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煤まみれの騎士  作者: 美浜ヨシヒコ
第六部
222/223

222_踏み出せぬ足

 麦畑を脇に逸れ、立ち並ぶ穀倉(こくぐら)の前へ来たエステル。

 近くで苛烈な戦闘が行われていたこの場所に、誰かが居るはずも無い。

 にもかかわらず、どうしてか人影があった。


「やあ」


「ティセリウス団長……」


 彼女はそこに居た。

 もう一人の英雄、エミリー・ヴァレニウスである。


「気づいたのが私で悪かったね。まあ、彼は女性の視線に鈍感だから」


 強い魔力を持つ者同士の感応なのか、それとも、何某(なにがし)かの勘なのか。

 エミリーが戦闘を見ていたことに、エステルだけが気づいていた。


「手伝ってくれれば良かったものを」


「何をバカな……」


 一方は神威のもと戦う聖職者。

 もう一方は敵の将軍と、それに協力する逃亡者。

 常識的に言って、後者への加勢などあり得ぬ話であった。


「なら、どうして司祭に協力しなかった? そもそも何故ここへ来た? 第五騎士団は戦闘中だろう?」


「…………」


 突き動かされるようにロルフを追ってきた。

 だが、それだけだ。

 彼の戦いを、遠くから傍観しただけ。

 エミリーはその事実から目を逸らすように、エステルへ水を向けた。


「……ティセリウス団長。出頭してください」


「何の(とが)で?」


(とが)が無いことを証明するために出頭するんです」


 エステルの暗殺を企図した人物が、権力の中枢近くに居ることはまず間違いない。

 もはや戻ったところで、危険は付きまとうだろう。

 だがそれでも国に戻り、法のもと正しく抗弁するのが、本来とるべき道である。

 エステルにも、それは分かっていた。だが……。


「ふむ。やめておくよ」


「貴方には、貴方を信じる人たちへの責任があります」


「キミのようにか?」


 ここに居る二人は、大国の行くすえに関わる二人である。

 背負うものの大きさは、常人には測れない。


「責任から逃れることは出来ません」


「人としての責務と向き合うため、国を去るのだ」


「そんな言葉遊びはどうでも良いです」


「ふふ。辛辣だね」


 エステルは気づいていた。エミリーの瞳に昏いものが宿っていることに。

 もし、エミリーがそれに抗うというなら。選ぶべきを選び取るというなら。それは誰にも侵せぬ権利であるはずだ。

 だから訊いた。訊いてやりたかった。


「ヴァレニウス団長。キミも一緒に来ないか?」


「どこへ行くんです?」


「行き先はまだ分からないが、ただ決めたんだ」


「何を?」


「私はロルフと共に行く」




「………………」


 驚愕に目を見張るでもなく、呆れに嘆息するでもなく。

 エミリーはただ、無表情であった。


「……何を言ってるのか、分かってるんですか?」


「分かっているよ。それで、どうだい? 一緒に」


「行ける訳がない」


「そうか……」


 行かぬならせめて"行かない"と、意志のもと言って欲しかった。

 エミリーはまだ、運命のせいにしている。

 エステルは悲し気に目を伏せた。


「貴方も行かせない」


「でも決めたんだよ」


「貴方に決める権利は無い」


 私にも無いように。言外にそう告げるエミリー。

 エステルは、彼女の視線を受け止めている。


「キミが言うとおり、私には責がある。多くの者の信を背負っている」


「………………」


「国を去るということは、私を信頼する大勢の者たちを裏切るということ」


「それは理解しているんですね」


「当然だろう。絵物語ではないのだ。格好のつく選択肢を採れば良いというものではない」


 人としての責務と向き合う。エステルが口にしたそれを言葉遊びと断じたエミリー。

 エミリーの思うところは、エステルにも分かっていた。


 立ち向かうだの覚悟だのと、見映えの良い言葉で飾っても意味など無い。

 人と人が連なって出来上がる世において、自身が願うとおりの選択など、そう簡単に出来るものではない。

 まして立場ある身であれば、それが出来ると考えることこそ勝手に過ぎるのだ。

 エミリーの思いは、とどのつまり正論であった。


「だがな、ヴァレニウス団長」


 真剣な表情を見せるエステル。

 正面からエミリーの目を見据えている。

 これから大事なことを言うのだという意思表示であった。


「そんなのはクソ食らえだ」


「…………意外と下品な言葉を使うんですね」


「別れたからな。上品で清廉の極みにある女神様と」


 堂々とそれを言うエステル。

 第一騎士団の団長から、不世出の英雄から、そんな言葉が出てしまう。

 少し以前なら、まず考えられなかった状況。世界が大きく動いていることの証左と言える。

 変化を苦痛と感じるエミリーにとって、いよいよ耐えがたいことであった。


「それなら……私はこうします」


 説得が不可能だと知り、エミリーは腰の剣を抜いた。

 瞳が、さらに昏きへ落ちていく。


「そうか、分かった」


 エステルも、手にしていた剣を構える。

 新旧の英雄が剣先を向け合うかたちとなった。


 もっとも、剣技においては確実にエステルが勝っている。

 一対一で斬り結んだなら、本来エミリーに勝ち目はないだろう。


 だが、エステルは明らかに深手を負っている。それはエミリーの目に明白だ。

 先ほどの戦いでは、馬に乗るだけでも終始苦しげであった。

 今も見るからに顔色が悪く、その顔を冷や汗で覆っている。

 そのうえ、装備は一振りの剣だけ。銀の鎧も無く、シーツを体に巻くのみである。


「…………」


 そして、そもそもエミリーとて相当に強い。

 この状況であれば、自分が有利であろうとエミリーは思っている。


 だが次の瞬間、それが間違った認識であると彼女は悟った。

 エステルの剣先が、瞬きする間に迫って来たのだ。


「!!」


 咄嗟に剣で払い、横へ跳ぶエミリー。

 この攻防だけで、エミリーは総毛だつまでの恐怖を味わう。

 エステルが負傷していなければ、今ので終わっていたかもしれない。


『雷迅剣』(フィアースヴォルト)!」


 即座にエミリーは魔法剣を発動し、雷撃を剣に纏わせた。

 逃げ出すことは出来ない。

 エステルを、そこへ行かせるわけにはいかない。


「剣を合わせただけで、相手を感電死させ得るらしいな」


 それを知りながら、剣を引かないエステル。エミリーはそれが気に入らなかった。

 いや、この女はずっと気に入らない。

 エルベルデ河で、負傷して眠るロルフの傍からずっと離れなかったこと。

 ロルフを第一騎士団へ引き抜こうとしたこと。

 それらの記憶は、今なお苦い。


「せいっ!!」


 剣を大きく振り下ろすエミリー。

 ガードも許されないエステルは、後方転回、いわゆるバク転で大きく躱し、距離をとった。

 傷病者と思えぬ動きである。


 だが、それは頭から痛みを消し去れる精神力ゆえの動きだ。

 傷が消える訳もなく、エステルはいっそう顔を白くしていた。


「第一騎士団の人たちも居るようですが、彼らも王国から連れ出すつもりですか?」


「私の(ともがら)を馬鹿にしないでもらおうか。彼らも皆、自ら決断したのだ」


 誰かと違って、とは言わなかった。

 それでもエミリーは唇を噛みしめる。


「騎士が主君を裏切ることの何が決断ですか! まして王国騎士は皆、女神様の尖兵です!」


「今回おかしな者も紛れ込ませてしまったが、第一(うち)は本来、極上の精鋭揃い。神の頸木(くびき)を折り砕く者も少なくないのさ」


「訳の分からないことを……。誰も彼も、自分に酔い過ぎなのよ!」


 剣を横薙ぎに繰り出すエミリー。迸る激しい雷撃には必殺の圧力があった。

 だがエステルは冷静に一歩を下がって躱す。

 そしてエミリーの振り終わりに合わせて踏み込むと、逆に剣を振り入れた。


「く!」


 焦りに声をあげつつも、エミリーはがきりと剣でガードする。

 そして剣へ雷撃を通そうとするが、エステルは一瞬で剣を外し、跳び退(すさ)った。

 攻撃時と違い、自分でタイミングを決められない防御時は、エミリーも剣を合わせただけで感電させることは出来ない。

 エステルは、それを易々と看破していた。


「……ティセリウス団長。霊峰の戦いの前、貴方は第五騎士団の本部に来ました。覚えていますか?」


「覚えているとも」


「貴方はその時、ロルフに(くだ)ることは無いと言いました」


「ああ、言った」


 首肯を返すエステル。

 人の台詞をずいぶんと細かく記憶しているものだと、半ば場違いな感心を抱くのであった。


「こうも言いました。騎士の誓いを(たが)えることは、絶対に無いと」


「うむ。それも言った」


 エミリーは苛立つ。

 エステルの態度は、何ら後ろめたさを感じさせない。


「嘘だったのですか?」


「結果的にそうなったな。あるべき騎士道に立ち返ったとも言えるが」


 エミリーは名状しがたい思いに襲われた。

 頭に熱い血が上るような、全身の血が冷えるような。

 いずれにせよ、目の前で虚言を弄する女が不快であった。


「いま分かったが、私はこれに憧れていたようだ」


「え?」


「乙女だからな、私も。男を争って剣を戦わせるという状況。憧れぬはずも無し」


「バカなことを!」


 エミリーは雷撃を撒き散らしながら、剣を上段に振りかぶった。

 対するエステルは、慌てず正眼に構える。


「…………っ!」


「ふむ……」


 慎重さ。或いは戦場で忘れてはならない臆病さ。

 それの賜物であろうか、エミリーは激昂のままに剣を振り下ろそうとはしなかった。

 暴威を叩きつけて勝てる相手ではない。

 手負いとはいえ、げに恐ろしきはエステル・ティセリウスであった。


「………………」


「………………」


 ティセリウスの方も、近い感想を抱いている。

 目の前の女性は、間違いなく強い。

 エルベルデ河の時から比べれば、まるで別人である。

 血と死の転がる戦場を歩き続け、少女はそこへ至ってしまったのだ。


「………………」


「………………」


 長い長い沈黙。

 二人は動かなかった。

 剣先に一寸の震えも無く、ただ雷の爆ぜる音だけが響く。


「………………」


「…………ここまでにしよう」


 沈黙の果て、エステルは停まった時から帰還する。

 構えを解き、終了を宣言した。


「……ここまで、とは?」


「そのままの意味だよ。もうやめておこう」


「何を勝手な」


「だが千日手だよ。キミの剣は私に当たらない。私の剣も、キミに当たらない」


 エミリーは確かに強いが、何手先でも刃を受けない自信がエステルにはあった。

 だが、雷撃を掻いくぐって彼女へ刃を到達させることも、まず出来ない。

 正確には、負傷している今の身では出来ない、であるが、そうは言わなかった。

 対してエミリーは、思っていることを告げる。


「貴方が無防備に立っているだけの今なら、当たるかもしれない」


「では、やってみたまえ」


「………………」


 再び沈黙が訪れる。

 エステルは動かなかった。

 そして数分ののち、エミリーは悔しげな表情で構えを解く。


「痛み分けだな。まあ、当たらぬ剣を振り回しても不毛なだけだ」


「………………」


「それじゃあ、私はもう行くよ」


 エミリーは問わない。本当に行くのか、などとは。

 次に会うのは戦場だ、などとも言わない。

 ただ、強く踏み出されたエステルの足から、目を離すことが出来なかった。

 怒りと羨望がない交ぜになった感情が、心を絡め取っていく。


「………………」


 闇の色が濃くなった眼で、エミリーは立ち尽くしていた。


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今回も大幅加筆修正!
Web版では出番の無かった人気キャラも登場!
どうぞよろしく!

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― 新着の感想 ―
一先ずエステルさんを早くお風呂に入れてあげて! イソジンでうがいも!
エミリーも、もう少しシャキっとしてたらエステルみたいに暗殺の対象になってたかもしれませんね。というか王女様が心配で仕方ない…
エミリーは真面目で優しい。規則は遵守する。女神を盲信するが故に、王国が最後には正義を為して自分とロルフのハッピーエンド!をまだどこかで信じている。 だが、彼女は自らを省みるべき。 ロルフを愛しく思いな…
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