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煤まみれの騎士  作者: 美浜ヨシヒコ
第六部
220/220

220_黄金の野に駆ける1

 稲穂をかき分け、疾走する。

 ざふり、ざふりと蹄が土を打ち、二頭の馬が突進していった。

 だが、セルベルは遠い。


 奴は悠然と瑞弓(ずいきゅう)カレドホルムを構えた。

 すると、きぃんと耳鳴りのような音が響き、弓が強く発光する。

 おそらく魔力が充填されているのだろう。

 音は一段階、もう一段階と高くなっていく

 そしてセルベルはにやりと笑った。

 充填が完了したのだ。


 引き絞った弓から、斜め上空へ矢が放たれる。

 矢は光の糸を引いて空へ上っていき、爆ぜた。


「回避しろ! ロルフ!」


 ティセリウス団長が叫び、馬を横へ旋回させる。

 同様に、俺も反対方向へ馬首を向けた。


 俺たちが左右に大きく離れたその間を、容赦なく光雨が刺す。

 雨は、ぼしゅりと音をあげて稲穂の束を消し去り、土に穴を開けていった。

 見るからに威力が高く、掠っただけで大ダメージを負うと分かる。

 いや、俺の場合は即死だ。

 迫る雨を背後に感じながら、俺は全速で馬を走らせた。

 反対方向ではティセリウス団長も同じようにしているはずだ。


 そして、どうにか雨を振り切る。

 光雨が止んだのを確認し、改めて馬を前方へ。

 俺はセルベルへ向け、一気に駆け出した。ティセリウス団長も同様だ。二頭の馬がセルベルへ向かっていく。


 奴は、直上へは矢を放てないはず。自分が攻撃範囲に入ってしまうからだ。

 セルベルが自身に障壁を張っても、あの矢は到底防げない。

 それは広場への攻撃でも明らかになっている。


 よって、懐へ入れば有利を取れるはずだ。

 弓使いが相手なら、一にも二にも接近である。

 ティセリウス団長も同じように考えているだろう。

 だが、そんな俺たちの視線の先で、セルベルは弓を構えた。

 自身の直上に向けてである。


「放てるのか!?」


 疑問に叫ぶ俺をよそに、奴は矢を(つが)えた。

 またも耳鳴りのような音が響き、弓が光り輝く。

 それだけではない。

 セルベルと両隣の騎士を囲み、半球状の魔法障壁が出現した。


「!」


 音は段階的に高くなっていき、やがて鼓膜を刺すような高音となった。

 奴は薄く笑い、充填の完了した弓から矢を射る。

 矢は発光しながら真上へ伸びていき、セルベルの直上で弾けた。


「くっ!」


 俺は馬を急旋回させ、セルベルから離れる。

 一瞬でも早く、攻撃範囲から逃れなければならない。


 そんな俺へ追い縋るように、無数の光がスコールとなって降ってくる。

 光はざくざくと地面に刺さり、着弾地点の稲穂を消し飛ばした。

 あとに残った地面は、まるで干ばつ後のように渇いてひび割れ、大きく抉られている。

 生命という生命に、その存在を許さぬかのような暴威であった。


「神はこういうのが好きなのか? やはり気が合わないな!」


 憎まれ口を叩く。

 同感だったらしく、馬がさらに速度を上げた。

 そしてどうにか光雨の攻撃範囲から抜け出す。


「奴は?」


 見ると、セルベルと両隣の騎士は当然のように無事であった。

 奴らの周りに現れていた障壁が、ふわりと消える。

 あの障壁は神器の機能だろう。

 自らを攻撃してしまわぬよう、安全措置(セーフティ)が設けられているのだ。


「厄介だな……」


 常歩(なみあし)にし、馬のスタミナを回復させる。

 広い麦畑、司祭セルベルの向こうに居るティセリウス団長も、同じようにしていた。

 馬に乗っているだけでも全身の傷が悲鳴をあげているはずだが、共に戦ってくれている。心強いことだ。


 だが、それにしても強力な攻撃である。

 光はまさに豪雨として、しとど降る。

 逃げずに躱し切るのは不可能。攻撃範囲から逃れるしか無い。


 強力な遠距離攻撃が出来れば、打開策たり得たかもしれないが、俺にそんなものは無かった。

 ティセリウス団長とて同様である。

 彼女は強力な魔法剣の使い手だが、魔法剣はあくまで近接か中間距離で運用されるものだ。


 いや、例外もあるか。

 高台の戦闘で見た、エミリーによるものと思われるあの雷撃。

 彼女がここに居たら、何とかなっただろうか?


「………………」


 頭を振って、そこから不毛な妄想を追い出す。

 今、俺と(くつわ)を並べてくれているのは、ティセリウス団長だ。

 手負いながら、英雄がここに居てくれる。

 彼女を信頼し、共に勝つのだ。


「神威に抗うなど無益です! 諦めなさい!」


 遮蔽物の無い麦畑だ。かなり遠くに居るセルベルだが、その叫び声は聞こえる。

 よく通る声で結構なことだが、諦めろと言われて諦めるわけがない。

 神威の前に膝をつくのが当然と、奴は思っているのかもしれないが。


 そして冷血の司祭は、三度(みたび)弓を構える。

 またも、きぃんという耳鳴りのような高音。

 音は一段階ずつ高くなっていき、魔力の充填を伝えた。

 弓は光り、(つが)えた矢にその光が移る。


 だが、俺たちは今、良い位置をとっている。

 俺とティセリウス団長は、セルベルを挟んで反対方向に居るのだ。

 揺れる稲穂たちの向こう、遠くからティセリウス団長が俺を見ている。

 彼女も、俺と同じことを考えているようだ。


「…………」


 互いに頷くと、同時に馬を走らせる。

 そして反対方向から、二正面でセルベルに向け突撃した。


 しかしセルベルに焦りは見られない。

 彼はティセリウス団長側の上空へ向け、矢を放つ。

 そして爆ぜた矢から、光の雨が現れる。


 すかさず第二矢を(つが)えるセルベル。

 それを俺の方の上空へ向けて発射する。


「……!」


 爆ぜ、現出する無数の光。

 この攻撃は、同時に複数を繰り出せるらしい。

 すでに馬を旋回させている俺とティセリウス団長は、全速で逃げ出した。


「二正面作戦も駄目か!」


 遠く背後でセルベルがどういう表情をしているか、想像出来る。

 逃げ切り、やがて雨は収まるが、奴から大きく離されてしまった。

 どうにも近づけない。

 見ると、遠くとも表情が分かってしまった。奴は想像どおりの笑顔を浮かべている。


「もっと逃げ回っては如何ですか? そこに居ても矢は届きますよ!」


 いちいち言われずとも分かっている。ここから建物を幾つも挟んだ広場にまで攻撃してきたのだから。

 そうでなければ、いっそ無視して立ち去ってやりたいところだ。

 神の威を代行することに酔ったあの笑顔も、きっと歪むだろう。


 だが、奴は逆に口角を上げ、弓を構える。

 そして第一目標たるティセリウス団長の上空へ向け、矢を放った。


 現れ出でる光雨。

 光の群れが、滝のように大地を突く。

 それは見る間に範囲を広げ、光の大瀑布となっていった。


 そこから逃れ、ティセリウス団長は疾走する。

 無数の光が天から突き刺さる中、戦乙女が黄金の麦畑を駆け抜けていく。

 絵画のような光景だ。

 しかし目を奪われている場合ではない。


 俺は改めて打開策を考えるべく、周囲を見まわす。

 大きく広がる麦畑。

 今にしてみれば、セルベルがここに陣取った理由が分かる。

 建物の陰などに死角のとれる場所であれば、こちらにも採れる策があっただろう。

 しかし、この麦畑では奴の目から隠れることが出来ない。

 やはり戦場の設定は極めて重要だ。その点において、今回は向こうにアドバンテージを取られてしまった。


 いや……違う。

 隠れることは可能だ。

 馬上から戦場を見ているから気づかないのだ。

 ライ麦というのは、ものによってはかなり高い背丈に育つ。


 この麦畑でも、区画によっては百五十センチ以上の稲穂が並んでいる。

 そういう場所を選んで身を低くすれば、奴の視界から逃れることが出来るだろう。

 それでチャンスを作るか?


「…………」


 無理だろうな。

 セルベルの周囲は稲穂の背も密度も低い。

 近づけばすぐに見つかるだろう。

 そして下馬した状態で捕捉されれば、あの弓から逃げ切れない。


「!」


 セルベルの方へ目を向け、気づいた。

 奴の両隣に居た騎士たちの姿が無い。

 そして気づくと同時、俺の馬の進路上、その騎士たちが稲穂の壁から現れた。

 向こうが潜伏戦術を使ってきたのだ。


「油断してんじゃねえよボケカス!」


 俺に向けられる激しい叱責。

 叫んだのは、横合いから馬で突っ込んできたシグである。


 潜む敵兵に気づけなかった以上、反論出来ないが、ボケカスとは中々手厳しい。

 稲穂をかき分け猛スピードで接近するシグに気を取られていたせいでもあるのだが。


「ラァッ!」


 馬上から強振されるシグの剣。

 騎士はそれを自身の剣で防御するが、衝撃で後ろへ撥ね飛ばされる。

 その勢いのまま跳び退(すさ)り、彼は稲穂の向こうへ姿を隠した。

 もう一方の騎士も、同様に隠れる。


 シグの剣をガード出来ること、味方に合わせて即座に退()けることから見て、この騎士たちは実力者だ。

 将の護衛に就いているだけのことはある。


「風と違う揺れ方してたろ稲穂が。気づけボケカス」


「また言われた。で、奴らはまだ近くに居るか?」


「いや、もう居ねえ」


 シグの言ったとおり、ややあってセルベルの隣へ、あの騎士たちは戻った。

 同時に、光雨から逃げきったティセリウス団長がこちらへ合流する。


「やあ、シグ」


「あん? 何で俺の名を知ってんだよ」


 片眉を上げ、鬱陶しそうな表情のシグ。

 対してティセリウス団長は口元を綻ばせている。


「有名だからな。ロルフが背中を預ける存在として」


「悪名だろ、それ」


「そうだよ。嬉しいだろう?」


 そう問われ、毒気を抜かれたような顔になるシグ。

 珍しい光景であった。


「……で、奴が持ってんのが神器か。さっきの土砂降りもあれか」


「ああ、そうだ」


「だが状況が少し良くなったぞ」


 ティセリウス団長が言うとおり、確かにシグが居るのは有り難い。

 しかし、二正面で駄目だったものを三正面から攻めても、おそらく結果は同じだろう。

 遠くに見えるセルベルの表情が、いまだ余裕に満ちている点からもそれが分かる。


「神器と相対(あいたい)して勝利した者が、世に二人だけ居る。キミたちだ」


 ああ、状況が良いとはそういう意味か。

 確かにシグは霊峰で、俺は学術院で、神器を持った敵に勝っている。


「しかし、俺は今のところ打開策が思いつきません」


「知らねえけど、神器なら制約があんだろ」


 そのとおりだ。

 シグが叩き折った宝剣アルトゥーロヴナは、使用者のスヴェンから体力と魔力を吸い上げていた。その点は、のちにアルから聞いて裏が取れている。

 ラケル・ニーホルムが使った魔環フリストフォルにも大きな制約があった。彼女の寿命を代償としていたのだ。


 俺のイメージでは、対価を求めるのは悪魔である。

 神の愛は、信じる者にとって無償であるべきだと俺は思う。

 だが奴らの言う神は違うのだ。無料(ただ)で力は貸さない。


 瑞弓(ずいきゅう)カレドホルムも、無条件であの攻撃を繰り出せる訳ではないだろう。

 それが出来るなら、最初から光の雨でティセリウス団長ごと村を滅ぼしてしまえば良かったのだ。奴らを酔わせる神罰よろしく。

 司祭セルベルは、それを躊躇しなかったはずだ。

 しかし不可能だった。制約なり条件なり、何かあるのだ。必ず。


「その制約が分かれば良いのだが、私は逃げるのに必死で、あの攻撃をあまり観察出来ていない」


「俺もです」


「それじゃあ、もう一度よく見ろ」


 言って、シグが馬を走らせた。そしてセルベルへ突撃していく。

 考えるより行動の男である。


 セルベルは酷薄な笑みを浮かべ、弓を構える。

 きぃんと響く、耳鳴りのような音。

 弓に宿る光。

 一段階ずつ高くなっていく音に合わせるように、セルベルは笑みを深めていった。


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今回も大幅加筆修正!
Web版では出番の無かった人気キャラも登場!
どうぞよろしく!

8巻カバー


― 新着の感想 ―
シグが来ると、一気に死亡フラグを折っていく感じがいい。
瑞弓カレドホルム、弓という中長距離兵器のアドバンテージを十分に生かした攻め方ですね。 威力が絶大すぎて司祭本人の魔力だけで賄えるとは思えずどこからもってくるのか? (弓自体に増幅効果があるとしても破格…
シグはほんとに頼りになるな 何が腹立つって麦が実ってる畑を襲うって、下手すればそこら辺の財産奪うより酷い行為なんよ
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