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志手山 祖父のカメラと心霊写真


 …志手山町(しでやまちょう)、本来(ほんらい)は『死出山(しでやま)』と書(か)くこの町(まち)は私(わたし)の故郷(こきょう)だ。そこで私(わたし)は生(う)まれ育(そだ)った。

 この土地(とち)は異質(いしつ)な存在(そんざい)だ。何故(なぜ)ならこの町(まち)はこの世(よ)とあの世(よ)の境(さかい)にある『死出(しで)の山(やま)』の麓(ふもと)にあるからだ。その為(ため)、昔(むかし)から死者(ししゃ)が絶(た)えなかった。町(まち)そのものもだんだん維持(いじ)が難(むずか)しくなり、近(ちか)い将来(しょうらい)地図(ちず)から消(き)えるのではないかと噂(うわさ)されていた。



 私(わたし)はこの『死出山(しでやま)』を題材(だいざい)にした小説(しょうせつ)を書(か)き続(つづ)けている。辺境(へんきょう)にあるこの町(まち)の事(こと)を知(し)ろうとする者(もの)は少(すく)なからず存在(そんざい)しているようで、私(わたし)の小説(しょうせつ)も続(つづ)いている。



 ある日(ひ)の事(こと)だ。私(わたし)は『Pixel (ピクセル)Photo(フォト)』という写真雑誌(しゃしんざっし)の編集部(へんしゅうぶ)に呼(よ)ばれて訪(たず)ねに行(い)った。すると、鬼門(おにかど)さんの奥(おく)さんの美彩(みさ)さんが現(あらわ)れた。彼女(かのじょ)は、以前(いぜん)私(わたし)が撮(と)った写真集(しゃしんしゅう)を編集(へんしゅう)する際(さい)にお世話(せわ)になった。そんな美彩(みさ)さんは、私(わたし)の写真集(しゃしんしゅう)を手(て)に持(も)っていた。

「闇先生(やみせんせい)が書(か)かれた『虚像(きょぞう)』、売(う)れてるみたいですね!」

『虚像(きょぞう)』というのは、写真(しゃしん)やカメラに関(かん)する物語(ものがたり)をまとめた短編集(たんぺんしゅう)だ。美彩(みさ)さんによると、『月刊怪奇(げっかんかいき)』が出(だ)した本(ほん)の中(なか)でも良(い)い方(ほう)だという。

「ああ、ありがとうございます…。」

「写真集(しゃしんしゅう)の方(ほう)も好評(こうひょう)みたいですよ。」

「そうなんですか…。」

美彩(みさ)さんも旦那(だんな)さん、将(まさし)さんと同(おな)じように私(わたし)を褒(ほ)めちぎっている。それは嬉(うれ)しい反面(はんめん)少々(しょうしょう)気(き)まずかった。



 美彩(みさ)さんが私(わたし)を呼(よ)んだのは、私(わたし)を褒(ほ)める為(ため)ではなく、ある本(ほん)を見(み)せる為(ため)だった。

「今回(こんかい)、『Pixel (ピクセル) Photo(フォト)』と 『月刊怪奇(げっかんかいき)』の編集部(へんしゅうぶ)で合同編集(ごうどうへんしゅう)した本(ほん)があります。それは、『実録(じつろく)心霊写真(しんれいしゃしん)集(しゅう)』です。『月刊怪奇(げっかんかいき)』が長年(ながねん)集(あつ)めていた心霊写真(しんれいしゃしん)を一冊(いっさつ)にまとめました。それで、完成(かんせい)したのがこちらです!」

美彩(みさ)さんが取(と)り出(だ)した本(ほん)は真(ま)っ黒(くろ)な本(ほん)で、表紙(ひょうし)には銀(ぎん)の箔押(はくお)しがされていた。

「凄(すご)いですね、また豪華(ごうか)な本(ほん)を出(だ)すのですか?」

「マイナーではありますが人気(にんき)の雑誌(ざっし)ですから、予算(よさん)が潤沢(じゅんたく)なのでしょう。こちらとしては羨(うらや)ましい限(かぎ)りですよ…。」

「拝見(はいけん)してもよろしいですか?」

「どうぞ!」

私(わたし)はその本(ほん)を開(ひら)き、何枚(なんまい)かページを捲(めく)った。そこには、アルバムのように心霊写真(しんれいしゃしん)が何枚(なんまい)も載(の)せてある。しかも、曰《いわ》く付(つ)きの本物(ほんもの)ばかりだった。その証拠(しょうこ)としてこの写真(しゃしん)が写(うつ)された場所(ばしょ)では事故(じこ)や事件(じけん)が起(お)きたという説明(せつめい)が横(よこ)に書(か)かれている。

「こんなに心霊写真(しんれいしゃしん)を載(の)せて大丈夫(だいじょうぶ)なんですか…?」

「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ、写真(しゃしん)そのものはお寺(てら)に奉納(ほうのう)した後(あと)に燃(も)やしてますから。」

「そういう問題(もんだい)じゃないと思(おも)うのだが…」

「受注(じゅちゅう)生産(せいさん)品(ひん)なので、あまり世(よ)に出回(でまわ)らないですが、既(すで)に予約(よやく)は入(はい)っているそうです。」

「そ、そうなんだな…。余程(よほど)の物好(ものず)きしか買(か)わないと思(おも)っていたが…。」

『月刊怪奇(げっかんかいき)』の編集部(へんしゅうぶ)はこのような色(いろ)ものの本(ほん)ばかり作(つく)ると出版社(しゅっぱんしゃ)の中(なか)では有名(ゆうめい)だそうだ。以前(いぜん)も『全国(ぜんこく)怪奇(かいき)備忘録(びぼうろく)』という本(ほん)を出(だ)していたが、今回(こんかい)はそれ以上(いじょう)の気合(きあ)いを感(かん)じた。



 しばらく『実録(じつろく)心霊写真(しんれいしゃしん)集(しゅう)』のページを捲(めく)っていると、あるページで手(て)が止(と)まった。なんと、志手山町(しでやまちょう)にある川(かわ)と透明(とうめい)な少女(しょうじょ)が写(うつ)った写真(しゃしん)があったのだ。しかも、撮影者(さつえいしゃ)は渡辺(わたなべ)茂吉(しげきち)と書(か)かれてある。

「あれ、この写真(しゃしん)は…、」

「お知(し)り合(あ)いですか?」

「渡辺(わたなべ)茂吉(しげきち)は、私(わたし)の祖父(そふ)です。」

「そうなんですか?」

私(わたし)が頷(うなず)くと、美彩(みさ)さんは驚(おどろ)いていた。

「こちらの写真(しゃしん)は『月刊怪奇(げっかんかいき)』の編集長(へんしゅうちょう)が若(わか)かった時(とき)に送(おく)られたそうです。闇先生(やみせんせい)が渡辺(わたなべ)茂吉(しげきち)さんのご親族(しんぞく)なのでしたら…、こちらの写真《しゃしん》の調査(ちょうさ)をお願(ねが)いしてもよろしいですか、この写真(しゃしん)だけ、詳(くわ)しい情報(じょうほう)が無(な)い状況(じょうきょう)なんです。」

私(わたし)はその仕事(しごと)を受(う)ける事(こと)にした。正気(しょうき)に戻(もど)ってから久々(ひさびさ)の里帰(さとがえ)りだ。私(わたし)はその写真(しゃしん)の写(うつ)しを美彩(みさ)さんから貰(もら)い、編集室(へんしゅうしつ)を後(あと)にした。



 家(いえ)に戻(もど)ってから私(わたし)は、祖父(そふ)のカメラとフィルムを手(て)にした。祖父(そふ)が若(わか)い頃(ころ)に大金(たいきん)を叩(はた)いて買(か)ったものだ。今(いま)も動(うご)いてくれている。ひよっとして、あの写真(しゃしん)もこのカメラで撮(と)ったのだろうか。



 一度(いちど)だけお墓(はか)参(まい)りに行(い)った時(とき)以降(いこう)、私(わたし)はあの『死出山(しでやま)』に行(い)ってない。実(じつ)を言(い)うと、取材(しゅざい)で行(い)く話(はなし)があったのだが、それを断(ことわ)っていたのだ。

 もし、あの狂気(きょうき)が蘇(よみがえ)れば、志保(しほ)と優太(ゆうた)を忘(わす)れてしまうだろう。それが怖(こわ)かった。だが、青波台(あおなみだい)での生活(せいかつ)や、他(ほか)の町(まち)に旅(たび)する事(こと)で、少(すこ)しずつその気持(きも)ちは薄(うす)れてきた。


 そうだとしても、私(わたし)は不安(ふあん)だった。そんな時(とき)、私(わたし)は目(め)を閉(と)じて大切(たいせつ)な人(ひと)の顔(かお)を思(おも)い浮(う)かべる。

「大丈夫(だいじょうぶ)だ。今(いま)の私(わたし)は一人(ひとり)じゃない。」

そう呟(つぶや)いた後(あと)で目(め)を開(あ)けた。目(め)の前(まえ)には志保(しほ)と優太(ゆうた)が立(た)っている。

「茂(しげる)、本当(ほんとう)に行(い)くの?」

「ああ、行(い)って来(く)るよ。」

今(いま)の私(わたし)なら、『死出山(しでやま)』から生(い)きて戻(もど)って来(こ)られる。いや、戻(もど)らなくてはならない。私(わたし)を待(ま)つ存在(そんざい)が居(い)るというのは時(とき)に力(ちから)になる。私(わたし)はカメラを鞄(かばん)に入(い)れ、準備(じゅんび)を進(すす)めた。



 そして、一人(ひとり)で志手山(しでやま)行(い)きの電車(でんしゃ)に乗(の)った。青波台(あおなみだい)から辺境(へんきょう)の志手山(しでやま)まで乗(の)ったのは私(わたし)一人(ひとり)だった。

 駅(えき)では風見(かざみ)瞬君(しゅんくん)が出迎(でむか)えてくれた。夏(なつ)に一度(いちど)会(あ)っていたが、その時(とき)よりも心身(しんしん)共(とも)に成長(せいちょう)しているようだった。瞬君(しゅんくん)は私(わたし)の姿(すがた)を見(み)るとすぐさま近寄(ちかよ)って来(き)た。

「久々(ひさびさ)だね、瞬君(しゅんくん)。」

「こちらこそです、茂(しげる)さん。」

早速(さっそく)私(わたし)は瞬君(しゅんくん)に祖父(そふ)の写真(しゃしん)を見(み)せた。瞬君(しゅんくん)はこの写真(しゃしん)が撮(と)られた場所(ばしょ)が分(わ)かったらしく、その場所(ばしょ)へと向(む)かった。



 私(わたし)は、瞬君(しゅんくん)と歩(ある)いて川(かわ)に向(む)かった。瞬君(しゅんくん)は私(わたし)が持(も)っているカメラを見(み)ている。

「そのカメラ、まだ持(も)ってたのですね。」

「ああ、祖父(そふ)の大切(たいせつ)な思(おも)い出(で)だからね。思(おも)えば息子(むすこ)が早死(はやじ)にしたから、元気(げんき)がなくなったのかもな…。」

「そういえば、茂(しげる)さんに生(い)きてるご家族(かぞく)って居(い)るんですか?志保(しほ)さんや優太君(ゆうたくん)にはお会(あ)いしたのですが、それ以外(いがい)のご家族(かぞく)を見(み)ていませんね。」

「父親(ちちおや)は私(わたし)が産(う)まれる前(まえ)に、母親(ははおや)の方(ほう)は…、もう五年(ごねん)は経(た)つのかな。志保(しほ)が居(い)なかったら独(ひと)り身(み)だよ。」

私(わたし)のように肉親(にくしん)や知人(ちじん)を亡(な)くした経験(けいけん)がある者(もの)は『死出山(しでやま)』ではそう珍(めずら)しくない。この町(まち)の異質(いしつ)な所(ところ)はそこにある。人(ひと)が亡(な)くなる事(こと)自体(じたい)はどこの町(まち)でも起(お)こるが、この町(まち)はそれがあまりにも頻繁(ひんぱん)に起(お)こり過(す)ぎている。



 その証拠(しょうこ)に、この町(まち)は生(い)きているものよりも、そうでないものの方(ほう)が多(おお)い。霊(れい)が視(み)えるようになってから初(はじ)めてこの町(まち)を歩(ある)くが、目(め)の前(まえ)の人(ひと)が生(い)きているかそうでないか区別(くべつ)がつかない。それが霊(れい)であっても私達(わたしたち)の目(め)にははっきり映(うつ)るからだ。

「瞬君(しゅんくん)は、ずっとこれを見続(みつづ)けたというのかい…?」

「本当(ほんとう)なんですね、茂(しげる)さんにも霊(れい)が視(み)えるようになったというのは。」

「ああ、まさかこれ程(ほど)とは思(おも)わなかったよ…。」

霊(れい)と思(おも)われる人(ひと)は、私(わたし)の姿(すがた)を見(み)るとすぐさま消(き)えてしまった。やはり、私(わたし)の側(そば)にはそう寄(よ)り付(つ)かないのだろう。瞬君(しゅんくん)の霊媒体質(れいばいたいしつ)とはまるで正反対(せいはんたい)だ。



 そんな私(わたし)は町(まち)の様子(ようす)もカメラに撮(と)っていた。瞬君(しゅんくん)が撮(と)らないと霊(れい)は写(うつ)り込(こ)まないが、それでも貴重(きちょう)な町(まち)の様子(ようす)が撮(と)れた。

「茂(しげる)さんって写真家(しゃしんか)でしたっけ?」

「趣味(しゅみ)に毛(け)が生(は)えたようなものだがね。」

瞬君(しゅんくん)にカメラを貸(か)すと何枚(なんまい)か撮(と)って返(かえ)してくれた。

「フィルムカメラなら、現像(げんぞう)しないと何(なに)が写(うつ)ったか分(わ)からないですね…。それにしても、心霊写真(しんれいしゃしん)を撮(と)る力(ちから)って役(やく)に立(た)ちますか?」

「さぁ…、少(すく)なくとも私(わたし)はその力(ちから)が羨(うらや)ましいよ。」

瞬君(しゅんくん)は自分(じぶん)のカメラでも写真(しゃしん)を撮(と)っていた。瞬君(しゅんくん)のカメラはよくあるデジタルカメラだが、どんな写真(しゃしん)を撮(と)っても何(なに)かが写(うつ)り込(こ)んでしまうそうだ。



 そんな私達(わたしたち)は、ゆっくり歩(ある)いてようやく目的地(もくてきち)に辿(たど)り着(つ)いた。

「ここで写真(しゃしん)を撮(と)るんですね。」

私達(わたしたち)はそれぞれ何枚(なんまい)か写真(しゃしん)を撮(と)った。

「あの川(かわ)、三途(さんず)の川(かわ)に繋(つな)がっているらしいですね。」

フィルムを巻(ま)き終(お)えた私(わたし)は、カメラを鞄(かばん)に戻(もど)した。

「今(いま)の時代(じだい)、フィルムは貴重(きちょう)だからな。そろそろこれも終(お)わるかな…。」

今日(きょう)は予備(よび)のフィルムは持(も)ってきていない。ここからはデジタルの一眼(いちがん)レフカメラで写真(しゃしん)を撮(と)る。先程(さきほど)の川(かわ)の写真(しゃしん)で今回(こんかい)の目的(もくてき)は達成(たっせい)した。残(のこ)りはデジタルカメラで撮(と)る。



 私(わたし)はデジタルカメラで撮(と)った写真(しゃしん)を何枚(なんまい)も見(み)たが、それらしきものは写(うつ)ってはいなかった。

 私達(わたしたち)が川(かわ)から離(はな)れようとした時(とき)、瞬君(しゅんくん)が立(た)ち止(ど)まった。目線(めせん)の先(さき)を見(み)ると、透明(とうめい)な少女(しょうじょ)が水面(みなも)の上(うえ)に立(た)っていた。

『…茂吉(しげきち)さん?』

彼女(かのじょ)は白(しろ)い帽子(ぼうし)に白(しろ)いワンピースを着(き)ていた。年齢(ねんれい)は瞬君(しゅんくん)よりも少(すこ)し年上(としうえ)に見(み)える。私(わたし)の姿(すがた)を見(み)て祖父(そふ)の名(な)を呼(よ)んだから、ひよっとして祖父(そふ)の知人(ちじん)だったのだろうか。

「ずっと待(ま)っていたのか…?」

少女(しょうじょ)は頷(うなず)いていた。

「残念(ざんねん)だが、彼(かれ)はもうこの世界(せかい)には居(い)ないんだ。」

それを聞(き)いた少女(しょうじょ)は帽子(ぼうし)を深(ふか)く被(かぶ)った。

『この川(かわ)には人(ひと)が沢山(たくさん)居(い)る。だけど、茂吉(しげきち)さんには何(なに)も見(み)えないみたい。』

祖父(そふ)は彼女(かのじょ)の写真(しゃしん)を見(み)て何(なに)か気(き)づかなかっただろうか。祖父(そふ)がどう考(かんが)えたのか私(わたし)は知(し)らない。

『でも…、不思議(ふしぎ)だなぁ。あなたと茂吉(しげきち)さんはそっくりなんだ。』

名前(なまえ)も似(に)てるんだよ、と私(わたし)は答(こた)えなかった。ただ、少女(しょうじょ)の様子(ようす)をじっと観察(かんさつ)している。

『会(あ)いたいなぁ…、向(む)こうで待(ま)ってるのかな…。あなたを見(み)たら色々(いろいろ)思(おも)い出(だ)してきた…。』

少女(しょうじょ)は帽子(ぼうし)で涙(なみだ)を拭(ぬぐ)っていた。

『あなたを見(み)てたら茂吉(しげきち)さんを思(おも)い出(だ)せた、ありがとう…。』

少女(しょうじょ)はそう言(い)った後(あと)、光(ひかり)の粒(つぶ)となって消(き)えてしまった。

 今(いま)の私(わたし)は若(わか)かりし日(ひ)の祖父(そふ)に似(に)ているのだろうか。確認(かくにん)する術(すべ)はない。だが、祖父(そふ)と少女(しょうじょ)の間(あいだ)にある思(おも)い出(で)が優(やさ)しいものだったというのは、何(なん)となく分(わ)かったような気(き)がした。

「あの人(ひと)と茂(しげる)さんのお祖父(じい)さんってどんな関係(かんけい)だったのでしょうか。」

「今(いま)となっては何(なに)も聞(き)き出(だ)せないがね…。」

祖父(そふ)も祖母(そぼ)も、過去(かこ)を話(はな)さない人(ひと)だった。二人(ふたり)が普段(ふだん)何(なに)を考(かんが)えていたのか、私(わたし)は知(し)らない。若(わか)かりし日(ひ)の二人(ふたり)はどのように生(い)きていたのだろう。それを知(し)る者(もの)はもうこの世(よ)には居(い)ないだろう。



 幽霊(ゆうれい)の少女(しょうじょ)と別(わか)れた私達(わたしたち)は川(かわ)を辿(たど)って町(まち)へ戻(もど)った。川沿(かわぞ)いには人気(ひとけ)はなく、風(かぜ)の音(おと)だけが山(やま)から聞(き)こえる。

 そんな中(なか)瞬君(しゅんくん)は、川(かわ)をじっと見(み)ていた。川(かわ)の水(みず)は、少女(しょうじょ)が居(い)た頃(ころ)は澄(す)んでいたが今(いま)はどういう訳(わけ)か黒(くろ)く濁(にご)っていた。

「あれ?川(かわ)の様子(ようす)が…。」

瞬君(しゅんくん)が手(て)を伸(の)ばそうとしたそと時(とき)だった。川(かわ)から突然(とつぜん)蛇(へび)のような怪物(かいぶつ)の大群(たいぐん)が噴(ふ)き出(だ)した。それは九泉岳(きゅうせんだけ)で見(み)た怪(かい)とよく似(に)ていた。

 私(わたし)は御札(おふだ)を取(と)り出(だ)し、怪(かい)の大群(たいぐん)を防(ふせ)いだ。怪(かい)は一瞬(いっしゅん)たじろいだかのように見(み)えたが、それでも私達(わたしたち)を襲(おそ)おうとする。

「茂(しげる)さん、そんな力(ちから)あったんですか?」

「人(ひと)の心配(しんぱい)をしてる場合(ばあい)か!」

怪(かい)はしばらく私達(わたしたち)を睨(にら)んでいたが、そのうちの

「どうしましょう、このまま町(まち)にあれが出(で)たら大変(たいへん)な事(こと)になりますよ。」

「ああ、そうだな…。一刻(いっこく)も早(はや)く和尚(おしょう)さんの元(もと)に行(い)かねば。」

私達(わたしたち)が急(いそ)いで冥徳寺(めいとくでら)に行(い)こうとした時(とき)だった。突然(とつぜん)怪達(かいたち)が悲鳴(ひめい)を上(あ)げ、次々(つぎつぎ)と消(き)えていった。私達(わたしたち)がそれを見(み)ていると、見覚(みおぼ)えのある人(ひと)が姿(すがた)を現(あらわ)した。それは、何度(なんど)も私(わたし)を助(たす)けた死神(しにがみ)の剣崎廉(けんざきれん)さんだった。

「また会(あ)ったね。」

「廉(れん)さん…。」

「お知(し)り合(あ)いですか?」

「ああ、何回(なんかい)か会(あ)ったんだ。」

廉(れん)さんは怪(かい)が消(き)えたのを確認(かくにん)すると、分厚(ぶあつ)い洋書(ようしょ)のようなものを取(と)り出(だ)した。

「『彷徨(さまよ)える魂(たましい)よ、悪(あ)しき怪(かい)よ、人(ひと)の世(よ)を離(はな)れ、在(あ)るべき場所(ばしょ)へ還(かえ)れ。』」

廉(れん)さんがそう唱(とな)え終(お)わると、『死出山(しでやま)』に留(とど)まっていた魂(たましい)が一斉(いっせい)にその頂(いただき)に向(む)かっていった。その光(ひかり)は昼間(ひるま)の星(ほし)のように次々(つぎつぎ)と消(き)えていく。

「これも一時的(いちじてき)なものだ。しばらく経(た)てばまた魂(たましい)が溢(あふ)れ返(かえ)ってしまう。」

廉(れん)さんは洋書(ようしょ)を閉(と)じ、私達(わたしたち)の前(まえ)に立(た)った。

「茂(しげる)さん、もう怪(かい)に襲(おそ)われないようにね。それから、元気(げんき)でな、『風見(かざみ)の少年(しょうねん)』。」

廉(れん)さんは私達(わたしたち)の前(まえ)からあっという間(ま)に姿(すがた)を消(け)してしまった。

「あの人(ひと)は…、どうして僕(ぼく)を知(し)ってたのでしょうか、僕(ぼく)は一度(いちど)も名乗(なの)っていないはずなのに…。」

瞬君(しゅんくん)は、廉(れん)さんが行(い)った先(さき)を見(み)ていた。どうやら、初(はじ)めて会(あ)った廉(れん)さんの事(こと)がどうしても気(き)になるようだった。




 志手山(しでやま)の取材(しゅざい)を終(お)えた翌週(よくしゅう)、私(わたし)は現像(げんぞう)した写真(しゃしん)を持(も)って美彩(みさ)さんの元(もと)を訪(たず)ねた。写真(しゃしん)にはどれも川(かわ)が写(うつ)っていたが、肝心(かんじん)の幽霊(ゆうれい)の少女(しょうじょ)は写(うつ)っていなかった。

「何(なん)でですか、全然(ぜんぜん)写(うつ)ってないじゃないですか!」

「でも、取材(しゅざい)はしたぞ?」

「え、先生(せんせい)幽霊(ゆうれい)に取材(しゅざい)したんですか?」

私(わたし)が頷(うなず)くと、美彩(みさ)さんは首(くび)を振(ふ)った。

「いやいやいや、そんなの闇先生(やみせんせい)だとしても有(あ)り得(え)ないですって…。」

美彩(みさ)さんは嫌(いや)でも『死出山(しでやま)』で体験(たいけん)した私(わたし)の話(はなし)を信(しん)じなかった。


 結局(けっきょく)、祖父(そふ)の写真(しゃしん)は、私(わたし)の文章(ぶんしょう)を記載(きさい)する話(はなし)でまとまった。祖父(そふ)と少女(しょうじょ)の関係(かんけい)は不明(ふめい)だが、思(おも)い出(で)の存在(そんざい)というのは確(たし)かだ。私(わたし)は若(わか)かりし日(ひ)の祖父(そふ)に触(ふ)れたような気(き)がした。




 それから、しばらく経(た)ったある日(ひ)の事(こと)だった。祖父(そふ)と私(わたし)の思(おも)い出(で)のアルバムをデータ化(か)する為(ため)に写真屋(しゃしんや)さんを訪(おとず)れたのだ。何冊(なんさつ)もある分厚(ぶあつ)いアルバムは、店主(てんしゅ)の手(て)で小(ちい)さなメモリーカード一枚(いちまい)になってしまった。

 その写真達(しゃしんたち)を志保(しほ)と共(とも)にパソコンで眺(なが)めていた。すると、数(かず)ある写真(しゃしん)の中(なか)に一枚(いちまい)だけ、在(あ)りし日(ひ)の少女(しょうじょ)の写真(しゃしん)があった。写真(しゃしん)の中(なか)の少女(しょうじょ)は笑(わら)っていて、その顔(かお)は何処(どこ)となく志保(しほ)に似(に)ていた。

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