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第23話「小さな再会」


 夜の闇に乗じて王都を発った五騎の騎馬は、北西に向かっていた。


 先頭を走るリックに追随するリリイ。

 そのほか三人が加わり、隊列は扇形に広がった。 


 もう三時間は休みなく走っただろうか。

 馬は王都で交換したとはいえ、一頭の雌獅子には疲労が見え隠れしていた。

 戦闘を繰り返し行い、王都まで半日掛けで撤退し、夜には再び駆けているのだ。


 他大陸の人間が言うには、ネージュフェルト大陸に生息する獅子はナニカが違うらしい。

 他大陸の獅子はもう少し小さいし、長距離を走れない。

 主人の命令を理解し、従うなども有り得ないという。

 それに加え、アルドロ王国の獅子は馬とある程度は並走できるように訓練されている。

 主人を失って野に帰った獅子が生存競争を勝ち抜くので、遺伝子から違う。

 だが、やはり限界はある。


「休もう。ここまで来たら帝国軍の心配はしなくてもいい」


 大きな起伏のある岩盤の陰に入ると、野営を始める。


「もしスピライトが逆方向にいたら、どうしたものか……」


 枯れ枝が炎で弾ける音を耳にしながら、リックは思わず呟いた。

 あくまで、最後にスピライトを目撃した兵士の情報を頼りにしているだけなのだ。

 兵が無意味な嘘をつくことはないだろうが、彼は最後に北西へ飛び立ったのを見ただけ。

 その後、スピライトを乗せた竜が別の方角へ飛んでいれば、リックたちは見当違いの捜索をしていることになる。

 大体、空飛ぶ竜からどうやって降りるのだ。

 振り落とされるものじゃないのか。

 スピライトじゃなければ生きているとは思えない。

 リックは傍で休むドランに手を伸ばして語りかけた。


「さすがにお前の嗅覚でもまだわからないか」


 肯定するように、ドランは鼻先をリックの右手に擦りつける。


「お兄さま。このまま行けばアスレーヴェの森ですが、どうなさいますか?」

「どうしようね、ほんと」


 考えるのも嫌になり、リックはうなだれるように片手で頭を押さえた。


 アスレーヴェの森の、修練場より先は立ち入り禁止だ。

 聖域とされている区域は広大で、リックでさえ全体の一割も把握していない。

 もちろんこの期に及んで掟を守るほど、リックは信心深くない。

 何がリックを悩ませているかというと、単に危険だからだ。

 森の奥に行けば行くほど獅子は獰猛になり、体も巨躯になるという。


「森には僕一人で入るよ。ドランの友達が何か知ってるかもしれないし」


 捜索隊の兵は、三人ともにほっとしたようだった。

 しかし、妹は口を挟んでくる。


「私も参ります」


 予想通りの発言に、用意していた言葉を返すだけ。


「だめだ。僕は慣れてるけど、あそこの森にいる獅子は生態が変わってて危ないんだ。森にいる個体がすべて、一つの群れだからね」


 本来、獅子は雄が率いる十頭ほどの群れが乱立して争いあうが、アスレーヴェの森に棲む獅子は全ての個体が身を寄せ合うのだ。


「うぬぼれるようですが、私も獅子に懐かれていると思います」


 ドランとスピールズは確かに、リリイに懐いている。

 というより、屈服かもしれない。

 真の主人をリリイと認識しているような気がしてならない。


「獅子の目には、内に秘める凶暴な一面も透けてしまうのかな」

「……私を獣呼ばわりするのはやめていただけますか。特に、スピライトさまにあらぬことを吹き込む悪癖も改善してください」

「嘘は言ってない」

「軽薄な兄を持つと苦労します」


 リリイは同情を誘うように、胸元に垂れる髪を指先でなぞってうつむいた。

 男の庇護欲をくすぐる完璧な身振りだったが、リックは目を細めた。

 多分、周りに三人の兵がいなければ、殺しますよ、とか平気で口走っていたに違いない。


「というか、スピライトを落としたいなら清楚ぶる必要はないだろ? あいつは殴りかかってくるような女……いや、ラルズ殿下のような個性的な女性に惹かれるからな」


 ラルズ殿下の名を出した途端、リリイは唇を突き出して拗ねる子供のようになる。


「私はラルズ殿下ほど素直ではありませんので。というか、私の勝手ですし、放っておいてもらえますか」


 冷たい声色だった。

 しかしそれでも、年相応の素振りを見せた妹にリックはどこか安堵した。


「僕も嫌がらせをしたいわけじゃないんだ。お前がかわいそうだからさ」

「……」


 この沈黙は、理解と同義だった。


「どう見たって、リリイに入る余地ないだろう? お前は賢い子だと思っていたが、恋は盲目とはこのことかな」


 リックは呆れがちに笑ったが、リリイは表情を一切軟化させなかった。


「理解しています。スピライトさまは心変わりするようなお方ではありませんし、お兄さまのように色香に惑わされることもありませんから」


「一般男性たる僕を比較に出すな……」


 リックは女性をたらすわけでもはべらすわけでもないが、スピライトと比べれば軽薄にはなるだろう。


「世の美女に一切の目移りを許さない愛は、どれほど深いものでしょうか。もしそれが自分に向いたらと想像するだけで蕩けそうです」

「我が妹ながら、やばいな……」


 豊満な胸を抱いて恍惚としているのは妹で、兄としては微妙な心境だった。

 ふと、リリイは周りの兵の存在を忘れていたのか、慌てたように真顔になって平然を装った。


「だから、放っておいてください。容易い恋路であれば、そもそも私は進んでません」


 もう何を言っても無駄だろう。

 リックは諦めて、髪を掻きながら呟いた。


「好きにしろ。歳を食って嫁の行き場がなくなってから後悔すればいいさ」


 最後にリリイはツンと高い鼻を微かに鳴らし、やらしい笑みを浮かべた。

 多分、引く手数多で、選びたい放題ですけど? って、感じ。

 この顔をスピライトに見せてやれないことを残念に思いながら、リックは仮眠をとった。




 早朝から半日駆け続けると、アスレーヴェの森に到達した。


 さすがに森の前に来ただけでは、スピライトが居るかなど検討もつかない。

 望み薄だが、徴兵で空っぽになった修練場に出入りの形跡がないか調べよう。


「……ん、ドラン、どうした?」


 ドランは森の奥を見据えて動かなかった。

 リックの声に反応を示さないなんてことは今までになかった。

 敵だとしたら威嚇行動をとっているはずだが、どうしたのだろうか。

 次に、森の中から地響きのような音と振動が馬を伝ってリックまで届いた。


「何だ、これ」

「お兄さま、もしや帝国軍では――」


 撤退を促そうとするリリイを、リックは本能で制した。


「何を悠長に構えているのですか!」

「待て、これは、馬蹄じゃない」

「そんなバカなことは……」


 森全土から広がる足音は次第に接近してきた。

 リック以外の者は揃って顔を青くする。

 次に視界に飛び込んできたのは、茶獅子、白獅子、赤獅子――。

 多種多様の個体がリックの視界を染めあげて、アルドロ王国の馬でさえ数歩後退した。

 そして、それら全てを覆い尽くすような巨大な影が姿を見せると、兵の一人が悲鳴をあげた。


「っ!」


 リックでさえも息を呑むその姿は、竜よりも雄々しく、恐ろしい黒獅子だった。

 それは口を開き、喉を震わせた。


「ほう。獅子を従えているか」

「喋った……」


 呆然としていると、黒獅子の鬣の中から飛び出してくる者がいた。

 その姿に、とうとうリックの脳は思考停止した。


「リック? 間違いない。リック、生きてたか!」

「……スピライト。元気そうじゃないか」


 リックは無作法に口を開けたまま、そびえ立つかのような獅子を見上げていた。


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