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煤まみれの騎士  作者: 美浜ヨシヒコ
第六部
199/206

199_賑わう街で

本日3/20より、第6部の最後まで投稿して参ります。

活動報告でお知らせしていますが、月水金18時の投稿となります。

お付き合い頂ければ幸いです!

 ヘンセンの市場は賑わいを見せていた。

 元よりこの街では定期的に市が立ち、周辺の集落からも人を集めていたが、最近はその定期市の頻度が上がっている。

 さらにバラステア砦以南からも訪れる者が増え、以前とは比べものにならないほどに活況であった。


 その活況の中を俺は、雑踏に隙間を見つけながら歩いている。

 この人波と、そして目に映る店先の光景に、つい口元が綻んだ。

 今までは考えられなかったほど、多種多様な人と品が集まっているのだ。

 あちこちに人間の姿もある。彼らはこの地の特産物を珍しげに見ているようだ。以前、トーリが賞賛した織物などは、とりわけ人だかりを作っていた。

 また、人間は売る側にも居た。この地では見られなかった品を色々と持ち込んでいる。貝の乾物を見かけた時は驚いた。かなり高価なはずだが、それでも幾つかは売れていたようだ。


「盛り上がっているな」


 熱気を感じる。人いきれと喧騒が、否応なく気分を高揚させていた。

 今、人が集まり、文化が交わり、そして機会が生まれている。

 街の姿は、新進の気風を感じさせるのだった。


「次はあっちです、ロルフ様」


「分かった」


 そんな中、ミアが行く先を指さしながら言う。

 彼女は俺の右腕に、座るように収まっていた。片手で抱き上げられているかたちだ。


 あまりに人の行き来が激しく、(はぐ)れそうだったので、こうなった。

 手を繋ごうとしたが、彼女は両手を差し出し、抱き上げるよう無言で求めてきたのだ。

 ミアは普段、子ども扱いを嫌がるが、時にこういう扱いを要求する。

 理解の難しい話である。


「ふふ、高いです」


 楽しげに笑うミア。

 身長一九〇センチの俺に抱き上げられ、ミアの視点は今、地上から二メートル以上のところにある。

 いつもは周囲を見上げる彼女だが、今は道行くすべての人々が眼下に居る状況だ。

 平素とまったく違う光景に、楽しくもなるだろう。


「ここです。お野菜」


「キャベツとセロリと、良いのがあればアスパラガスもだったな」


 目当ての野菜売りのところへ辿り着いた俺は、ミアを下ろしてやる。

 市場に来たのは、彼女がエーファに頼まれたお使いのためである。

 必要なものは普段の商店でも買えるが、市が立っている日はこちらの方が安い。

 俺は荷物持ちとして同行しているわけだ。左手に持った麻袋には、今日の買い物の成果が詰まっていた。


「店主。右端のキャベツを取ってくれないか?」


「お、いいの選ぶね」


 そう言って、店主からキャベツを受け取る。

 見たところ、巻きがしっかりとして葉にハリがある。

 だが重さも重要だ。


「ミア、どうだ?」


 セロリを見定めていたミアへ、キャベツを手渡す。

 彼女はそれを両手で受け取り、ふるふると上下に振った。

 眉間にしわを寄せ、真剣な表情をしている。


「重いです!」


「よし。店主、このキャベツと、あと彼女が選んだセロリと、それとアスパラガスはあるだろうか?」


「あるよ。いいのが」


 店主が出してきたのは、白いアスパラガスだった。

 西の方では野菜の女王とも呼ばれる代物である。

 ヘンセンで目にするのは初めてだ。


「これ、初めて見ます」


 ミアが珍しそうに、白いアスパラガスをまじまじと見ている。

 こういうことなのだ。人々が新しいものを知る。世界が広がる。

 街の発展の賜物である。


「よし、それも貰おう」


「まいどあり!」


 市場に来たのは正解だった。

 これで今日の買い物は完了だ。

 野菜を麻袋に入れると、俺は再びそれを左手に持つ。


「ん!」


 ミアが、両手を上げてアピールしてくる。


「…………」


 やはり、よく分からない。

 彼女は、(たま)にこういう振る舞いを見せるのだ。

 どうしてやるのが正解なのだろうか?


 ミアに対する優しさと甘さを混同してはならない。それは俺にも分かっている。

 彼女は想像を絶するほどに大変な思いをしてきた子であり、そのぶん思いに応えてやりたいとは思うが、願いを聞くばかりでは筋が違うのだ。

 自身の足で立って歩ける子にそうさせないのは、やはり正しくない。


「ん!」


「…………」


 ……しかしこの人混みの中、小さな彼女では歩くのも難儀するだろうし、激しく行き交う人に押されて怪我を負うこともあり得る。

 だから、今日のところはこうするのが妥当だ。

 そう考えながら俺はしゃがみ、彼女を右手に抱き上げるのだった。


 ◆


 少し経ち、ようやく混雑も落ち着いてきた。

 市場にはまた、ちょくちょく来るとしよう。

 養護院の子らにここを見せてやるのも良いかもしれない。


「あれ、何でしょうか?」


 ミアが指し示す先には、開放式の大きな天幕が出ていた。

 その天幕で作られた広い日陰には椅子とテーブルが並べられており、人々がそこで茶を飲んでいる。


茶店(ちゃみせ)のようだな」


 歩き疲れた買い物客へ向けた商売というわけだ。

 ヘンセンに店舗を構える茶店が出張してきたのだろう。


「…………」


 ミアが、俺の腕に抱き上げられたまま、至近から見つめてくる。


「寄っていくか」


「はい!」


 笑顔を咲かせるミア。

 茶店に入るだけのことでも、彼女にとっては新鮮な経験であるようだ。

 俺は天幕の下に入り、彼女を下ろしてやる。


「む? ロルフにミアではないか」


 そこで思いがけぬ顔と会った。

 この群衆の中で同僚と遭遇するとは珍しい。


「市場とは意外な場所に居るな、アル」


「マレーナがここを見たいと言うのでな」


 そう返して振り向くアルの後ろに、マレーナが居た。

 鮮やかな金髪のアルと、体の大きなマレーナは、様々な人々が行き交うこの場にあっても目立つ。


「アルさん、マレーナさん、こんにちは」


「こ、こんにちは、ミアちゃん。ロルフさんも。奇遇だあね」


「そうだな、マレーナ」


 飾り紐をあしらったワンピースに身を包み、常に無く瀟洒(しょうしゃ)な出で立ちのマレーナ。

 どうもここで俺たちに会ったのが気恥ずかしいのか、少し笑顔が強張っている。


「ミアは買い物に来たのか。ロルフは荷物持ちだな」


「はい。将軍様に荷物を持たせて申し訳ないですけど」


「ふ……。一軍の将にそれを願えるのは、貴公の特権だな」


 アルもマレーナも、それぞれ俺の自宅にほど近い場所へ居を構えている。

 つまりミアとも近所になるため、面識があるのだ。


「さて、私が飲み物を買ってくる。皆は席を確保してくれ」


「ああ、分かった」


 店が給仕するのではなく、客が茶を買い求めて席へ運ぶシステムであるようだ。

 アルがカウンターへ茶を買いに行くと同時に、俺たちは空席に向かった。

 少し奥、丁度空いていた四人がけのテーブルに座る。

 そして座るやいなや、興味を滲ませた声でミアが問うのだった。


「マレーナさん。今日はアルさんと一緒だったんですね」


「そ、そうだども、何というか、不安で」


「不安って、何がだ?」


 俯き、小さな声で言うマレーナ。

 両手の指先をもじもじと合わせている。

 戦鎚を手にした彼女は頼もしい存在だが、今は消え入りそうな印象であった。


「い、いや。おら、こんなだし。アルさんと居ると、何だか釣り合わねえし」


「そんなことは無いだろう」


 強い意志と慈愛を併せ持つマレーナ。端的に言って魅力的な女性である。

 だが、彼女自身の評価は違うらしい。


「で、でも。おら太ってて可愛くねえし」


「可愛いと思いますけど、それ以前に容姿と恋は関係ないです。姿かたちは問題になりません。種族や性別も、年齢も。そうですよねロルフ様」


「ああ……うん?」


 年齢は問題になる場合があると思うのだが。


「買ってきたぞ」


「あ、ありがとうだよ。アルさん」


 アルは茶をテーブルに置き、マレーナの隣に座る。

 四つのカップから良い香りが立ちのぼった。

 各々それを取り、口へ運ぶ。


「美味いではないか。そういえばヘンセンには喫茶文化が根付いているのだったな」


「ああ。このあたりでは良い茶葉が()るし、茶店も多い」


 この地に来て、俺はよく茶を飲むようになった。

 自宅で一人静かに椀を傾けるのも悪くないが、こうして活気ある屋外で友人と嗜む茶も良いものだ。

 とはいえ今日は、アルとマレーナの邪魔をしてしまったかもしれない。


「済まないな。二人きりのところへ割り込んでしまって」


「いや、見目好(みめよ)い女性と二人で居るばかりでは緊張してしまう。貴公らが居て助かったというものだ」


 こういう台詞をさらりと言えるアル。

 俺に言うあては無いものの、さすがに成人した男として見習った方が良いのだろうか?

 隣のマレーナが顔を真っ赤に染めているところを見ると、きちんと効果はあるようだ。


「無理はしない方が良いですよ。ああいう台詞は似合う人と似合わない人が居るので」


「…………」


 考えを見透かしたうえ、無慈悲なことを言うミア。

 俺は反論し得ず、ただカップを口に運ぶのだった。

書籍版『煤まみれの騎士』第8巻が、2026年5月17日に発売になります。

今回も大幅加筆でお送りします。

どうぞよろしく!

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書籍版『煤まみれの騎士』 最新第7巻 発売中!!
今回も大幅加筆修正でお届けしています!
どうぞよろしく!

7巻カバー


― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 書籍の発売楽しみです絶対に買いますね!
更新ありがとうございます! 書籍版を何周も読み返しながら待ってました!
更新ありがとうございます。 楽しみにします。
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