが、憎悪と憐憫の入り混じった声で呟いた。


「夢で操られているだけではないのです。彼らの言葉も、感情も……まるで、邪悪な濾過器にでもかけられているかのようです」

 ルードの顔にも、深い苦悩の色が浮かんでいた。


 一行は、街の隅々まで歩き回り、まだ正気を保っている人間がいないか、必死に探し続けた。だが──


「……さあ、そのような話は聞いたことがございませんな」

「今日もリスターラは平和ですよ。昨日と、全く同じようにね」

「あなた方は、よそ者でしょう……。あまり、波風を立てない方が、ご自身のためかと……」


 返ってくるのは、冷たい硝子のような仮面を被った、中身のない言葉ばかり。

 その瞳をいくら覗き込んでも、そこに意志の光が宿ることはなかった。



「誰か……! 誰か一人でいい、“自分の意思”で言葉を話している人間はいないのか……!」

 レンが、抑えきれない苛立ちを声に滲ませた。


 だが、そんな絶望的な状況の中で──


「……あんたたち、知っているのかあの目の事を」


 不意に声をかけてきたのは、路地裏の廃材が山と積まれた場所に、腰を下ろしていた一人の老人だった。

 着ているものはボロボロの作業服で、頭にはくたびれた帽子を被っている。だが、その深く刻まれた皺の奥から一行を見つめる瞳には、確かにまだ消え去ってはいない、理性の光が宿っていた。


 リアンが、吟遊詩人特有の、相手の心を解きほぐすような穏やかな声で問いかける。

「……爺さん、あんた、正気で話しているのかい?」


「それを確かめに、わざわざこんな裏路地まで来たんだろう?」

 老人は、にやりと悪戯っぽく笑ってみせた。


「わしは、もう先も長くないでな。……この街と一緒に、黙って逝ってやる気も、さらさらないのさ」



 老人は、静かに語り始めた。

 数年前までは、このリスターラもごく普通の、活気のある街だったこと。

 それが、ある年を境に、少しずつ“変わってしまった”こと。

 夜中に突然、教会の鐘が狂ったように鳴り響くようになったこと。

 子供たちが、決まって同じ悪夢を見るようになったこと。

 そして──教会の裏手にそびえる古塔の地下室から、夜な夜な、何か得体の知れない“気配”が這い出してくるようになったこと。


「最初は、ただ地下から妙な風が吹いてくるだけじゃった。だが今じゃ、夜中になると鳥が騒ぎ、犬が怯えて吠え続ける。……それ以来、あの塔には誰も近寄らなくなった」


「塔には……封印や、聖なる結界は施されていないのですか?」


「昔はあったらしい。だが、今はもう誰も確かめようとはせんよ。興味本位で近づいた若い衆が、“目が見えなくなった”と言って、気が触れてしもうたからのう……皆、怖くて黙っておるのさ」



「……礼を言うよ、爺さん。実に、貴重な話だった」

 リアンが深く頭を下げると、老人は少し照れ臭そうに笑った。


「気をつけるこった。あそこには、もう随分と永いこと、“良くないもの”が棲みついておる」



 こうして、一行は最後の希望である塔への唯一の手がかりを得た。

 彼らは一度宿へと戻って準備を整え、夕刻、再び動き出す。

 夕霧が街を濃く覆い始め、鐘楼の影がまるで巨大な怪物の腕のように長く伸びるころ、一行は教会の裏手に建つ古びた塔の前に、静かに集結した。

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