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青崎湾 狂気に堕ちた画家


 (わたし)(なが)(なつ)(あつ)さの(なか)執筆(しっぴつ)(つづ)けていた。文机(ふみづくえ)(よこ)には(あたら)しく()ったデジタル一眼(いちがん)レフカメラがある。元々(もともと)祖父(そふ)のフィルムの一眼(いちがん)レフカメラを使(つか)っていたのだが、志保(しほ)編集部(へんしゅうぶ)(ひと)がデジタルが()いと()してきた(ため)()ったのだ。デジタル機器(きき)には()れないが、()った写真(しゃしん)をすぐに()れる(こと)と、編集時(へんしゅうじ)にパソコンに()()められるのが便利(べんり)だとは(おも)う。


 

 そんな(こと)(かんが)えていた(とき)だった。玄関(げんかん)のチャイムが()った。(とびら)()けると、そこには担当編集(たんとうへんしゅう)鬼門(おにかど)さんが()っている。

 鬼門将(おにかどまさし)さんは(わたし)よりも年上(としうえ)で、少々(しょうしょう)()わりものだが編集部(へんしゅうぶ)(なか)では敏腕(びんわん)編集者(へんしゅうしゃ)だそうだ。(わたし)()()れしく(はな)しても、それを(いと)わない。狂気(きょうき)(おちい)っていた(ころ)(かん)じなかったが、(いま)では担当(たんとう)鬼門(おにかど)さんで本当(ほんとう)()かったと(かん)じる。

先生(せんせい)()()したなら(はや)めに(おし)えてくださいよ!」

「すまないね、鬼門(おにかど)さん」

鬼門(おにかど)さんは、(わたし)(よこ)にある座布団(ざぶとん)(すわ)って、(かばん)(ひら)いた。

「まさか青波台(あおなみだい)にお()まいになっていたとは(おどろ)きました。まぁ、志手山(しでやま)不便(ふべん)でしたし、()かったと()えばいいのでしょうか…。」

鬼門(おにかど)さんは、(わたし)から原稿(げんこう)()()った。そしてそれを(かばん)()れようとした(とき)(つくえ)にあった写真(しゃしん)()()いた。

「ところで闇先生(やみせんせい)写真(しゃしん)子供(こども)はどなたなんですか?」

「ああ、(わたし)息子(むすこ)優太(ゆうた)だよ。どうやら(わたし)はその存在(そんざい)一年以上(いちねんいじょう)()らなかったようだ。(いま)可愛(かわ)いがってるよ。」

一年間(いちねんかん)自分(じぶん)子供(こども)()らなかったなんて、(なに)やってるんですか…」

色々(いろいろ)(ふか)事情(じじょう)があってな…」

鬼門(おにかど)さんは、(しん)じられないというような()(わたし)()ると、(べつ)(かばん)から手紙(てがみ)(たば)()()した。

今日(きょう)先生(せんせい)()けたお手紙(てがみ)(とど)いてますよ。その(なか)闇先生(やみせんせい)にどうしても()いたいという(かた)()るんです。」

鬼門(おにかど)さんはそう()ってその(たば)から封筒(ふうとう)(ひと)()()した。

「えっと、静岡圭(しずおかけい)さん、青崎町(あおさきまち)活動(かつどう)している画家(がか)ですね。」

青崎町(あおさきまち)って、青崎湾(あおさきわん)にある(まち)かね?」

「ご(ぞん)じなんですか?」

「ああ、ある民話(みんわ)有名(ゆうめい)でいつか()きたいと(おも)っていたところなんだ。」

「それを調(しら)べる(ため)にも、静岡(しずおか)さんに()(ため)にも青崎湾(あおさきわん)()きましょう。」

そうと()まると鬼門(おにかど)さんは(いえ)から()てしまった。(わたし)はその手紙(てがみ)()んだ。そこには、(わたし)小説(しょうせつ)()んだ(こと)(わたし)()ければ一緒(いっしょ)仕事(しごと)がしたいという趣旨(しゅし)(はなし)()いてあった。



 その(しゅう)中頃(なかごろ)(わたし)鬼門(おにかど)さんと一緒(いっしょ)電車(でんしゃ)()って青崎湾(あおさきわん)()かった。鬼門(おにかど)さんと二人(ふたり)でこうして出掛(でか)けるのは(はじ)めてだった。

「すまないね、鬼門(おにかど)さん、一緒(いっしょ)出掛(でか)ける(こと)になってしまって。」

「いえ、闇先生(やみせんせい)とこうして(たび)するのを(たの)しみにしてましたよ。」

(わたし)手帳(てちょう)万年筆(まんねんひつ)、それからカメラを()って()ていた。それにしても、(わたし)()いたいと()静岡(しずおか)さんはどんな(ひと)なんだろうか。調(しら)べてはみたのだが、(くわ)しくは()いてなかった。

「ところで先生(せんせい)青崎湾(あおさきわん)民話(みんわ)って(なん)ですか?」

「『海神(わたつみ)(もり)』という(はなし)だよ。この(うみ)はかつて(あやかし)支配(しはい)されていたんだ。」

海神(わたつみ)(もり)』というのは、神無村(かみなしむら)()ばれていた(ころ)青崎町(あおさきまち)(はなし)だ。魚姫(うおひめ)という(あやかし)がこの(うみ)(むら)支配(しはい)していた。人々(ひとびと)はある一族(いちぞく)生贄(いけにえ)にして、(うみ)平和(へいわ)(たも)っていた。

 (むら)()ざされ、人々(ひとびと)(そと)様子(ようす)()らなかった。また、(そと)(もの)有無(うむ)()わさず処刑(しょけい)され、生贄(いけにえ)にされていた。

 そんな(むら)旅人(たびびと)(ひめ)(さむらい)(あらわ)れ、(さむらい)魚姫(うおひめ)退治(たいじ)した。そして、旅人(たひびと)(ひめ)(まち)(つく)り、(いま)青崎町(あおさきまち)になったそうだ。



 (わたし)は、それを(つた)えると、鬼門(おにかど)さんは携帯電話(けいたいでんわ)画面(がめん)()ながら(うなず)いた。

(あやかし)(はなし)全国各地(ぜんこくかくち)にありますね。」

「ああ、だから怪奇小説家(かいきしょうせつか)として死出山(しでやま)以外(いがい)にも全国各地(ぜんこくかくち)物語(ものがたり)(しる)(つた)えたいんだ。」

先生(せんせい)、もうすぐ(えき)()きますよ。」

電車(でんしゃ)は、ようやく青崎駅(あおさきえき)辿(たど)()いた。私達(わたしたち)はそこに()りて、手紙(てがみ)地図(ちず)にあった静岡(しずおか)さんのアトリエへ()かう。



 そのアトリエは(がげ)(うえ)にあった。(はなし)によるとレストランを改築(かいちく)した建物(たてもの)だそうだ。(なか)(はい)ると、レストランだった(ころ)(つく)りがそのまま(のこ)っている。

 すると(なか)から男性(だんせい)(あらわ)れた。私達(わたしたち)よりも年上(としうえ)()えたその男性(だんせい)は、(わたし)()深々(ふかぶか)とお辞儀(じぎ)をした。

「こんにちは、あなたが闇深太郎(やみしんたろう)先生(せんせい)ですね。」

男性(だんせい)(かお)()げてこう()った。

(はじ)めまして、(ぼく)画家(がか)静岡圭(しずおかけい)(もう)します。」

すると(わたし)(まえ)鬼門(おにかど)さんが()ち、名刺(めいし)()()した。

「こちらこそ(はじ)めまして、闇深太郎(やみしんたろう)担当編集(たんとうへんしゅう)鬼門将(おにかどまさし)(もう)します!」

「ありがとうございます、頂戴致(ちょうだいいた)します。」

静岡(しずおか)さんは名刺(めいし)()()り、(わたし)()た。

「お()出来(でき)光栄(こうえい)です。長旅(ながたび)でお(つか)れでしょう、ゆっくりしてください。」

私達(わたしたち)(かばん)()いてアトリエを()(まわ)った。

「レストランをそのまま使(つか)ってるんですね」

「ええ、()()いを(かい)して(ゆず)()けたんです。」

アトリエには、静岡(しずおか)さんの()(いた)(ところ)(かざ)られていた。青崎湾(あおさきわん)風景画(ふうけいが)や、抽象画(ちゅうしょうが)(おお)かった。画廊(がろう)()ねているのか、値札(ねふだ)()られているものもある。

 (なか)でも素晴(すば)らしいと(おも)ったのは、風景画(ふうけいが)()じってあった人物画(じんぶつが)だった。それには少年(しょうねん)(えが)かれている。だが、()(もの)ではないのか値札(ねふだ)()られていない。

「あの()一体(いったい)…」

息子(むすこ)智樹(ともき)です。“あの(とき)”から智樹(ともき)成長(せいちょう)()(のこ)そうと(こころ)()めているんです。」

「“あの(とき)”って…?」

闇先生(やみせんせい)の『風見(かざみ)少年(しょうねん)』に()てきた青年(せいねん)のように、(ぼく)大切(たいせつ)存在(そんざい)(うしな)って狂気(きょうき)(おちい)っていました。その(とき)(まわ)りが()えてなくて、息子(むすこ)(こと)(わす)れていました。だから、この(はなし)()いた闇先生(やみせんせい)なら、(ぼく)無念(むねん)後悔(こうかい)理解(りかい)してくれるんじゃないかって(おも)いまして…。」

(おどろ)いた。まさか(わたし)(おな)じように狂気(きょうき)(おちい)った(もの)()たとは。(にわか)には(しん)(がた)いが、(わたし)静岡(しずおか)さんの気持(きも)ちが()()るように(つた)わる。

静岡(しずおか)さんの気持(きも)ち、()かりますよ。あの狂気(きょうき)(おちい)っていた青年(せいねん)(わたし)(こと)ですから。」

(わたし)言葉(ことば)()いて、静岡(しずおか)さんは安心(あんしん)していた。

「そんな闇先生(やみせんせい)にお(ねが)いがあります。(ぼく)一緒(いっしょ)に『海神(わたつみ)(もり)』の(ほん)()いて(いただ)けませんか?」

静岡(しずおか)さんと一緒(いっしょ)に、ですか…?」

(ぼく)はずっとその物語(ものがたり)をテーマに()()いています。それが九条家(くじょうけ)九条(くじょう)ホテルの経営者(けいえいしゃ)()()まって、是非(ぜひ)それをまとめて絵本(えほん)にしたいとおっしゃっていました。ですが、(ぼく)には文才(ぶんさい)がありません。そこで、闇先生(やみせんせい)絵本(えほん)文章(ぶんしょう)をお(ねが)いしたいのです。資金(しきん)(かん)しては九条家(くじょうけ)工面(くめん)してくださるので、ご心配(しんぱい)なさらず。」

(わたし)は、絵本(えほん)(つく)るのは(はじ)めてだった。どういうものを()けば()いのか()からない。だが、()って()もないが、静岡(しずおか)さんとは充実(じゅうじつ)した仕事(しごと)出来(でき)るような()がする。

 (わたし)(よろこ)んでと(こた)えようとした(とき)(となり)鬼門(おにかど)さんは(あたま)(かか)えていた。

九条家(くじょうけ)(かか)わっていらっしゃるとは、編集長(へんしゅうちょう)上部(じょうぶ)相談(そうだん)しないと…」

丁度今(ちょうどいま)美術館(びじゅつかん)にご夫妻(ふさい)がいらしています。お()いしますか?」

「ええ、お()()かりたいです。」

(わたし)がそう(こた)えると、鬼門(おにかど)さんは大層(たいそう)(あわ)てていた。

九条家(くじょうけ)って、そんなに(すご)いのかね?」

(なに)をおっしゃるのですか!九条家(くじょうけ)はリゾートホテルや美術館(びじゅつかん)経営(けいえい)している社長一族(しゃちょういちぞく)ですよ!」

「そうだったのか、(たし)か『海神(わたつみ)(もり)』にもその()()ていたな。」

鬼門(おにかど)さんは(あわ)てて()だしなみを(ととの)えていた。そして、(かばん)()って()ようとする。


 その(とき)、アトリエの(とびら)(ひら)いて(なか)から小学生(しょうがくせい)らしき少年(しょうねん)(はい)ってきた。

「お(とう)さん、またアトリエ()りていい?」

「ああ、(かま)わないよ。」

この少年(しょうねん)は、静岡(しずおか)さんの息子(むすこ)智樹君(ともきくん)だろうか。(かれ)画材(がざい)()()んでいた。

(ぼく)(たす)けてくれたのは智樹(ともき)でした。あの()()なければどうなっていたか…」

静岡(しずおか)さんは(かばん)()って(とびら)()ける。

「それでは、美術館(びじゅつかん)()きましょうか。智樹(ともき)(とう)さんはお(きゃく)さんと美術館(びじゅつかん)()くから、しばらくお留守番(るすばん)(たの)むよ。」

「うん、いってらっしゃい。」

私達(わたしたち)は、静岡(しずおか)さんと一緒(いっしょ)青崎町(あおさきまち)にある美術館(びじゅつかん)()かった。



 青崎町(あおさきまち)は、絶景(ぜっけい)()(ため)(むかし)から芸術家(げいじゅつか)(あつ)まっていた。大正時代(たいしょうじだい)にはある有名(ゆうめい)画家(がか)がこの(まち)()まれ(そだ)ったそうだ。この(まち)開発(かいはつ)していた九条家(くじょうけ)は、そんな芸術家達(げいじゅつかたち)(ため)美術館(びじゅつかん)建築(けんちく)し、作品(さくひん)展示(てんじ)した。静岡(しずおか)さんの作品(さくひん)一部(いちぶ)もそこにあるそうだ。

「ひとつが『キョウソウ』、もうひとつが『目覚(めざ)めた(ゆめ)』、両方(りょうほう)(ぼく)(えが)いた抽象画(ちゅうしょうが)作品(さくひん)ですよ。」

『キョウソウ』は漢字(かんじ)()くとするなら“狂想(きょうそう)”だろうか。狂気(きょうき)(おちい)った(こころ)()にしたのならばこうなるのだろうか。()赤黒(あかぐろ)くて禍々(まがまが)しい。

 もう(ひと)つの『目覚(めざ)めた(ゆめ)』というのは狂気(きょうき)から()めたばかりの心境(しんきょう)のようだ。きらめく(ひかり)()ちながらもどこか(かげ)()としている。

「あの青年(せいねん)()っていた『(ほん)』のようなものでしょうか。(ほか)(すべ)てを()()ってでも完成(かんせい)させたかったもの。(ぼく)はそれを完成(かんせい)させてしまいました。智樹(ともき)によればその(とき)(ぼく)廃人(はいじん)のようになっていたそうです。」

静岡(しずおか)さんは自分(じぶん)作品(さくひん)()ながら(わたし)にそう(かた)った。

「あの(とき)後悔(こうかい)しました。(いま)まで()いた作品(さくひん)(やぶ)()てて()(みち)()とうかと(なや)みました。それでも(ぼく)()()くのを()められませんでした。まだまだ ()きたいものはある。智樹(ともき)由紀(ゆき)、それから(かか)わりがある人達(ひとたち)()()(ぼく)(みと)めてくださっている。それならその(おも)いに(こた)えるべく()()(つづ)けたい。闇先生(やみせんせい)もきっと、(おな)(こと)(おも)っていたのではないでしょうか…。」

「ああ、そうだね…。」

静岡(しずおか)さんは(わたし)(おな)じように、(ひと)との(つな)がりを意識(いしき)したのだろうか。(わたし)もそうだ。(わたし)場合(ばあい)人々(ひとびと)物語(ものがたり)(しる)(つた)える(こと)しか出来(でき)ないが、それで世界(せかい)(つな)がれるのならば、自分(じぶん)出来(でき)(こと)をやり(つづ)けたい。



 すると、私達(わたしたち)(まえ)三人(さんにん)(あらわ)れた。どの(かた)背筋(せすじ)()びていて、派手(はで)ではないが気品(きひん)ある(たたず)まいだ。

「こんにちは、よくぞお()しくださいましたね。」

その三人(さんにん)というのは、館長(かんちょう)さんと、九条夫妻(くじょうふさい)らしき(わか)夫婦(ふうふ)だった。

(はじ)めまして。文芸館(ぶんげいかん)編集者(へんしゅうしゃ)闇深太郎(やみしんたろう)担当者(たんとうしゃ)鬼門将(おにかどまさし)(もう)します。」

鬼門(おにかど)さんは(わたし)名乗(なの)(まえ)名乗(なの)り、三人(さんにん)名刺(めいし)(わた)してしまった。そして(わたし)(ほう)()かずに(はなし)()んでいる。



 鬼門(おにかど)さんが()()いた(とき)(わたし)はようやく三人(さんにん)(はな)(こと)出来(でき)た。美術館長(びじゅつかんちょう)飯塚直也(いいづかなおや)九条夫妻(くじょうふさい)はそれぞれ九条紀夫(くじょうのりお)(おく)さんは蘭子(らんこ)名乗(なの)った。夫妻(ふさい)九条(くじょう)ホテルの経営(けいえい)先代(せんだい)から(まか)されているそうで、三十代(さんじゅうだい)という若社長(わかしゃちょう)でありながらやり()だと(うわさ)されていた。

静岡先生(しずおかせんせい)さんから(はなし)(うかが)っております。私達(わたくしたち)からも、『海神(わたつみ)(もり)』の書籍化(しょせきか)をお(ねが)いいたします。」

紀夫(のりお)さんは大企業(だいきぎょう)社長(しゃちょう)とは(おも)えない(ほど)(わたし)()かって深々(ふかぶか)とお辞儀(じぎ)をした。

「『海神(わたつみ)(もり)』は私達(わたくしたち)九条家(くじょうけ)にとって大切(たいせつ)物語(ものがたり)です。(わたくし)はそれをパンフレットにして海神神社(わたつみじんじゃ)歴史(れきし)(とも)(つた)えていましたが、それだけではいけないと(おも)いました。そこで、青崎町(あおさきまち)活動(かつどう)されている画家(がか)静岡圭先生(しずおかけいせんせい)(とも)絵本(えほん)作成(さくせい)して出版(しゅっぱん)しようと計画(けいかく)したのです。」

紀夫(のりお)さんは(わたし)()()て、こう()った。

静岡先生(しずおかせんせい)闇深太郎(やみしんたろう)先生(せんせい)をご要望(ようぼう)でしたら、(わたくし)からもお(ねが)いします。金持(かねも)ちの道楽(どうらく)だと()えばそれまでなのでしょうが、それでも(わたくし)はこの物語(ものがたり)後世(こうせい)(つた)えたいのです。」

九条夫妻(くじょうふさい)がそう(あたま)()げるのを()て、鬼門(おにかど)さんは(はなし)をしづらそうだった。そこで、(わたし)(いま)(おも)った(こと)をそのまま夫妻(ふさい)(つた)えた。

()かりました。ご期待(きたい)(こた)えられるかどうかは()かりませんが、『海神(わたつみ)(もり)』の物語(ものがたり)興味(きょうみ)があります。絵本(えほん)本文(ほんぶん)()くのは(はじ)めてですが、(かなら)ずやり()げて()せます。」

闇先生(やみせんせい)、ありがとうございます!」

九条夫妻(くじょうふさい)静岡(しずおか)さんは、(わたし)が『海神(わたつみ)(もり)』の本文(ほんぶん)()くのを()るととても(よろこ)んでいた。



 その(あと)私達(わたしたち)館長(かんちょう)(わか)れて九条夫妻(くじょうふさい)美術館(びじゅつかん)()た。そして、海神神社(わたつみじんじゃ)()かう。そここそが『海神(わたつみ)(もり)』に登場(とうじょう)する魚姫(うおひめ)(まつ)られている神社(じんじゃ)だったのだ。(わたし)はそこの写真(しゃしん)()って、お(まい)りした。

 物語(ものがたり)()っていたが、それに登場(とうじょう)したものが実際(じっさい)にある。その事実(じじつ)だけで()()がってくる(なに)かがある。(わたし)物語(ものがたり)だけでなく、今目(いまめ)にしている景色(けしき)(みみ)にしている波音(なみおと)()きたいと(おも)ったのだ。



 そして、海辺(うみべ)洞穴(どうけつ)九条家(くじょうけ)墓地(ぼち)()って(あと)九条夫妻(くじょうふさい)(わか)れて、アトリエに(もど)ってきた。アトリエでは、智樹君(ともきくん)(いま)()()いている。


 静岡(しずおか)さんは、私達(わたしたち)をレストランの一等席(いっとうせき)だった(ところ)(すわ)らせた。(わたし)は、先程(さきほど)まで()になっていた(こと)()(こと)にした。

「ありがとうございます。ところで、静岡(しずおか)さんは本名(ほんみょう)活動(かつどう)されているのですか?」

「ええ、そうですよ。時々(ときどき)『Kei』というローマ字表記(じひょうき)活動(かつどう)する(とき)もありますがね。闇先生(やみせんせい)のご本名(ほんみょう)(なん)でしょうか?」

渡辺茂(わたなべしげる)ですよ。(もっと)も、その()世間(せけん)には()られていないですがね。」

「“()(たい)(あらわ)す”という言葉通(ことばどお)り、その名前(なまえ)(ほう)先生(せんせい)らしい()がします。」

(わたし)から()いたとはいえ、(なに)意図(いと)して(わたし)名前(なまえ)()いたのかは()からないが、名前(なまえ)()められたのは(うれ)しかった。



 すると、アトリエで()()いていたはずの智樹君(ともきくん)がこちらへやって()た。()には(わたし)()いた(ほん)()っている。

「お(とう)さん、闇先生(やみせんせい)()てるって本当(ほんとう)なの?」

「ああ、そうだよ。この(ほん)にサインしようか?」

「やった!ありがとうございます!」

()かったね、智樹(ともき)

智樹君(ともきくん)(よろこ)(かお)()ながら私達(わたしたち)()()がった。

本日(ほんじつ)はありがとうございました。()かったらこちら(もら)ってくださいませんか?」

そう()って静岡(しずおか)さんが(わた)した紙袋(かみぶくろ)(なか)には額縁(がくぶち)(はい)った風景画(ふうけいが)があった。

「ありがとうございます。ですがタダで(もら)って大丈夫(だいじょうぶ)ですか?()()りましょうか?」

「いえ、あなたに(もら)って()しいのです。この()(ぼく)最初(さいしょ)()いた『海神(わたつみ)(もり)』で、絵本(えほん)には()せないつもりなのですが、先生(せんせい)執筆(しっぴつ)参考(さんこう)になればと(おも)います。」

(わたし)はその紙袋(かみぶくろ)()()り、お辞儀(じぎ)をした。

「それでは(なに)かありましたら(わたし)編集室(へんしゅうしつ)までお(ねが)いします。」

鬼門(おにかど)さんは静岡(しずおか)さんと連絡先(れんらくさき)交換(こうかん)していた。

本日(ほんじつ)はありがとうごさいました。またいつでもお()ちしております。」

私達(わたしたち)静岡(しずおか)さんに(わか)れを()げて、アトリエを()いった。



 そして、青波台(あおなみだい)(もど)(まえ)に、駅前(えきまえ)(ちい)さな喫茶店(きっさてん)()()った。鬼門(おにかど)さんはそこでパソコンと携帯電話(けいたいでんわ)()()して、(なに)やら(いそが)しくしている。それを()かねて(わたし)は、鬼門(おにかど)さんの(ぶん)昼食(ちゅうしょく)注文(ちゅうもん)した。

 ()(まえ)にアイスコーヒーが()かれると、鬼門(おにかど)さんはようやく画面(がめん)から()(はな)した。

「このアイスコーヒー、ダッチコーヒーですね」

「ダッチコーヒー?」

水出(みずだ)しコーヒーの(こと)ですよ。カウンターにガラスの抽出器(ちゅうしゅつき)がありました。」

鬼門(おにかど)さんが指差(ゆびさ)した(ほう)()ると、(たし)かに抽出器(ちゅうしゅつき)らしきものが()かれている。それはガラス(せい)で、実験器具(じっけんきぐ)のような風貌(ふうぼう)だった。

「コーヒーに(くわ)しいのかね?」

学生時代(がくせいじだい)喫茶店(きっさてん)でアルバイトをしていました。そこでマスターに(おし)えられていたんです。喫茶浜風(きっさはまかぜ)という(みせ)で、(いま)はマスターの息子夫婦(むすこふうふ)経営(けいえい)していますね。」

鬼門(おにかど)さんは、()(まえ)()かれたサンドウィッチを頬張(ほおば)りながら、携帯電話(けいたいでんわ)操作(そうさ)している。(わたし)は、アイスカフェオレを()みながらそれを()ていた。そして、鬼門(おにかど)さんが()せた画面(がめん)には、浜崎町(はまさきちょう)にある喫茶浜風(きっさはまかぜ)写真(しゃしん)がかる。(たし)か、雑誌(ざっし)紹介(しょうかい)されていて、志保(しほ)()きたがっていた。

(いま)はそこで仕事(しごと)をする(とき)があります。マスターは(こし)(わる)くしてしまっているのですが、(ぼく)()(たび)自分(じぶん)子供(こども)()うように(よろこ)んでくださっています。」

(わたし)鬼門(おにかど)さんの(はなし)()きながら、サンドウィッチを()べていた。鬼門(おにかど)さんは(ひとみ)(かがや)かせながら喫茶浜風(きっさはまかぜ)(はなし)をしている。そんなに()(みせ)ならば今度(こんど)志保(しほ)一緒(いっしょ)()こうかと(おも)った。



 そして、サンドウィッチを()()わった私達(わたしたち)(せき)()ってレジへ()かおうとした。

「ご馳走様(ちそうさま)です。(ぼく)(ぶん)までご用意(ようい)してくださって、すみませんね。お(かね)(ぼく)(はら)いますね。」

「いえ、こちらこそ勝手(かって)注文(ちゅうもん)して(わる)かったね。(わたし)(はら)うよ。」

先生(せんせい)(おご)りなんて(わる)いですよ!」

先程(さきほど)()べたサンドウィッチの(あじ)よりもお(かね)(こと)()にしている鬼門(おにかど)さんを()ながら、(わたし)二人分(ふたりぶん)料金(りょうきん)(はら)った。



 その()私達(わたしたち)電車(でんしゃ)()って青波台(あおなみだい)(もど)っていった。

「これから、(いそが)しくなりそうですね。」

「ああ、でも(たの)しくなりそうだよ。」

万年筆(まんねんひつ)今日(きょう)あった出来事(できごと)をメモしている(わたし)()ながら鬼門(おにかど)さんは(つぶや)く。

(ぼく)は、時々(ときどき)闇先生(やみせんせい)(うらや)ましく(おも)(こと)があります。(ぼく)よりも年下(としした)なのに()()いていて、人生(じんせい)達観(たっかん)している。(ぼく)はいつも()(まえ)(こと)必死(ひっし)で、先生(せんせい)のようには出来(でき)ません。」

鬼門(おにかど)さんは、(わたし)のようになりたいと()うのだ。残念(ざんねん)ながら(わたし)は、(ひと)(うらや)むような(かがや)かしい日々(ひび)(おく)って()(わけ)ではない。(いま)でこそ(わたし)作家(さっか)として活動(かつどう)している(わけ)だが、かつての(わたし)(いく)つもの死線(しせん)(くぐ)り、(しかばね)()えた。自分(じぶん)大切(たいせつ)なものを見失(みうしな)った(とき)もあった。

 そうして(わたし)(いま)境地(きょうち)(いた)ったが、それを(ほか)(ひと)(すす)めはしない。

鬼門(おにかど)さんは鬼門(おにかど)さんのままでいいんだよ。それに、(わたし)鬼門(おにかど)さんが(うらや)ましいと(おも)うがね。」

「どうしてですか?」

(わたし)はそうまともな人生(じんせい)(おく)ってはないからね。」

「そうですか…」

鬼門(おにかど)さんは(わたし)()をじっと()つめていた。

闇先生(やみせんせい)()綺麗(きれい)ですね。前髪(まえがみ)(なが)かった(ころ)()がつきませんでしたが、闇先生(やみせんせい)少年(しょうねん)(こころ)(いま)()っているようです。」

「そうかな?」

(わたし)には自覚(じかく)はなかったが、鬼門(おにかど)さんには、(わたし)(いま)少年(しょうねん)(こころ)宿(やど)しているというのだ。



 私は手帳(てちょう)()じて、紙袋(かみぶくろ)()鬼門(おにかど)さんに()た。

「この()真海君(まみくん)にも()せようかな。(よろこ)びそうだ。」

真海君(まみくん)って?」

(わたし)()()いの女子高生(じょしこうせい)だよ。()勉強(べんきょう)をしているんだ。」

(わたし)背筋(せすじ)()ばして鬼門(おにかど)さんを()た。

「この仕事(しごと)本名(ほんみょう)でやろうかな。」

「そうなのですか?ですが、闇深太郎(やみしんたろう)(ほう)()()れてると(おも)うのですが。」

「この(はなし)闇深太郎(やみしんたろう)としてではなく、怪奇小説家(かいきしょうせつか)渡辺茂(わたなべしげる)としてやりたいと(おも)ったんだ。」

(わたし)は、車窓(しゃそう)(なが)めていた。(かえ)ってからはまた執筆(しっぴつ)日々(ひび)だ。これからどうしようか。青波台(あおなみだい)()くまでの(あいだ)(わたし)小説(しょうせつ)本文(ほんぶん)(こと)ばかり(かんが)えていた。




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