志手山 祖父のカメラと心霊写真
…志手山町、本来は『死出山』と書くこの町は私の故郷だ。そこで私は生まれ育った。
この土地は異質な存在だ。何故ならこの町はこの世とあの世の境にある『死出の山』の麓にあるからだ。その為、昔から死者が絶えなかった。町そのものもだんだん維持が難しくなり、近い将来地図から消えるのではないかと噂されていた。
私はこの『死出山』を題材にした小説を書き続けている。辺境にあるこの町の事を知ろうとする者は少なからず存在しているようで、私の小説も続いている。
ある日の事だ。私は『Pixel Photo』という写真雑誌の編集部に呼ばれて訪ねに行った。すると、鬼門さんの奥さんの美彩さんが現れた。彼女は、以前私が撮った写真集を編集する際にお世話になった。そんな美彩さんは、私の写真集を手に持っていた。
「闇先生が書かれた『虚像』、売れてるみたいですね!」
『虚像』というのは、写真やカメラに関する物語をまとめた短編集だ。美彩さんによると、『月刊怪奇』が出した本の中でも良い方だという。
「ああ、ありがとうございます…。」
「写真集の方も好評みたいですよ。」
「そうなんですか…。」
美彩さんも旦那さん、将さんと同じように私を褒めちぎっている。それは嬉しい反面少々気まずかった。
美彩さんが私を呼んだのは、私を褒める為ではなく、ある本を見せる為だった。
「今回、『Pixel Photo』と 『月刊怪奇』の編集部で合同編集した本があります。それは、『実録心霊写真集』です。『月刊怪奇』が長年集めていた心霊写真を一冊にまとめました。それで、完成したのがこちらです!」
美彩さんが取り出した本は真っ黒な本で、表紙には銀の箔押しがされていた。
「凄いですね、また豪華な本を出すのですか?」
「マイナーではありますが人気の雑誌ですから、予算が潤沢なのでしょう。こちらとしては羨ましい限りですよ…。」
「拝見してもよろしいですか?」
「どうぞ!」
私はその本を開き、何枚かページを捲った。そこには、アルバムのように心霊写真が何枚も載せてある。しかも、曰く付きの本物ばかりだった。その証拠としてこの写真が写された場所では事故や事件が起きたという説明が横に書かれている。
「こんなに心霊写真を載せて大丈夫なんですか…?」
「大丈夫ですよ、写真そのものはお寺に奉納した後に燃やしてますから。」
「そういう問題じゃないと思うのだが…」
「受注生産品なので、あまり世に出回らないですが、既に予約は入っているそうです。」
「そ、そうなんだな…。余程の物好きしか買わないと思っていたが…。」
『月刊怪奇』の編集部はこのような色ものの本ばかり作ると出版社の中では有名だそうだ。以前も『全国怪奇備忘録』という本を出していたが、今回はそれ以上の気合いを感じた。
しばらく『実録心霊写真集』のページを捲っていると、あるページで手が止まった。なんと、志手山町にある川と透明な少女が写った写真があったのだ。しかも、撮影者は渡辺茂吉と書かれてある。
「あれ、この写真は…、」
「お知り合いですか?」
「渡辺茂吉は、私の祖父です。」
「そうなんですか?」
私が頷くと、美彩さんは驚いていた。
「こちらの写真は『月刊怪奇』の編集長が若かった時に送られたそうです。闇先生が渡辺茂吉さんのご親族なのでしたら…、こちらの写真の調査をお願いしてもよろしいですか、この写真だけ、詳しい情報が無い状況なんです。」
私はその仕事を受ける事にした。正気に戻ってから久々の里帰りだ。私はその写真の写しを美彩さんから貰い、編集室を後にした。
家に戻ってから私は、祖父のカメラとフィルムを手にした。祖父が若い頃に大金を叩いて買ったものだ。今も動いてくれている。ひよっとして、あの写真もこのカメラで撮ったのだろうか。
一度だけお墓参りに行った時以降、私はあの『死出山』に行ってない。実を言うと、取材で行く話があったのだが、それを断っていたのだ。
もし、あの狂気が蘇れば、志保と優太を忘れてしまうだろう。それが怖かった。だが、青波台での生活や、他の町に旅する事で、少しずつその気持ちは薄れてきた。
そうだとしても、私は不安だった。そんな時、私は目を閉じて大切な人の顔を思い浮かべる。
「大丈夫だ。今の私は一人じゃない。」
そう呟いた後で目を開けた。目の前には志保と優太が立っている。
「茂、本当に行くの?」
「ああ、行って来るよ。」
今の私なら、『死出山』から生きて戻って来られる。いや、戻らなくてはならない。私を待つ存在が居るというのは時に力になる。私はカメラを鞄に入れ、準備を進めた。
そして、一人で志手山行きの電車に乗った。青波台から辺境の志手山まで乗ったのは私一人だった。
駅では風見瞬君が出迎えてくれた。夏に一度会っていたが、その時よりも心身共に成長しているようだった。瞬君は私の姿を見るとすぐさま近寄って来た。
「久々だね、瞬君。」
「こちらこそです、茂さん。」
早速私は瞬君に祖父の写真を見せた。瞬君はこの写真が撮られた場所が分かったらしく、その場所へと向かった。
私は、瞬君と歩いて川に向かった。瞬君は私が持っているカメラを見ている。
「そのカメラ、まだ持ってたのですね。」
「ああ、祖父の大切な思い出だからね。思えば息子が早死にしたから、元気がなくなったのかもな…。」
「そういえば、茂さんに生きてるご家族って居るんですか?志保さんや優太君にはお会いしたのですが、それ以外のご家族を見ていませんね。」
「父親は私が産まれる前に、母親の方は…、もう五年は経つのかな。志保が居なかったら独り身だよ。」
私のように肉親や知人を亡くした経験がある者は『死出山』ではそう珍しくない。この町の異質な所はそこにある。人が亡くなる事自体はどこの町でも起こるが、この町はそれがあまりにも頻繁に起こり過ぎている。
その証拠に、この町は生きているものよりも、そうでないものの方が多い。霊が視えるようになってから初めてこの町を歩くが、目の前の人が生きているかそうでないか区別がつかない。それが霊であっても私達の目にははっきり映るからだ。
「瞬君は、ずっとこれを見続けたというのかい…?」
「本当なんですね、茂さんにも霊が視えるようになったというのは。」
「ああ、まさかこれ程とは思わなかったよ…。」
霊と思われる人は、私の姿を見るとすぐさま消えてしまった。やはり、私の側にはそう寄り付かないのだろう。瞬君の霊媒体質とはまるで正反対だ。
そんな私は町の様子もカメラに撮っていた。瞬君が撮らないと霊は写り込まないが、それでも貴重な町の様子が撮れた。
「茂さんって写真家でしたっけ?」
「趣味に毛が生えたようなものだがね。」
瞬君にカメラを貸すと何枚か撮って返してくれた。
「フィルムカメラなら、現像しないと何が写ったか分からないですね…。それにしても、心霊写真を撮る力って役に立ちますか?」
「さぁ…、少なくとも私はその力が羨ましいよ。」
瞬君は自分のカメラでも写真を撮っていた。瞬君のカメラはよくあるデジタルカメラだが、どんな写真を撮っても何かが写り込んでしまうそうだ。
そんな私達は、ゆっくり歩いてようやく目的地に辿り着いた。
「ここで写真を撮るんですね。」
私達はそれぞれ何枚か写真を撮った。
「あの川、三途の川に繋がっているらしいですね。」
フィルムを巻き終えた私は、カメラを鞄に戻した。
「今の時代、フィルムは貴重だからな。そろそろこれも終わるかな…。」
今日は予備のフィルムは持ってきていない。ここからはデジタルの一眼レフカメラで写真を撮る。先程の川の写真で今回の目的は達成した。残りはデジタルカメラで撮る。
私はデジタルカメラで撮った写真を何枚も見たが、それらしきものは写ってはいなかった。
私達が川から離れようとした時、瞬君が立ち止まった。目線の先を見ると、透明な少女が水面の上に立っていた。
『…茂吉さん?』
彼女は白い帽子に白いワンピースを着ていた。年齢は瞬君よりも少し年上に見える。私の姿を見て祖父の名を呼んだから、ひよっとして祖父の知人だったのだろうか。
「ずっと待っていたのか…?」
少女は頷いていた。
「残念だが、彼はもうこの世界には居ないんだ。」
それを聞いた少女は帽子を深く被った。
『この川には人が沢山居る。だけど、茂吉さんには何も見えないみたい。』
祖父は彼女の写真を見て何か気づかなかっただろうか。祖父がどう考えたのか私は知らない。
『でも…、不思議だなぁ。あなたと茂吉さんはそっくりなんだ。』
名前も似てるんだよ、と私は答えなかった。ただ、少女の様子をじっと観察している。
『会いたいなぁ…、向こうで待ってるのかな…。あなたを見たら色々思い出してきた…。』
少女は帽子で涙を拭っていた。
『あなたを見てたら茂吉さんを思い出せた、ありがとう…。』
少女はそう言った後、光の粒となって消えてしまった。
今の私は若かりし日の祖父に似ているのだろうか。確認する術はない。だが、祖父と少女の間にある思い出が優しいものだったというのは、何となく分かったような気がした。
「あの人と茂さんのお祖父さんってどんな関係だったのでしょうか。」
「今となっては何も聞き出せないがね…。」
祖父も祖母も、過去を話さない人だった。二人が普段何を考えていたのか、私は知らない。若かりし日の二人はどのように生きていたのだろう。それを知る者はもうこの世には居ないだろう。
幽霊の少女と別れた私達は川を辿って町へ戻った。川沿いには人気はなく、風の音だけが山から聞こえる。
そんな中瞬君は、川をじっと見ていた。川の水は、少女が居た頃は澄んでいたが今はどういう訳か黒く濁っていた。
「あれ?川の様子が…。」
瞬君が手を伸ばそうとしたそと時だった。川から突然蛇のような怪物の大群が噴き出した。それは九泉岳で見た怪とよく似ていた。
私は御札を取り出し、怪の大群を防いだ。怪は一瞬たじろいだかのように見えたが、それでも私達を襲おうとする。
「茂さん、そんな力あったんですか?」
「人の心配をしてる場合か!」
怪はしばらく私達を睨んでいたが、そのうちの
「どうしましょう、このまま町にあれが出たら大変な事になりますよ。」
「ああ、そうだな…。一刻も早く和尚さんの元に行かねば。」
私達が急いで冥徳寺に行こうとした時だった。突然怪達が悲鳴を上げ、次々と消えていった。私達がそれを見ていると、見覚えのある人が姿を現した。それは、何度も私を助けた死神の剣崎廉さんだった。
「また会ったね。」
「廉さん…。」
「お知り合いですか?」
「ああ、何回か会ったんだ。」
廉さんは怪が消えたのを確認すると、分厚い洋書のようなものを取り出した。
「『彷徨える魂よ、悪しき怪よ、人の世を離れ、在るべき場所へ還れ。』」
廉さんがそう唱え終わると、『死出山』に留まっていた魂が一斉にその頂に向かっていった。その光は昼間の星のように次々と消えていく。
「これも一時的なものだ。しばらく経てばまた魂が溢れ返ってしまう。」
廉さんは洋書を閉じ、私達の前に立った。
「茂さん、もう怪に襲われないようにね。それから、元気でな、『風見の少年』。」
廉さんは私達の前からあっという間に姿を消してしまった。
「あの人は…、どうして僕を知ってたのでしょうか、僕は一度も名乗っていないはずなのに…。」
瞬君は、廉さんが行った先を見ていた。どうやら、初めて会った廉さんの事がどうしても気になるようだった。
志手山の取材を終えた翌週、私は現像した写真を持って美彩さんの元を訪ねた。写真にはどれも川が写っていたが、肝心の幽霊の少女は写っていなかった。
「何でですか、全然写ってないじゃないですか!」
「でも、取材はしたぞ?」
「え、先生幽霊に取材したんですか?」
私が頷くと、美彩さんは首を振った。
「いやいやいや、そんなの闇先生だとしても有り得ないですって…。」
美彩さんは嫌でも『死出山』で体験した私の話を信じなかった。
結局、祖父の写真は、私の文章を記載する話でまとまった。祖父と少女の関係は不明だが、思い出の存在というのは確かだ。私は若かりし日の祖父に触れたような気がした。
それから、しばらく経ったある日の事だった。祖父と私の思い出のアルバムをデータ化する為に写真屋さんを訪れたのだ。何冊もある分厚いアルバムは、店主の手で小さなメモリーカード一枚になってしまった。
その写真達を志保と共にパソコンで眺めていた。すると、数ある写真の中に一枚だけ、在りし日の少女の写真があった。写真の中の少女は笑っていて、その顔は何処となく志保に似ていた。




