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六つの運命と深淵の眼  作者: toritoma
第5章 灰色の街と悪夢の儀式
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第5章 その4

 市場は、死んだように静かだった。


 決して活気がないわけではない。露店はきちんと開かれ、色とりどりの野菜や果物が並べられている。乾物屋もあれば薬草を売る店もあり、飴細工を子供たちに売る行商人の姿さえある。だというのに、そこには本来あるべき喧騒が、まるでごっそりと抜け落ちていた。

 どの店主も、品定めをする客も、まるで仮面を被ったかのように同じ笑みを浮かべ、ただ短く、事務的な言葉を交わすだけなのだ。


 「……まるで、下手な芝居の舞台にでも紛れ込んじまったみたいだな」

 リアンがリュートを抱え直し、大げさな仕草で肩をすくめた。隣を歩いていたフィアが、その言葉に小さく頷く。


 「……言葉に、“熱”がありません。この街の人々は、魔力の流れがひどく浅い……そんな気がします」


 「“魔力の流れ”ってのは、つまり……元気がないってことか?」

 「いいえ、そういうことじゃなくて。魔力は、生命そのものの証。普通の人であっても、その声に、その眼差しに、微かな輝きとなって宿るものなのよ。でも、この街の人たちは……まるで、眠っているかのよう」



 二人は、瑞々しい果物を並べた店の女主人に、何気ないふうを装って声をかけた。


 「こんにちは、おばさん。ちょっとこの街のことで、聞きたいことがあるんだけど」

 リアンが人懐っこい、人を安心させる笑みを浮かべる。女主人はにっこりと、まるで作り物の人形のように完璧な笑顔を返した。


 「あらこんにちは。今日は、本当にいいお天気ですねえ。昨日と、全く同じで」


 「いやいや、昨日は確か一日中、雨だったはずじゃ……」

 「今日は、本当にいいお天気ですねえ。昨日と、全く同じで」


 リアンは思わず言葉を失い、フィアの方を振り返った。

 フィアは真剣な眼差しで女主人を見つめ、やがてリアンの耳元で囁いた。


 「記憶が……反復してる。まるで、夢の中に囚われた人のように」


 その時、別の通りで甘い飴を舐めていた男の子が、ふと足を止めた。そして、まるで何かに操られたかのように地面にしゃがみこむと、小石を拾い、一心不乱に絵を描き始めた。

 描かれていたのは、不気味なほど大きな目をした人形だった。まん丸い顔に、にたりと笑う三日月型の口。そして、顔の半分を占めるほどに大きく描かれた両目だけが、異様なほど執拗に、塗りつぶされていた。


 「まただ……先日泊まった宿の壁にも、これと全く同じ絵が描かれていました」


 「坊や、その絵をどこで見たの?」

 フィアがそっと膝を折り、子供と視線を合わせて優しく問いかけた。


 男の子は口から飴を取り出すこともせず、虚ろな目で平然と答えた。

 「夢の中にいるんだ。このこ。赤い目のひとがね、僕のこと、ずーっと見てるんだよ」


 「……怖くはないの?」

 「ううん、全然。だって、あのこは僕の“おともだち”だから」


 その無邪気な言葉に、フィアの背筋をぞっとするような冷たいものが駆け上った。



 広場に戻ると、何人かの老人たちがベンチに腰掛け、ぼそぼそと話をしていた。同じ話を、何度も、何度も、壊れた機械のように。


 「……あんたも、見たかね。あの鐘が鳴る夢を」

 「おお、見たとも。夢じゃよ、あの鐘がな。真夜中に鳴り響いて、空が……ぱっくりと開いておった」

 「そうじゃ、あれは“目”の空じゃよ」


 「“目”の空?」

 リアンが首を傾げると、老人たちはにこりともせず、ただ同じ言葉を繰り返すだけだった。


 「夢じゃよ、あの鐘がな。真夜中に鳴り響いて……」


 それはもはや、会話ではなかった。



 大通りを歩きながら、フィアは不意に足を止めた。

 「……わたし、今、街全体の魔力を“聴いて”みたんだけど」


 「おい、そんなことして危なくないのか!?」

 リアンが慌てて声を上げるが、彼女は目を閉じたまま、静かに首を横に振った。


 「大丈夫。けど……やはり、普通じゃない。この街の魔力の流れは、どこにも届いていない」


 「届いていない……?」


 「本来、人や土地に流れる魔力は、世界と“循環”している。だけど、この街は……流れが完全に滞っている。まるで……強力な魔術で街ごと“眠らされている”か、あるいは、生命力そのものを吸い取られているかのよう」


 フィアがゆっくりと目を開いた。

 その青い瞳に宿っていたのは、普段の彼女からは想像もつかないほどの、静かな怒りの光だった。


 「この街の人々は、おそらく“生きている”のではない。“生かされている”の。夢の中に潜む、誰かによって……」


 リアンの表情から、いつもの軽薄さが消えた。

 「……だとしたら、連中を“起こす”にはどうすればいい? 何か、鍵になるようなものは……」


 「……街の中心じゃない。おそらくは……“地下”」


 フィアは、灰色の霧の向こうにぼんやりと浮かぶ、古びた塔の方角をじっと見つめていた。

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