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聖都 古き良き聖なる都


 時期(じき)は少(すこ)し遡(さかのぼ)る。夏休(なつやす)みの最中(さなか)の出来事(できごと)だった。その手日(ひ)、自宅(じたく)に覚(おぼ)えのない荷物(にもつ)が届(とど)いた。中(なか)を開(あ)けると、辞書程(じしょほど)の分厚(ぶあつ)い本(ほん)が数冊(すうさつ)入(い)れられている。そこには、『月刊怪奇(げっかんかいき)特別編集(とくべつへんしゅう)“全国(ぜんこく)怪奇(かいき)備忘録(びぼうろく)”』と書(か)かれてある。どうやら、月刊怪奇(げっかんかいき)の編集部(へんしゅうぶ)でまとめてきた本(ほん)がようやく完成(かんせい)したらしい。

 “全国(ぜんこく)怪奇(かいき)備忘録(びぼうろく)”とは、『月刊怪奇(げっかんかいき)』の代表作家(だいひょうさっか)十人(じゅうにん)が書(か)いた長編小説(ちょうへんしょつせつ)を解説付(かいせつつ)きでまとめたものだ。今回(こんかい)届(とど)いた特装版(とくそうばん)の他(ほか)、作者(さくしゃ)ごとに分冊(ぶんさつ)の通常版(つうじょうばん)と文庫版(ぶんこばん)と電子版(でんしばん)も出(で)るらしい。

「これが初版限定(しょはんげんてい)の特装版(とくそうばん)か…、かなり分厚(ぶあつ)いな…。」

「何(なに)これ、製本技術(せいほんぎじゅつ)の限界(げんかい)に挑戦(ちょうせん)しようとしてるの?」

私(わたし)の横(よこ)で妻(つま)の志保(しほ)がその本(ほん)を一冊(いっさつ)取(と)り出(だ)した。

「こういう本(ほん)は短編(たんぺん)をまとめるはずだが…、何故(なぜ)長編(ちょうへん)を一冊(いっさつ)にまとめようとしたのか…。」

志保(しほ)はその本(ほん)を部屋(へや)から持(も)ち出(だ)した。

「一編(いっぺん)だけ読(よ)んでいい?全部(ぜんぶ)読(よ)むのは大変(たいへん)そうだから。」

「ああ、構(かま)わないが…。」

志保(しほ)は本(ほん)を自分(じぶん)の部屋(へや)に持(も)っていってしまった。

「これ…、どうしようかな…。」

部屋(へや)に残(のこ)された私(わたし)は残(のこ)りの本(ほん)が入(はい)った箱(はこ)を見(み)ながら一人(ひとり)考(かんが)えていた。



 しばらく経(た)って、志保(しほ)が本(ほん)を返(かえ)しにやって来(き)た。

「ありがとう、面白(おもしろ)かったよ。」

「それで、どの話(はなし)を読(よ)んだんだ?」

「『聖都怪談(せいとかいだん)』、陸奥(むつ)行仁(ゆきひと)さんのね。面白(おもしろ)かったよ。」

私(わたし)が書(か)いた話(はなし)ではないのか…、一瞬(いっしゅん)溜(た)め息(いき)を吐(は)きそうになったが、すぐに止(と)めた。

「『死出山怪奇譚(しでやまかいきたん)』は何十回(なんじゅっかい)と読(よ)んでるから、解説文(かいせつぶん)だけ読(よ)んだよ。」

「そっか…。」

志保(しほ)は箱(はこ)の中(なか)に本(ほん)を戻(もど)し、私(わたし)を見(み)た。

「聖都(せいと)に行(い)きたいなぁ。あれから、私達(わたしたち)まともに旅行(りょこう)してないでしょ?優太(ゆうた)も大(おお)きくなったから、そろそろ泊(と)まりの家族旅行(かぞくりょこう)も行(い)けるかも知(し)れないわね。」

聖都(せいと)には私(わたし)も行(い)きたいと思(おも)っていた。今後(こんご)の予定(よてい)はどうだっただろうか。手帳(てちょう)を開(ひら)くと手紙(てがみ)が入(はい)っていた。私(わたし)はそれを取(と)り出(だ)して読(よ)んでみる。

「それなら、一(ひと)つ心当(こころあ)たりがあるんだ。知人(ちじん)に連絡(れんらく)するよ。」

私(わたし)はそう言(い)って携帯電話(けいたいでんわ)を取(と)り出(だ)した。


 手帳(てちょう)の手紙(てがみ)は、元家主(もとやぬし)の菊本(きくもと)武雄(たけお)さんから届(とど)いたものだった。それは、家(いえ)を私(わたし)に売(う)った後(あと)、息子夫婦(むすこふうふ)と旅行(りょこう)したという話(はなし)が書(か)かれてある。その中(なか)には、『胡蝶邸(こちょうてい)』という屋敷(やしき)の話(はなし)があるのだ。

 『胡蝶邸(こちょうてい)』とは、現代(げんだい)も残(のこ)る呪術師(じゅじゅつし)の家系(かけい)の邸宅(ていたく)で、菊本(きくもと)さんによるとこの家(いえ)によく似(に)ているらしい。

 先程(さきほど)、志保(しほ)には知人(ちじん)だと伝(つた)えたが、正確(せいかく)には異(こと)なる。だが、客(きゃく)として訪(おとず)れた者(もの)の知人(ちじん)と伝(つた)えれば、分(わ)かってもらえるだろうという安直(あんちょく)な私(わたし)の考(かんが)えだ。


 手紙(てがみ)には『胡蝶邸(こちょうてい)』の電話番号(でんわばんごう)が書(か)かれていた。私(わたし)はそこに電話(でんわ)する。すると、電話(でんわ)の向(む)こうから聞(き)き覚(おぼ)えのある声(こえ)が聞(き)こえた。

「あれ、その声(こえ)は…。」

思(おも)わぬ声(こえ)との再会(さいかい)に、私(わたし)は長電話(ながでんわ)してしまったらしい。そして、予定(よてい)までこの場(ば)で決(き)まってしまった。

 それから、電話(でんわ)を切(き)ると、志保(しほ)と優太(ゆうた)にそれを伝(つた)えに向(む)かった。それから、手帳(てちょう)に印(しるし)を付(つ)けた後(あと)、早(はや)めの準備(じゅんび)を始(はじ)めた。


 


 聖都《せいと》とは、この世界(せかい)の日本(にほん)の首都(しゅと)だ。一時(いちじ)は帝都(ていと)という名称(めいしょ)でも呼(よ)ばれ、現在(げんざい)も帝(みかど)とその一族(いちぞく)が住(す)まわれている。

 聖都(せいと)は、歴史的(れきしてき)な街並(まちな)みが残(のこ)る旧市街(きゅうしがい)、近代的(きんだいてき)な建造物(けんぞうぶつ)が並(なら)ぶ新市街(しんしがい)という二(ふた)つの街(まち)に分(わ)かれている。歴史(れきし)、文化(ぶんか)、行政(ぎょうせい)、教育(きょういく)の中枢(ちゅうすう)を担(にな)っており、古代(こだい)から重要(じゅうよう)な都市(とし)だ。

 何故(なぜ)聖都(せいと)がここまで発展(はってん)したのか、それは聖都(せいと)近辺(きんぺん)は盆地(ぼんち)になっており、海(うみ)も近(ちか)かったからだ。その為(ため)、聖都(せいと)は古(ふる)くから栄(さか)えていた。

 ところが、人(ひと)が集(あつ)まるにつれ、聖都(せいと)は怪異(かいい)に襲(おそ)われるようになる。それを防(ふせ)ぐ為(ため)、寺院(じいん)や神社(じんじゃ)が多(おお)く、蝶野家(ちょうのけ)のような有力(ゆうりょく)な術士(じゅつし)の家系(かけい)が暮(く)らしているそうだ。



 私達(わたしたち)は、国鉄(こくてつ)で青波駅(あおなみえき)から浜崎駅(はまさきえき)まで乗(の)った。それから、浜崎駅(はまさきえき)から高速鉄道(こうそくてつどう)に乗(の)り替(か)え、聖都駅(せいとえき)へ向(む)かう。

「あれ、聖都(せいと)タワーだ!」

優太(ゆうた)が車窓(しゃそう)から見(み)える聖都(せいと)の景色(けしき)を指(ゆび)差(さ)してそう言(い)った。その先(さき)を見(み)ると、確(たし)かに聖都(せいと)タワーがそびえ立(た)っている。聖都(せいと)の新市街(しんしがい)中心部(ちゅうしんぶ)に建(た)つ巨大(きょだい)な塔(とう)だ。



 聖都駅(せいとえき)は、新市街(しんしがい)の中心部(ちゅうしんぶ)に建(た)っている。国鉄(こくてつ)を始(はじ)め私鉄(してつ)各社(かくしゃ)、それから高速鉄道(こうそくてつどう)も通(とお)っている。浜崎駅(はまさきえき)とは比(くら)べものにならない程(ほど)に巨大(きょだい)な駅(えき)だ。


 私達(わたしたち)はそこで降(お)り、目的地(もくてきち)がある旧市街(きゅうしがい)へバスで向(む)かった。地図(ちず)で下調(したしら)べをしていたが、新市街(しんしがい)と旧市街(きゅうしがい)を結(むす)ぶ道(みち)は入(い)り組(く)んでいる。しかも『胡蝶邸(こちょうてい)』は観光客(かんこうきゃく)が入(はい)らないような奥地(おくち)にあるそうだから、余計(よけい)にそう感(かん)じた。

「それで、知(し)り合(あ)いってどんな方(かた)なの?」

「ああ、昔(むかし)取材(しゅざい)の時(とき)に世話(せわ)になったんだ。彼女(かのじょ)もここに来(き)ているのかな、会(あ)うのが楽(たの)しみだよ。」

余程(よほど)の事(こと)が無(な)い限(かぎ)り、私(わたし)が仕事上(しごとじょう)で出会(であ)った者(もの)と志保達(しほたち)は知(し)り合(あ)わない。私(わたし)は家族(かぞく)も連(つ)れて行(い)くと伝(つた)えたが、向(む)こうに迷惑(めいわく)にならなかっただろうか。



 しばらくバスに乗(の)り、ようやく『胡蝶邸(こちょうてい)』のすぐ近(ちか)くまでやって来(き)た。そして、地図(ちず)を頼(たよ)りに向(む)かう。

 そして辿(たど)り着(つ)いた『胡蝶邸(こちょうてい)』はとても広大(こうだい)な屋敷(やしき)だった。庭(にわ)は整(ととの)えられており、屋敷(やしき)の名(な)の通(とお)り大勢(おおぜい)の蝶(ちょう)が舞(ま)っている。


 呼(よ)び鈴(りん)を鳴(な)らすと着物姿(きものすがた)の女性(じょせい)が迎(むか)え出(で)た。

「こんにちは、よくぞお越(こ)しくださいました。」

私達(わたしたち)は彼女(かのじょ)に礼(れい)をすると彼女(かのじょ)は更(さら)に深々(ふかぶか)とお辞儀(じぎ)をした。

「ご主人様(しゅじんさま)が奥(おく)の部屋(へや)でお待(ま)ちです。どうぞこちらへ。」

私達(わたしたち)は屋敷(やしき)の奥(おく)にある主人(しゅじん)の部屋(へや)に案内(あんない)された。そして、三人(さんにん)並(なら)んで畳(たたみ)の間(ま)に正座(せいざ)をして待(ま)っている。



 しばらく経(た)って、主人(しゅじん)と思(おも)われる人物(じんぶつ)が姿(すがた)を見(み)せた。ご主人様(しゅじんさま)と呼(よ)ばれていたから、威厳(いげん)がある男性(だんせい)か老紳士(ろうしんし)を想像(そうぞう)していた。

 ところが、目(め)の前(まえ)の人物(じんぶつ)はそのどちらとも異(こと)なった。彼(かれ)は袴姿(はかますがた)でも分(わ)かる程(ほど)に華奢(きゃしゃ)な身体(からだ)をしていた。また、顔(かお)つきは童顔(どうがん)で、正装(せいそう)でなければ中高生(ちゅうこうせい)と間違(まちが)えただろう。

「初(はじ)めまして渡辺茂(わたなべしげる)さん。私(わたくし)は蝶野家(ちょうのけ)現当主(げんとうしゅ)の蝶野(ちょうの)翔(しょう)と申(もう)します。本日(ほんじつ)はこちらにお越(こ)しくださってありがとうございます。」

彼(かれ)は現代(げんだい)の呪術師(じゅじゅつし)の末裔(まつえい)とは思(おも)えない程(ほど)に深々(ふかぶか)とお辞儀(じぎ)をした。先程(さきほど)こちらまで案内(あんない)した女性(じょせい)といい、蝶野家(ちょうのけ)は非常(ひじょう)に礼(れい)を重(おも)んじる家系(かけい)なのだろうか。

「いえいえ、こちらこそ突然(とつぜん)お邪魔(じゃま)してすみません。」

翔(しょう)さんは私(わたし)よりも年下(としした)に見(み)えたが、思(おも)わず敬語(けいご)になる。だが、年下(としした)だからといって彼(かれ)は当主(とうしゅ)、つまりこの家(いえ)の主(あるじ)なのだから敬意(けいい)を払(はら)わなければならない。そんな事(こと)を考(かんが)え、私(わたし)は翔(しょう)さんに負(ま)けじと深々(ふかぶか)と礼(れい)をすると、畳(たたみ)に頭(あたま)をぶつけてしまった。そんな私(わたし)に驚(おどろ)いたのか、翔(しょう)さんは私(わたし)を支(ささ)えて起(お)こした。

「大丈夫(だいじょうぶ)ですか?それと、お礼(れい)なら舞(まい)さんに伝(つた)えてくださいませんか?舞(まい)さんは貴方(あなた)とお会(あ)いするのを心待(こころま)ちにしてましたよ。」

翔(しょう)さんがそう言(い)うと、襖(ふすま)が開(ひら)いた。中(なか)から現(あらわ)れたのは私(わたし)にとって懐(なつ)かしい顔(かお)だ。

「お久(ひさ)し振(ぶ)りです、茂(しげる)さん!」

「舞君(まいくん)!宮原(みやのはら)で会(あ)った以来(いらい)だな!」

私(わたし)は立(た)ち上(あ)がり、舞君(まいくん)の側(そば)へ向(む)かった。



 蝶野(ちょうの)舞(まい)君(くん)は『夢幻(むげん)の華(はな)』の舞台(ぶたい)である宮原(みやのはら)で出会(であ)った子(こ)だ。蝶(ちょう)の精霊(せいれい)である胡蝶(こちょう)の力(ちから)を宿(やど)していて、仲間(なかま)と共(とも)に鬼(おに)を退治(たいじ)した。

「あれから元気(げんき)にしてたか?瞬君(しゅんくん)と同級生(どうきゅうせい)だから今(いま)小学(しょうがく)六年生(ろくねんせい)になるのかな。」

「はい!元気(げんき)にしてますよ。」

舞君(まいくん)は私(わたし)の手(て)を引(ひ)いて翔(しょう)さんの元(もと)へ連(つ)れて来(き)た。



 そこで立(た)ち上(あ)がった翔(しょう)さんは非常(ひじょう)に小柄(こがら)だった。身長(しんちょう)は志保(しほ)よりも低(ひく)く見(み)える。袴(はかま)の上(うえ)から着(き)ている羽織(はおり)も丈(たけ)が合(あ)っていなかった。

「舞君(まいくん)と翔(しょう)さんはどのような関係(かんけい)なのかね?」

「一言(ひとこと)で言(い)うと親戚(しんせき)ですね。翔(しょう)さんの家系(かけい)が本家(ほんけ)で、私達(わたしたち)の家系(かけい)が分家(ぶんけ)と呼(よ)ばれています。」

舞君(まいくん)に懐(なつ)かれてる私(わたし)を見(み)て、翔(しょう)さんは不思議(ふしぎ)に思(おも)ったらしい。

「二人(ふたり)はどのような関係(かんけい)ですか?」

「取材(しゅざい)の時(とき)に知(し)り合(あ)ったんだ。」

敬語(けいご)が抜(ぬ)けていると気付(きづ)いた私(わたし)は一瞬(いっしゅん)焦(あせ)ったが、翔(しょう)さんはにこりと笑(わら)った。

「大丈夫(だいじょうぶ)ですよ、お客様(きゃくさま)ですから。それに、僕(ぼく)も小説家(しょうせつか)である先生(せんせい)にお聞(き)したいことが沢山(たくさん)あります。」

翔(しょう)さんは部屋(へや)の奥(おく)に入(はい)った。どうやら、支度(したく)をしているらしい。


 そして翔(しょう)さんは洋服(ようふく)に着替(きが)えていた。半袖(はんそで)のシャツにベスト、それから紺色(こんいろ)のスラックスという服装(ふくそう)だ。更(さら)に手(て)には小(ちい)さな鞄(かばん)を持(も)っていた。

「これから出掛(でか)けます。良(よ)かったら皆様(みなさま)もご一緒(いっしょ)しませんか?」

私達(わたしたち)は翔(しょう)さんと共(とも)に外(そと)へ出(で)た。そして、旧市街(きゅうしがい)の大通(おおどお)りにある『高月堂(たかつきどう)』という店(みせ)に入(はい)る。



 『高月堂(たかつきどう)』は和菓子屋(わがしや)と茶房(さぼう)になっていた。夏(なつ)のこの時期(じき)だからか、かき氷(ごおり)がよく売(う)れている。翔(しょう)さんが客達(きゃくたち)をしばらく見(み)ていると、一人(ひとり)の店員(てんいん)が声(こえ)を掛(か)けた。

「翔(しょう)!それと、横(よこ)に居(い)るのは…。」

「従姉妹(いとこ)の舞(まい)さんと、それからお客様(きゃくさま)の渡辺(わたなべ)さん達(たち)だよ。」

「そっか、鈴芽達(すずめたち)は先(さき)に来(き)てるぞ。」

店員(てんいん)が差(さ)した先(さき)には男女(だんじょ)一組(ひとくみ)が席(せき)に座(すわ)っている。

「翔君(しょうくん)!こっちだよ!」

「先(さき)に座(す)わっているよ。」

二人(ふたり)は翔(しょう)さんと仲(なか)が良(よ)い知人(ちじん)らしく笑(わら)いながら招(まね)いた。私達(わたしたち)も一緒(いっしょ)に座(すわ)らせてもらう。そして、それぞれかき氷(ごおり)を注文(ちゅうもん)し、一緒(いっしょ)に食(た)べた。


 私達(わたしたち)が来(き)てからまず話題(わだい)になったのは怪奇小説家(かいきしょうせつか)『闇深太郎(やみしんたろう)』としての私(わたし)の話(はなし)だった。稲守(いなもり)鈴芽(すずめ)さんが職業(しょくぎょう)は何(なに)かという事(こと)を聞(き)いてきたばかりについ盛(も)り上(あ)がってしまった。

「え、作家(さっか)さんなんですか?」

「ああ、最近(さいきん)は『月刊怪奇(げっかんかいき)』で連載(れんさい)もしてるよ。」

『月刊怪奇(げっかんかいき)』の話(はなし)に反応(はんのう)したのは、八木(やぎ)久遠(くおん)さんだった。彼(かれ)は毎月(まいつき)それを読(よ)んでいるらしい。

「『月刊怪奇(げっかんかいき)』は学校(がっこう)の図書館(としょかん)に置(お)かれていたよ。かなりマイナーな雑誌(ざっし)だけど、僕(ぼく)は読(よ)んでる。」

「へぇ、確(たし)か『聖都怪談(せいとかいだん)』の陸奥(むつ)先生(せんせい)もそこで連載(れんさい)してたよね。」

すると、先程(さきほど)翔(しょう)さんと話(はな)していた店員(てんいん)の方(かた)が何処(どこ)からか色紙(しきし)を持(も)って来(き)た。この『高月堂(たかつきどう)』は著名人(ちょめいじん)のご贔屓(ひいき)の店(みせ)として巷(ちまた)では有名(ゆうめい)らしい。言(い)われて見(み)れば壁(かべ)にはサインや絵(え)が沢山(たくさん)飾(かざ)られていた。

「この店(みせ)には陸奥(むつ)先生(せんせい)もご来店(らいてん)してましたよ。もしかして、あなたも陸奥(むつ)先生(せんせい)のように取材(しゅざい)ですか?」

「いや、そうではないんだ。私達(わたしたち)はあくまで個人的(こじんてき)に旅行(りょこう)してるだけだよ。」

「そうですか…。それでは、ごゆっくり。」

店員(てんいん)はサインが書(か)かれた色紙(しきし)を受(う)け取(と)り、奥(おく)の部屋(へや)に入(はい)ってしまった。

「遊星君(ゆうせいくん)学校(がっこう)の時(とき)と雰囲気(ふんいき)違(ちが)うね。流石(さすが)この『高月堂(たかつきどう)』の跡継(あとつ)ぎだね。」

「先程(さきほど)の店員(てんいん)と知(し)り合(あ)いなのかね?」

「高月(たかつき)遊星(ゆうせい)君(くん)。彼(かれ)は『高月堂(たかつきどう)』の跡継(あとつ)ぎで僕達(ぼくたち)と同学年(どうがくねん)です。」

翔(しょう)さんはそう言(い)いながら溶(と)けかけたかき氷(ごおり)をゆっくり食(た)べた。


 これだけ見(み)れば、誰(だれ)も翔(しょう)さんを呪術師(じゅじゅつし)の末裔(まつえい)と思(おも)わないだろう。彼(かれ)は良(い)い意味(いみ)で平凡(へいぼん)な青年(せいねん)だった。私達(わたしたち)のように過酷(かこく)な運命(うんめい)に翻弄(ほんろう)され、普通(ふつう)の感覚(かんかく)を失(うしな)ってはいない。彼(かれ)はどのような日々(ひび)を送(おく)っていたのだろう。少(すく)なくとも、狂気(きょうき)を帯(お)びていた若(わか)かりし頃(ころ)の私(わたし)には想像(そうぞう)出来(でき)なかった。




 『高月堂(たかつきどう)』の店員達(てんいんたち)を始(はじ)め、今日(きょう)の聖都(せいと)は何処(どこ)か騒(さわ)がしい。菊本(きくもと)さんの話(はなし)によると聖都(せいと)の旧市街(きゅうしがい)は静(しず)かな町(まち)だそうだが、どういう事(こと)だろう。

「今夜(こんや)は聖都祭(せいとさい)なんです。それで皆(みな)さん忙(いそが)しくしていますね。」

「聖都祭(せいとさい)?ああ、『聖都怪談(せいとかいだん)』に出(で)て来(き)た祭(まつり)か。」

「そうですね。」

すると、稲守(いなもり)さんと八木(やぎ)さんは何(なに)かを思(おも)い出(だ)したように立(た)ち上(あ)がり、勘定(かんじょう)を机(つくえ)に置(お)いた。

「私達(わたしたち)、準備(じゅんび)があるからそろそろ行(い)かなきゃいけないの。お先(さき)に失礼(しつれい)します。」

「それじゃあね、翔君(しょうくん)と舞(まい)ちゃん。それから渡辺(わたなべ)さん、色々(いろいろ)とありがとうございました。」

彼(かれ)らが去(さ)った後(あと)、二人分(ふたりぶん)のかき氷(ごおり)代(だい)を受(う)け取(と)った翔(しょう)さんは、それを手(て)に載(の)せ、何(なに)か考(かんが)えているかのように無言(むごん)になった。その上(うえ)から更(さら)に私達(わたしたち)の代金(だいきん)を載(の)せる。

「私達(わたしたち)の代金(だいきん)だ。一緒(いっしょ)に払(はら)ってくれないか?」

「はい、ありがとうございます…。」

翔(しょう)さんは自分(じぶん)の分(ぶん)と合(あ)わせた代金(だいきん)の山(やま)をそのまま店員(てんいん)に支払(しはら)った。




 聖都祭(せいとさい)の直前(ちょくぜん)まで私達(わたしたち)は蝶野家(ちょうのけ)で翔(しょう)さんと話(はな)した。優太(ゆうた)は翔(しょう)さんのお母様(かあさま)である翠子(みどりこ)さんとお祖母様(ばあさま)の橙子(とうこ)さんと遊(あそ)んでいる。先程(さきほど)、私達(わたしたち)を案内(あんない)した家政婦(かせいふ)の平塚(ひらつか)静(しず)さんは帰(かえ)ってきた私達(わたしたち)を迎(むか)え、お茶(ちゃ)を用意(ようい)してくれた。


 翔(しょう)さんは羽織袴(はおりはかま)に着替(きが)え、ゆっくりとお茶(ちゃ)を飲(の)んだ。祭(まつり)の直前(ちょくぜん)だというのに随分(ずいぶん)と余裕(よゆう)だった。

「祭(まつり)の準備(じゅんび)には行(い)かなくていいのかね?」

「僕達(ぼくたち)が主催(しゅさい)という訳(わけ)ではないですからね。僕達(ぼくたち)の役目(やくめ)は祭(まつり)が無事(ぶじ)に終(お)わるか見届(みとど)ける事(こと)ですからね。」

翔(しょう)さんの腕(うで)には数珠(じゅず)が巻(ま)かれてあった。今(いま)の翔(しょう)さんは霊(れい)や妖(あやかし)が視(み)える状態(じょうたい)だ。

 そうでもしないと当主(とうしゅ)としての仕事(しごと)は出来(でき)ないのか。本当(ほんとう)なら視(み)えなくていいはずのものを視(み)て生(い)きてならないのか。私《わたし》はそんな翔(しょう)さんが気(き)の毒(どく)だった。


 だが、当(とう)の本人(ほんにん)はそれを気(き)にする事(こと)なく私達(わたしたち)にこんな事(こと)を聞(き)いてきた。

「それで、茂(しげる)さんは何故(なぜ)志保(しほ)さんとご結婚(けっこん)されたのですか?」

翔(しょう)さんは私(わたし)の前(まえ)に身(み)を乗(の)り出(だ)してくる。

「まさか君(きみ)が初対面(しょたいめん)の人(ひと)の色恋(いろこい)沙汰(さた)を聞(き)くような人(ひと)とは思(おも)わなかったよ…。」

「僕(ぼく)は純粋(じゅんすい)に興味(きょうみ)があります。何故(なぜ)茂(しげる)さんが結婚(けっこん)出来(でき)たのか気(き)になります。」

「まぁ、色々(いろいろ)と深(ふか)い事情(じじょう)があってね…。」

私(わたし)よりも先(さき)に話(はなし)出(だ)したのは志保(しほ)だった。志保(しほ)は私(わたし)が知(し)らない私(わたし)の過去(かこ)を語(かた)り始(はじ)めたのだ。翔(しょう)さんは最初(さいしょ)こそ目(め)を輝(かがや)かせて聞(き)いていたが、だんだん考(かんが)え込(こ)み出(だ)した。

「志保(しほ)さんの話(はなし)が本当(ほんとう)なら、茂(しげる)さんはかなりの期間(きかん)妖(あやかし)に憑依(ひょうい)された事(こと)になりますね。それでよく生(い)きて正気(しょうき)に戻(もど)れましたね。」

「そうなの、でも茂(しげる)が無事(ぶじ)で良(よ)かったよ。」

「茂(しげる)さんも志保(しほ)さんもお互(たが)いの事(こと)が大切(たいせつ)なんですね。そんな仲(なか)が少(すこ)し羨(うらや)ましいです。ですが、僕(ぼく)にも居(い)ますよ。本当(ほんとう)に好(す)きで大切(たいせつ)な方(かた)が。」

翔(しょう)さんは照(て)れ隠(かく)しに笑(わら)った。若(わか)くしてそのような大切(たいせつ)な存在(そんざい)に気付(きづ)けたのだろうか。だからこそ、どんな困難(こんなん)があっても乗(の)り超(こ)えられたのだろう。翔(しょう)さんは立(た)ち上(あ)がり、再(ふたた)び出掛(でか)ける準備(じゅんび)を始(はじ)めた。




 それから、私達(わたしたち)は聖都祭(せいとさい)へ向(む)かった。都(みやこ)で行(おこな)われる盛大(せいだい)な祭(まつり)。私(わたし)は輝(かがや)かしいものとばかり思(おも)っていた。

 だが、そこで待(ま)っていたのは異様(いよう)な光景(こうけい)だった。誰(だれ)が今夜(こんや)この聖(せい)なる都(みやこ)が異形(いぎょう)が蔓延(はびこ)る魔境(まきょう)と化(か)すと想定(そうてい)出来(でき)ただろう。そうとは知(し)らず私達(わたしたち)は会場(かいじょう)へと向(む)かっていった。




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