…秋は更に深まった。青波台の奥地にあるこの家で暮らしてからもう一年になる。その間、数多くの信じ難い光景を見た。誰かが私を『彼と出会った者は数奇な運命を辿るとされる。』と言っていたが、私自身もそうなのだろうか。
そんな私だが、今年のこの時期は比較的平穏な日々を送っていた。忙しかった仕事も落ち着き、原稿を書き終えた後はゆっくりと過ごせるようになった。
だが、暇ばかりという訳ではなく、新たな仕事も入った。それは、鉄道旅に関するものだった。その為の調べ物をしていた。
何故、怪奇小説家の私がこの仕事をしているかというと、『月刊怪奇』の編集部の方々が電車旅の特集を組むそうで、その原稿を書いてもらいたい、という訳だ。私は県立図書館に籠って原稿を書いていた。
仕事があるうちは幸せだと妻の志保は言う。志保は大学卒業後からずっと会社を辞めずに続けている。私の仕事が仕事が全く無くなっても、家族三人で暮らす為だ。志保が懸命に働いているお陰で、私はこうして作家業を続けられる。家族が居るから私は生きようと思えるのだ。
そんな志保はある日、私にある雑誌を見せてきた。それは、K市の観光名所が載っており、中には潮見台の商店街や、浜野坂の喫茶店もあった。その中で志保が指差したのは、栄町の中華街特集だった。
「茂、ここの豚まんを食べに行きたいの。」
私は志保の指先の文字を読んだ。どうやら、中華街には有名な中華饅の店があるようで、そこの名物である豚まんを目当てに行列が出来るそうだ。私は、志保から雑誌を借り、本棚にあった地図を片手に読んでいた。
K市栄町、そこはかつて外国人が暮らしていた町で、今もその面影を残している。その中心部にあるのが中華街だ。そこにはかつて華人が暮らしていたらしい。今は観光地として飲食店が立ち並んでいる。
その中華街では毎年旧暦の正月に春節を祝う行事があるそうだ。
異国情緒漂う栄町は、観光地として知られており、中華街の他にも、喫茶店や博物館が並んでいるそうで、雑誌にも詳しく掲載されていた。
私達は、休日に三人でその栄町に向かった。中華街では早速志保が目当ての豚まんの行列に並んでいた。昼食には早いが、志保には関係ないようだ。
「これがかの有名な豚まんかぁ…。」
行列から戻った志保の手には二つの豚まんがあった。それには、可愛いらしい豚の顔が描かれている。そんな豚まんを私に一つ渡し、もう片方を躊躇なく割って優太と食べていた。
豚まんと顔を合わせながら食べるのもどうかと思った私は、豚まんを裏返した。すると、その豚まんにはご丁寧に豚の尻尾まで描かれていたのだ。私が豚まんと目を合わせていると、先に食べ終えた志保がこう言った。
「食べないの?」
「いや、豚を型どった皮に豚肉が入ってるんだなって…。」
「茂、気にしちゃダメだよ。」
志保は雑誌を優太と一緒に見ていた。どうやらまだ中華街を回るつもりらしい。
ずっと豚まんと向き合うのもどうかと思った私は、躊躇いながら豚まんを一口齧った。齧られた豚まんは泣いているように見える。それでも私はもう一口齧ると、中から角煮のようなお肉が出てきた。それは甘辛い味で、食べやすかった。そして、豚まんが可哀想と想像したのも忘れて一気に食べ終えてしまった。
「美味しかった?」
私が頷くも、志保が腕を掴んだ。
「なら良かった。それじゃあ、他の店にも行こっか。」
私達三人はそうして中華街を巡った。今日はあっという間で、久々に家族一緒に楽しんだような気がする。この中華街の事も記事にしてみるのも面白いかもしれない。帰ったら早速まとめてみよう。