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煤まみれの騎士  作者: 美浜ヨシヒコ
第六部
205/210

205_要請

「落ち着きました。ロルフ殿、それと皆さま。かたじけない」


 軍本部の医務室。

 俺の目の前では、白髪と白髭を持つ紳士が、ベッドに腰をかけている。

 彼はロンドシウス王国の第一騎士団で副団長を務める男、フランシス・ベルマンだ。


 ヘンセンの軍本部を、この人が訪ねて来ようとは。

 明らかに只事ならぬ事態だが、傷病者を大勢で取り囲むわけにもいかず、この場には、俺のほか数名の武官と文官、および医務官が居るのみだ。


 もっとも、室外には当然、兵たちが待機している。

 相手は敵軍の幹部、しかもかなりの重要人物なのだ。

 本部全体が強い警戒感で満たされるのは当然である。

 ベルマンもそこには気づいているはずだが、特に気にした様子は無い。


「話に聞いたことがありますが、これは馬乳酒ですかな」


「え、ええ」


「実に美味だ。遠征で地方に行った際などは、その地特有のものを食すのが楽しみでしてな」


 ベルマンの手には、馬乳酒を綺麗に飲み干した椀があった。

 馬乳酒には酒精がほぼ含まれず、代わりに栄養価は高い。

 酸味が心地良く、疲れた者でも飲み易いため、傷病者へ供されることがあるのだ。


「ところ変われば文化も変わる。(こと)に、この種の発酵食は奥深い違いを見せてくれますな」


「まあ……そうですね」


 智者で鳴るこの人物は、魔族の文化にも知識を持っているようだ。

 とりあえず空の椀を持たせるのも悪いのでポットを手に取る。


「……では、良ければもう一杯」


「おお、有り難い」


 礼を言い、注がれた馬乳酒に口をつけるベルマン。

 味わい、僅かに相好を崩した。


「うむ」


 瞑目し、静かに頷いている。

 ティセリウス団長同様、この副団長も絵になる人物である。


「それでベルマン副団長、何があったのですか?」


 わざわざ腹の探り合いをする状況でもあるまいと、俺は単刀直入に尋ねる。

 ベルマンの方も同じ意見であったようで、簡潔に即答した。


「襲撃を受けたのです」


「誰に?」


 いつ、どこでよりも重要な確認。

 本来の敵である魔族から攻撃されたなら、俺たちのもとへ来るはずが無い。


「第一騎士団の部下たちからです」


「…………」


「団長を標的とした夜襲です。野営中のところを狙われました」


 味方が守る野営地で就寝しているところを、内部から襲われたのか。

 襲撃者たちも、やることが徹底している。


「野営と言うと、進軍中だったのですか?」


「そうです。ダオハン族との戦いへ赴く途上でした」


 聞いている情報と符合する。

 第一騎士団は東部を離れて移動を開始していた。

 彼らが向かった先は、ダオハン族支配地域なのではないかと予想されていたのだ。

 そこへ向かったリーゼたちが第一騎士団とぶつかる可能性があったが、状況はまた変わったらしい。


 何もかもが、目まぐるしく流転する。

 何人もの人間が、盤上に(はかりごと)を持ち込んでいるのだ。


「貴方がた連合がダオハン族への援軍を出しているなら、その軍と戦うのは第一騎士団ではありません。第一は機能を失いました。それ以上のことは私には分かりませんが、伝令は出した方が宜しいでしょうな」


 彼は嘘を言っていない。

 こんなことを偽るために、第一騎士団の副団長たる人物を単身敵地に遣るなど、策としてまずあり得ない。

 俺は武官の一人に目を向けた。リーゼたちに伝令を出すのだ。

 武官が頷き、部屋を出ていくのを見届けてから、俺はベルマンへ向き直る。


「それで、ティセリウス団長の安否は?」


「分かりません。敵襲に晒される中、(はぐ)れてしまいました」


「そうですか……」


「ただ、状況は極めて悪い。団長はかなり深く負傷しています。あの傷では、そう遠くまで逃げられないでしょう」


 ベルマンはここヘンセンまで逃げ延びてきたが、ティセリウス団長はそれが望める状況ではないらしい。

 重傷を負っていては、馬を駆るにも限度がある。それでは、いずれ敵に見つかるだろう。

 ただ、ティセリウス団長がそうも傷を負わされる姿は想像しづらい。


「ベルマン副団長。虚を突かれたとは言え、ティセリウス団長がそこまで(おく)れをとるでしょうか?」


「敵が放った攻撃は、予想し得ぬものだったのです。団長も私も、まったく見たことの無い魔法攻撃を受けましてな」


「どんな魔法ですか?」


 問うと、ベルマンは目を伏せて息を吐いた。

 彼にしては珍しく、苦い顔をしている。

 椀を握る手に、少しだけ力が入っていることが分かった。


「雨のように降り注ぐ魔法です。その雨滴の一つ一つが、恐るべき殺傷力を持っていました」


「それは……確かに見たことがありませんね」


「ただ、聞いたことはあるのです。豪雨の如き光矢を降らせる弓があると」


 それを聞いて、ベルマンが見せている苦い顔の理由が分かった。

 襲撃者たちは、想像以上に危険な者たちだったのだ。


「弓……神器ですか」


「恐らく」


 相手が反動的な少数勢力でしか無いなら、ベルマンにとっても対応のしようはあるだろう。

 そもそも、中央にそういう者たちが居るのは、元より予想出来ていたことだ。

 だが襲撃者は、神器などというものを持ち出してきた。

 持ち出せるはずの無いものを持ち出し、しかも使い方を心得ている。

 つまり、ティセリウス団長を排除しようとしている勢力は、王国か教会の中枢と繋がっている可能性が高い。


「……そこまでの事態になっていたのですか」


 動乱の世。

 世界は、凄まじい規模と速度で動いている。

 歴史の流れを巨獣の歩みに(たと)えたのは、誰だったか。

 時代の鳴動というものは、決して止められないのだ。


「正直に申しまして、この老骨、これほどの状況は想像しませんでした」


「俺もです」


 ティセリウス団長が中央の不興を買っていたとは言え、彼女は重要な戦力なのだ。

 エミリーという、民の人気を集める次代の英雄が居たとしても、ティセリウス団長を排する理由にはならない。

 彼女は従属的とは言えず、中央にとって扱いづらい存在ではあったようだが、暗殺してしまうのは理屈に合わないのだ。


 俺の脳裏に、エーリク・リンデルの姿が浮かんだ。

 彼はかつて、第三騎士団の前団長、マティアス・ユーホルトを排除し、自身が団長に納まっている。

 今回、同じようなことをしている可能性はあるだろうか?


「…………」


 しかし、団を率いる地位を既に得ている現在、それをする利は無さそうに思える。

 彼の野心は中央へ向いているはずだ。

 他の騎士団の団長を追い落としても、さして彼の利益にならない。

 ましてティセリウス団長は中央での権勢を欲しておらず、かつ高官らとの関係も良くない。

 リンデルの栄達を邪魔する存在とは言えないのではないか。


「……暗殺を企てた者について、ベルマン副団長に心当たりは?」


「ご存じのことと思いますが、近年、団長は一部の高官から疎まれておりました。しかし、ここまでの挙に及び得る者となると……」


 言って、首を横に振るベルマン。

 彼にも思い当たるところは無いようだ。

 ティセリウス団長を殺すことで、いったい誰が得をするというのか。


 あるいは、損得とは別の(ことわり)で、あの聖者が……?

 いや、どうも答えは出そうにない。

 しかし、それでも今は行動を選ばなければ。


「ベルマン副団長。俺は、ティセリウス団長は健在だと思っています。副団長の考えは?」


「無論、同じです。団長はそう簡単にやられません。どこかで耐えているはず」


 静かな語り口であった。

 手に持った椀に目を落としたまま、彼は話す。


「ですが、かつて無い危機なのです。ロルフ殿」


「はい」


「団長を……エステルお嬢様を救って頂きたい」


「………………」


 ベルマンは、それを口にした。

 重大な意味を持つその言葉を。


「俺たちに、それを求めるのですか?」


「はい。お願いしたく」


「俺たちは敵、連合軍です」


「しかし今、最も頼りにすべきは貴方なのです」


 ティセリウス団長を救うための最適な選択がこれであると、彼は言っている。

 それは俺にとって有り難い評価であった。


 それに、彼女が国へ帰るのは難しいかもしれない。

 中枢権力に彼女を害する意思があるのだ。

 帰ったところで、再度刃を向けられるか、或いは何がしかの罪を着せられるか。

 一度ここまで大きな行動を起こした以上、相手ももう引き下がらない。


「ロルフ殿」


 ベルマンは、強い眼差(まなざ)しを俺に向ける。

 決断を迫る眼差しを。


「……分かりました」


 本来は、武官が即答してはならない案件である。

 だが、議会か族長に話を通してから回答します、などと言えば、いま得るべき信頼を損なうだろう。

 事後承諾になることを議会から責められはするだろうが、ここで日和った言葉は選べない。

 だから俺は、姿勢を正して今、答える。


「この将軍ロルフが請け負います」


書籍版『煤まみれの騎士』第8巻が、2026年5月17日に発売になります。

今回も大幅加筆でお送りします。

どうぞよろしく!

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書籍版『煤まみれの騎士』 最新第7巻 発売中!!
今回も大幅加筆修正でお届けしています!
どうぞよろしく!

7巻カバー


― 新着の感想 ―
ここでロルフが受けるのも想定内か? 絆よ、情熱よ、邪悪な謀を打ち破れ!
これロルフを誘き出すのが狙いだったり……?
リンデルではなさそうだなぁ 第一の騎士団と団長を消しても今更得るものはないし、王国が弱体化しすぎても困るだろう では誰が何のために? あの聖者一行なら騎士団を使い捨てにするだろうが…
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