199_賑わう街で
本日3/20より、第6部の最後まで投稿して参ります。
活動報告でお知らせしていますが、月水金18時の投稿となります。
お付き合い頂ければ幸いです!
ヘンセンの市場は賑わいを見せていた。
元よりこの街では定期的に市が立ち、周辺の集落からも人を集めていたが、最近はその定期市の頻度が上がっている。
さらにバラステア砦以南からも訪れる者が増え、以前とは比べものにならないほどに活況であった。
その活況の中を俺は、雑踏に隙間を見つけながら歩いている。
この人波と、そして目に映る店先の光景に、つい口元が綻んだ。
今までは考えられなかったほど、多種多様な人と品が集まっているのだ。
あちこちに人間の姿もある。彼らはこの地の特産物を珍しげに見ているようだ。以前、トーリが賞賛した織物などは、とりわけ人だかりを作っていた。
また、人間は売る側にも居た。この地では見られなかった品を色々と持ち込んでいる。貝の乾物を見かけた時は驚いた。かなり高価なはずだが、それでも幾つかは売れていたようだ。
「盛り上がっているな」
熱気を感じる。人いきれと喧騒が、否応なく気分を高揚させていた。
今、人が集まり、文化が交わり、そして機会が生まれている。
街の姿は、新進の気風を感じさせるのだった。
「次はあっちです、ロルフ様」
「分かった」
そんな中、ミアが行く先を指さしながら言う。
彼女は俺の右腕に、座るように収まっていた。片手で抱き上げられているかたちだ。
あまりに人の行き来が激しく、逸れそうだったので、こうなった。
手を繋ごうとしたが、彼女は両手を差し出し、抱き上げるよう無言で求めてきたのだ。
ミアは普段、子ども扱いを嫌がるが、時にこういう扱いを要求する。
理解の難しい話である。
「ふふ、高いです」
楽しげに笑うミア。
身長一九〇センチの俺に抱き上げられ、ミアの視点は今、地上から二メートル以上のところにある。
いつもは周囲を見上げる彼女だが、今は道行くすべての人々が眼下に居る状況だ。
平素とまったく違う光景に、楽しくもなるだろう。
「ここです。お野菜」
「キャベツとセロリと、良いのがあればアスパラガスもだったな」
目当ての野菜売りのところへ辿り着いた俺は、ミアを下ろしてやる。
市場に来たのは、彼女がエーファに頼まれたお使いのためである。
必要なものは普段の商店でも買えるが、市が立っている日はこちらの方が安い。
俺は荷物持ちとして同行しているわけだ。左手に持った麻袋には、今日の買い物の成果が詰まっていた。
「店主。右端のキャベツを取ってくれないか?」
「お、いいの選ぶね」
そう言って、店主からキャベツを受け取る。
見たところ、巻きがしっかりとして葉にハリがある。
だが重さも重要だ。
「ミア、どうだ?」
セロリを見定めていたミアへ、キャベツを手渡す。
彼女はそれを両手で受け取り、ふるふると上下に振った。
眉間にしわを寄せ、真剣な表情をしている。
「重いです!」
「よし。店主、このキャベツと、あと彼女が選んだセロリと、それとアスパラガスはあるだろうか?」
「あるよ。いいのが」
店主が出してきたのは、白いアスパラガスだった。
西の方では野菜の女王とも呼ばれる代物である。
ヘンセンで目にするのは初めてだ。
「これ、初めて見ます」
ミアが珍しそうに、白いアスパラガスをまじまじと見ている。
こういうことなのだ。人々が新しいものを知る。世界が広がる。
街の発展の賜物である。
「よし、それも貰おう」
「まいどあり!」
市場に来たのは正解だった。
これで今日の買い物は完了だ。
野菜を麻袋に入れると、俺は再びそれを左手に持つ。
「ん!」
ミアが、両手を上げてアピールしてくる。
「…………」
やはり、よく分からない。
彼女は、偶にこういう振る舞いを見せるのだ。
どうしてやるのが正解なのだろうか?
ミアに対する優しさと甘さを混同してはならない。それは俺にも分かっている。
彼女は想像を絶するほどに大変な思いをしてきた子であり、そのぶん思いに応えてやりたいとは思うが、願いを聞くばかりでは筋が違うのだ。
自身の足で立って歩ける子にそうさせないのは、やはり正しくない。
「ん!」
「…………」
……しかしこの人混みの中、小さな彼女では歩くのも難儀するだろうし、激しく行き交う人に押されて怪我を負うこともあり得る。
だから、今日のところはこうするのが妥当だ。
そう考えながら俺はしゃがみ、彼女を右手に抱き上げるのだった。
◆
少し経ち、ようやく混雑も落ち着いてきた。
市場にはまた、ちょくちょく来るとしよう。
養護院の子らにここを見せてやるのも良いかもしれない。
「あれ、何でしょうか?」
ミアが指し示す先には、開放式の大きな天幕が出ていた。
その天幕で作られた広い日陰には椅子とテーブルが並べられており、人々がそこで茶を飲んでいる。
「茶店のようだな」
歩き疲れた買い物客へ向けた商売というわけだ。
ヘンセンに店舗を構える茶店が出張してきたのだろう。
「…………」
ミアが、俺の腕に抱き上げられたまま、至近から見つめてくる。
「寄っていくか」
「はい!」
笑顔を咲かせるミア。
茶店に入るだけのことでも、彼女にとっては新鮮な経験であるようだ。
俺は天幕の下に入り、彼女を下ろしてやる。
「む? ロルフにミアではないか」
そこで思いがけぬ顔と会った。
この群衆の中で同僚と遭遇するとは珍しい。
「市場とは意外な場所に居るな、アル」
「マレーナがここを見たいと言うのでな」
そう返して振り向くアルの後ろに、マレーナが居た。
鮮やかな金髪のアルと、体の大きなマレーナは、様々な人々が行き交うこの場にあっても目立つ。
「アルさん、マレーナさん、こんにちは」
「こ、こんにちは、ミアちゃん。ロルフさんも。奇遇だあね」
「そうだな、マレーナ」
飾り紐をあしらったワンピースに身を包み、常に無く瀟洒な出で立ちのマレーナ。
どうもここで俺たちに会ったのが気恥ずかしいのか、少し笑顔が強張っている。
「ミアは買い物に来たのか。ロルフは荷物持ちだな」
「はい。将軍様に荷物を持たせて申し訳ないですけど」
「ふ……。一軍の将にそれを願えるのは、貴公の特権だな」
アルもマレーナも、それぞれ俺の自宅にほど近い場所へ居を構えている。
つまりミアとも近所になるため、面識があるのだ。
「さて、私が飲み物を買ってくる。皆は席を確保してくれ」
「ああ、分かった」
店が給仕するのではなく、客が茶を買い求めて席へ運ぶシステムであるようだ。
アルがカウンターへ茶を買いに行くと同時に、俺たちは空席に向かった。
少し奥、丁度空いていた四人がけのテーブルに座る。
そして座るやいなや、興味を滲ませた声でミアが問うのだった。
「マレーナさん。今日はアルさんと一緒だったんですね」
「そ、そうだども、何というか、不安で」
「不安って、何がだ?」
俯き、小さな声で言うマレーナ。
両手の指先をもじもじと合わせている。
戦鎚を手にした彼女は頼もしい存在だが、今は消え入りそうな印象であった。
「い、いや。おら、こんなだし。アルさんと居ると、何だか釣り合わねえし」
「そんなことは無いだろう」
強い意志と慈愛を併せ持つマレーナ。端的に言って魅力的な女性である。
だが、彼女自身の評価は違うらしい。
「で、でも。おら太ってて可愛くねえし」
「可愛いと思いますけど、それ以前に容姿と恋は関係ないです。姿かたちは問題になりません。種族や性別も、年齢も。そうですよねロルフ様」
「ああ……うん?」
年齢は問題になる場合があると思うのだが。
「買ってきたぞ」
「あ、ありがとうだよ。アルさん」
アルは茶をテーブルに置き、マレーナの隣に座る。
四つのカップから良い香りが立ちのぼった。
各々それを取り、口へ運ぶ。
「美味いではないか。そういえばヘンセンには喫茶文化が根付いているのだったな」
「ああ。このあたりでは良い茶葉が生るし、茶店も多い」
この地に来て、俺はよく茶を飲むようになった。
自宅で一人静かに椀を傾けるのも悪くないが、こうして活気ある屋外で友人と嗜む茶も良いものだ。
とはいえ今日は、アルとマレーナの邪魔をしてしまったかもしれない。
「済まないな。二人きりのところへ割り込んでしまって」
「いや、見目好い女性と二人で居るばかりでは緊張してしまう。貴公らが居て助かったというものだ」
こういう台詞をさらりと言えるアル。
俺に言うあては無いものの、さすがに成人した男として見習った方が良いのだろうか?
隣のマレーナが顔を真っ赤に染めているところを見ると、きちんと効果はあるようだ。
「無理はしない方が良いですよ。ああいう台詞は似合う人と似合わない人が居るので」
「…………」
考えを見透かしたうえ、無慈悲なことを言うミア。
俺は反論し得ず、ただカップを口に運ぶのだった。
書籍版『煤まみれの騎士』第8巻が、2026年5月17日に発売になります。
今回も大幅加筆でお送りします。
どうぞよろしく!





