第4章 その13
長かった。
森を抜け、丘を越え、川を渡り、山の麓を巻いて進む。時に野営し、時に山間の小さな宿で身体を休めながら、一行はひたすらに歩き続けた。
十日弱の行程。激しい雨に打たれ、獰猛な獣の群れを退け、血豆の潰れた足の痛みに耐え――
そしてその日。夜明けの冷たい霧が、昇り始めた太陽の光に溶けていく、その瞬間だった。
「――見えたぞ!」
先頭を歩いていたレンの、喜びとも驚きともつかぬ声が、乾いた風に乗って響いた。
その指差す先、遥か彼方。山間の高台に築かれた街が、朝霧の海に浮かぶ島のように、その姿を現していた。
「……あれが、リスターラ」
フィアが、ほう、と感嘆の息を漏らす。街の中心にそびえる高塔の鐘楼が、朝の光を受けて鈍くきらめいていた。
「ようやく……本当に、たどり着いたのね」
エイリンは荷物の肩紐を握り直し、仲間たちの顔を順に見渡す。誰もが旅の疲れを色濃く滲ませてはいるが、その目には、厳しい道のりを共に歩んできた者だけが持つ、確かな自信と信頼の色が浮かんでいた。
「さて、と。詩人としては、そろそろ新たな英雄譚の序章を考えねばならんな」
リアンがリュートを軽くつま弾き、芝居がかった口調で歌う。
「♪長き旅路を越えし者、彼の地に立つ時、破滅を呼ぶ風が吹く……なんてのはどうだい?」
「縁起でもないこと言わないで」ミアルヴィが眉をひそめる。だが、彼女もまた、空を見上げていた。「……でも、確かに変ね。空の色が……澱んでる?」
言われてみれば、上空には薄気味悪い灰色の雲が低く垂れ込め、太陽の光を鈍く遮っている。それは朝霧の残滓などでは断じてない、まるで街そのものが発しているかのような、重苦しい“気配”だった。
「……風が、止んでいる。鳥の鳴き声も……ほとんど聞こえませんね」
ルードが、静かに、しかし警戒を込めて言った。
フィアの澄んだ瞳が、街の上空をじっと見つめている。
「何かが、起きている。あるいは、これから起ころうとしているのかもしれない」
それは、誰もが肌で感じていたことだった。
この街には、平穏などない。新たな戦いが、彼らを待っている。
「……行こう」
レンが、仲間たちを振り返って言った。
「どうやら、ゆっくり宿を探している暇はなさそうだな」
そして、六人は再び歩き出す。灰色の空に覆われた都市、リスターラへ向かって――。




