201_思索と術策
俺は、反乱軍駐在武官のオフィスに来ていた。
反乱軍は、旧アルテアン領を本拠とする元傭兵らで構成された一団である。
王国に弓を引き、霊峰では反体制派として俺たちと共に戦った人間たちだ。今では連合の一員となっている。
反乱軍と呼称されているのは、彼らが歴史上初めて、王国へ反旗を翻した者たちだからだ。そこへの矜持を含ませた名称である。
「…………」
そう。歴史上初めて。
これまで、そんな者たちは居なかった。
建国以来、王国において軍事的紛争を伴う内乱が起きたことは無かったのだ。
これは改めて考えれば異常なことである。
ロンドシウス王国は約五百年前に建国されたと言われている。
教会と同様、王国建国にまつわる歴史も嘘で糊塗されている可能性があるが、いずれにせよ国が成立したのは数百年から昔のことだ。
それだけ長きに亘って、あれほどの規模を持つ国が、内乱の憂き目に一度も遭っていない。
本来ならそれは、奇跡に等しい話である。
ヨナ教と神疏の秘奥を用いた支配システムが国を堅固にし、その僥倖をもたらしたのであれば、それを良しとすべきだろうか?
魔族という外敵を設定することで国内をまとめ上げることが出来たのであれば、たとえそこに嘘があっても、支配者としては正しいやり方なのだと言えるだろうか?
否である。
やり方の是非を問う以前に、そもそも内乱が無くとも、それ以上に血は流れているのだ。
終わらぬ戦いは、人間と魔族の双方を死なせ続けている。
突飛な推測かもしれないが、おそらくラクリアメレクの目的は、国の繁栄と安定ではない。
そもそも学術院の地下で会った時、奴には王国への執心が見られなかった。
奴はむしろ、王国のことも道具と見做している。
学術院での陰謀自体、まさにそれを証明するものであった。
王女に対する弑逆未遂は、挙兵を伴っている。
政権奪取を目的としなかったため、クーデターでこそないが、あれは内乱だ。
今まで起こり得なかった内乱を、奴はあっさりと起こした。まるで事のついでのように。
奴には、国を乱すことに対する忌避感など無いのだ。
いったい聖者の目的は何なのか。
いや、そもそも目的があるのか?
永く生きる身ゆえ退屈を嫌い、ただ徒に世を乱している、ということすら有り得る。
馬鹿げた話だが、この世界には大して価値が無いと宣う男のやることだ。絶対に無いとも言えない。
「ロルフ。出来たよ」
考え込む俺へ、このオフィスの主がそう告げてきた。
反乱軍の武官としてヘンセンに駐在しているフリーダである。
「ありがとう。見せてくれ」
紙を受け取り、そこへ目を落とす。
彼女が作っていたのは行程表だ。
「ダオハン族への援護は重要だからな」
「だね」
現在、レゥ族と程近い地域に住む氏族、ダオハン族に対して、王国からの攻撃が予想されている。
これに対してレゥ族が援軍を出す予定だが、旧アルテアン領に居る反乱軍もそこに加わるのだ。
さらにヘンセンからも軍を出し、ダオハン族を援護する。
元よりダオハン族は連合への参加を予定していた氏族であり、ここは支援が必要なのである。
ダオハン族の支配地域は、旧アルテアン領やレゥ族支配地域のさらに向こう。
そこへ向かってヘンセンから出る軍は、途中で反乱軍およびレゥ族軍と合流しながら行軍する。
よって細かい調整が必要なのだ。
そのため、フリーダに反乱軍の行動計画をアウトプットしてもらったのである。
「自分が参加しない行軍にも気を配らなきゃいけないんだから、将軍は大変だね」
「兵たちにかける苦労を思えば、何てことはないさ」
今回ヘンセンから出兵するのは、リーゼが率いる軍である。
俺と、俺が預かっている軍はヘンセンに留まる。
しかし将として、計画のすり合わせには参加しなければならない。
「うん。必要な情報は揃っているようだ。済まないな、忙しいだろうに」
「いやあ、本当に面倒な部分はデニスに丸投げだけだから」
そのデニスこそ、人に任せられる仕事は極力任せるというスタンスだ。
仕事の出来る人間は任せ方を知っている、ということなのだろうが、それに倣ったフリーダから同じことをされるとは、皮肉な話である。
「行程表は軍本部に持ち帰って精査させてもらうが、計画はこのまま進めて問題ないと思う」
「了解。追加の確認事項があれば言ってね」
丸投げなどとは言っているが、実際のところ、フリーダは多忙を極めている。
正規の軍ではなかった反乱軍に、ここヘンセンで得た軍の運用ノウハウを展開することが彼女の任務だ。
だが、軍制──つまり軍事に関する様々な取り決めを、異なる組織にそのまま持ち込んでも機能しない。
そこを如何に反乱軍へ適用するか。彼女はその試行と精査に忙殺される毎日を送っている。
そのような中で、今回の行軍計画についても動いているのだ。
有能さは言うに及ばず、この勤勉ぶり。頭が下がる思いであった。
「ところで難しい顔してたけど、考えごと?」
デスクで伸びをしながら、フリーダが問う。
この有能な女性に意見を求めない手は無い。
「聖者ラクリアメレクについて考えていたんだ。奴について、分からないことが多すぎる」
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
兵法における基本中の基本。敵と味方を知っているならきっと勝てるという考えだ。
これはつまり、敵を知らぬままで居るのは危険極まる、ということでもある。
そのため、聖者や竜人に関する文献を調べたり、学者たちに協力を仰いだりもしているが、やはり情報は少ない。
常識の埒外に居るこの敵について、もっと色々な視点からの考察が欲しいところである。
「あたしは、歴史の裏に聖者が居るって聞いた時、そいつの組織力が気になったよ」
「ふむ。組織力」
重要な指摘であった。
聖者という強烈な存在に目を取られ、その周囲への警戒を忘れては勝ちようが無いのだから。
「教会の中枢にがっちり食い込んでるよね。聖者の意思が教会の意思だってぐらい」
「ああ。奥の院のお偉方とも繋がりがあるのだろう」
それこそ、教皇や枢機卿が聖者と通じている可能性が高い。
「繋がりがあると言うか、信頼出来る部下を教会に置いてるんだと思う」
「うん。確かにそう考えるのが自然だな」
たとえ聖者に人智を超える力があっても、奴だけで教会と王国を掌握出来るはずが無い。
奴にも組織があって、腹心のような部下が一人ならず存在し、そいつらを王国と教会の要所へ置いているのだ。
そう前提すべきだろう。
「そいつらを全員ぶっ飛ばしたいよ」
「同感だ」
「苛立つ話さ。長い間、どれだけの血と涙が流れてきたと思ってんのかね」
手のひらを拳でぱしりと叩くフリーダ。
表情には怒りがこもっている。その顔を、俺は見つめた。
「ん?」
「ああいや、言い方に迷うんだが……」
まじまじと顔を凝視され、訝しむフリーダ。
弁解するように俺は言った。
「こう、有り難いと思ってな。誰かが俺と同じ理由で怒っているのを見ると落ち着ける」
「そいつは真理だね。だから感情を見せる友だちは貴重なのさ」
フリーダの言うとおりである。
自分と同じ理由で怒っている友人の姿を見た時、怒りに裏付けを得たような心強い気持ちになれるものだ。
「俺ももう少し、感情の発露を心掛けた方が良いだろうか?」
「いや、ロルフは今のままの方が渋くて良いと思うよ」
渋いとは初めて言われたな。
二十二歳でその評価。喜ぶべきなのだろうか?
「まあ……より渋さの似合う歳まで生きるためにも、頑張らないとな」
いずれ髭でも蓄えてみるか? 案外、似合うかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺は話題を変える。
「ところで、アルテアン領から敵に関する続報は来ていないか?」
聖者のことばかり考え、目前の戦いを疎かにしては話にならない。
今はダオハン族への援護について考えなければ。
「報告は来てるよ。やっぱり第三が相手みたい」
「そうか」
俺は頷いた。
連合とダオハン族が戦う相手は、第三騎士団であると想定される。
確かに、各騎士団の任地や状況から言っても、それが妥当であるはずだった。
◆
「巧みですな」
感想をこぼす宰相ルーデルス。
窓外から広場を見下ろす彼の視線の先には、大きく展開する第三騎士団の姿があった。
近日中の出兵に向け、王都で訓練中──という体である。
つまり事実は違う。
出兵するように見せかけているのだ。
しかし、計画の立案から部隊の編制、行軍訓練まで、完全に説得力を伴うかたちで為されている。
そしてダオハン族支配地域へ向かう途上にある、ここ王都へ集まっているのだ。
まさに彼らの出兵を、誰も疑わない状況。
第三騎士団の団長、エーリク・リンデルの手腕であった。
「リンデルは情勢を逆手に取っているのです」
王女セラフィーナが応えて言う。
情勢とは、連合に属する人間が増えている現況を指していた。
人間であれば人類国家の味方であるとも断言出来ないのが、今の状況である。
連合側の魔族領に人間が居るように、この王都にも、連合に与する人間が居るに違いない。
もはや防諜が万全を期し得ぬ状況と言えた。
リンデルは、それを上手く利用している。
第三騎士団出兵の情報を広報こそしないが、しかし完全には秘匿しない。
誤った情報が真実味を持って連合に伝わるよう、匙加減をしているのだ。
「第一と第三では兵力も編制も、まったく違いますからな。そこを欺けるのは大きい」
ルーデルスが言った。
出兵するのは第一騎士団なのだ。
事前情報も無きまま王国最強の軍団とぶつかれば、連合軍は混乱するはず。
王国は、大きな戦略的優位を確保しようとしていた。
「…………」
にもかかわらず、セラフィーナの表情は優れない。
講和の失敗と、そこから続く苦しい状況。それらは、彼女の精神へ確実に霜を降らせている。
彼女の身辺を長く守っていた近衛隊長の戦死などは、特に悲しみをもたらした。
しかし、為政者の責務から逃れようとはしない。
周囲に失調を感じさせることがあったとしても、それは僅かな間のことであり、政務に穴を開けることは無かった。
故にこそ、今度の出兵計画も淀み無く進んでいる。
だが、表情を覆う陰が薄くなることは無く、ルーデルスは、そこに危機を感じずにいられなかった。
「殿下。第一の出兵に思うところはお有りでしょうが……」
「大丈夫です、ルーデルス。これが必要であることは分かっています」
ティセリウス伯爵家が中央との間に軋轢を生じさせている状況で、あえて第一騎士団が動員される。
高官たちが主張したこの計画は、つまりエステル・ティセリウスに叛意が無いことを証明するためのものだ。
それを内外に示すことで、英雄像のブレを修正する。
王国にとっても、エステルにとっても、必要なことであった。
「………………」
セラフィーナにとって、これを是認しなければならないのは辛い。
したくない決断をするたび、彼女は心痛に見舞われる。
政略に関する高度なセンスを持ち、かつ私心の無い王女セラフィーナであるが、おそらく彼女は政治に向いていなかった。
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