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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第6章:凍った心
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夢見た世界を

* * *

『起きて』


 寒くて眠い。身体の芯まで冷えているのだ。聞こえてきた音を無視して身体をぎゅっと縮めた。


『起きて、キリア』

「!?」


 肌を貫くような、冷たさを通り越した刺激が頬を掠めて『キリア』は目を開けた。


(ここはどこ?)


 目を開けるとそこは暗くて冷たい場所。自分の身体だけが見えていて、そこから先は真っ暗な冷えた空間だけが続いていた。


『起こしてごめんね』


 ふと声の方を見ると、そこには氷像のようなアイスブルーの肌を持つ自分と同じくらいの背丈の少年がいた。


『僕の封印が解けてしまう』

(え?)

『君を傷つけないって約束したのに』


 氷のように冷たいキリアの手を取りながら少年は金色の瞳から涙を流した。氷の肌を溶かしながら涙の跡となって少年の形が歪む。


『ずっと幸せな夢を見ていて欲しかったのに』

(待って!!フラウ!!)

『傷つけて、ごめんね』


 触れる手が、崩れる。形が消えて温度に変わった。


* * *


 待って!!!!!!


 目を見開いたら世界が変わっていた。勢いよく前に伸ばした手は空を掴む。同時に腕の力がぷつりと切れてだらりと柔らかい下へと落ちた。

 知らない場所、知らないにおいに落ち着かなくなる。慌ててベッドから飛び起きて出口を探すと、緋色の髪の青年がドアを背にもたれかかっていた。


「起きたのか」

「……!!っ、……??」

「落ち着け、何もしない」


 彼は両手を上げて無手であることを示した。

 意図がよくわからなかったキリアは、自分の両耳を指差して首を横に振った。


(聞こえるか)

(!?)

(喋れないのか?)


「キリア喋れる……ここはどこ?フラウはどこに行ったの?」


 念話に切り替えて尋ねると、予想に反して肉声で返事が来た。迷子の子供のような不安でいっぱいの様子が、見た目の年齢よりも幼い印象を受ける。

 念話の内容を口に出す感覚で、アレフはゆっくりと慎重に喋り出した。


「洞窟の外にある街だ」

「……ここは嫌い。外に行きたい」

「だめだ。目が覚めたばかりで回復はしてない」

「ここには、居たくない……みんなが何を言ってるのか、キリアには聞こえないから」


 表情を歪めて怯えるように拒絶する姿は、アレフから見ても痛々しかった。

 アレフは守護者イグニスによって育てられたが、あの村に関わること以外は、自由にしていたのだ。特殊な状況だったとはいえ、人ならざるものに依存するしかなかく、外界との繋がりを奪われた結果がこの少女だった。


「……だから精霊に身体を明け渡したのか」

「みんなが何を言ってるのか、キリアには聞こえない!!でもフラウは!!フラウだけは、キリアにちゃんと応えてくれるもん!」


 キリアはアレフの咎めたような口調が気に食わなかった。まるで間違ったことをしていると責められているようで。


 夢の中ではフラウと二人きり。フラウはいつも話を聞いてくれる。

 楽しくて幸せな夢。それをキリアとフラウ以外が否定しないで。


 表情を歪ませて不快感を露わにしていた少女から、みるみる瞳が潤んで我慢していた涙が溢れ出す。


「キリアにはフラウしかいなかった…!」


 とうとうベッドの下にぺたりと座り込んで泣き出した。上を向いても頬を濡らすばかりで、ファーの付いた袖で目元を擦る。


「ぅわあぁあん」


 幼子が泣く現場に居合わせたアレフは顔をしかめた。

 気が済むまで泣かせてやろうと思い小さく息を吐くと、手持ち無沙汰になった様子でベッドの端にどかりと座る。しばらく泣きじゃくる少女を眺めていると、彼女の唇がわずかに動いた。


「……は、……かった…」

「どうした?」

「……“僕“には君しかいなかった…キリアは、僕が、僕は……キリアは……僕が……」

「おい!?」


 ぶつぶつと壊れたように繰り返し言葉を呟くが、目を閉じて両耳をふさいだまま身体が凍えているかのように震え始めた。

 アレフは急いでだらりと下がった彼女の手を取ると、氷のように冷たい温度にさらに驚いた。唇は動き続けているがどんどん血の色は失われてゆく。


(どうしたらいい!?レイラを呼ぶか?)


 アレフは必死に思考を巡らせ、ふと光る宝石が目に入った。彼女の頭を飾るようにして鎮座する氷のような透明の石。彼がそれに指を滑らすと、指先から静電気かのような小さな衝撃が足の先まで駆け巡った。

 これは氷の魔力が篭められた宝石だ。火の加護を持つ自分は拒まれていることが、文字通り手に取るようにわかる。


(なんの石だ?…わからないが、さっきは効いたんだ。これに賭けるしかない!)


「目を覚ませ!!」


 ぐっと彼女の左腕を引っ張り、頭の宝石にその手を当てがった。その瞬間。


「なんだ、これ……」


 アレフの目の前には真っ白な空間が広がっていた。


 足で立っている感覚はあるが奥行きが狂ったような空間で、まるで浮いているんじゃないかという錯覚さえ覚える。先ほどまで目の前にいた少女は居らず、全方向からすすり泣く声がこだました。


『怖い……勝手に凍っていくの。みんな凍らせちゃうの……どうして?』

『助けて欲しかった。誰も気づいてくれなかった』

『どうしてキリアの声はみんなに届かないの?』


 どうして、と。縋るように問うこの空間は、おそらく少女の意識下なのだろう。

 原理はわからないが、空間の中で少女の姿を探しながらアレフは声を張った。


「まだ間に合う。助けを、求めろ」


 この少女は自分と似た状況だ。かける言葉を間違えるな、とアレフは自分に言い聞かせた。

 彼は知っている。自分は運が良かっただけだと。イグニスという人ならざるモノの介入がなければ、いくらイフリートの加護を持つ人間の赤ん坊が生き抜けるわけがない。食事を与えられ、言葉を覚え、導かれた先がギルドだった。種族も年齢も問わず、強さが己を示すシンプルな世界。

 仲間内で潰し合うような治安の悪いギルドでもなかった。荒くれ者だが身内に向ける優しさの残る環境で、ここまで生きてきた。精神的には独りだったかもしれないが、環境がそうではなかったことを自覚している。

 自分は、恵まれていたのだ。


「俺は、生まれた瞬間からヒトに疎まれてきた。言葉を交わす方法を覚えられなければ、ギルドにいなければ、ヒトと関われなかったかもしれない」

『あなたにはみんな居る……キリアにはフラウしか居ない』

「ああ、そうだな。その通りだ。でも、俺は自分で決めたんだ」


 空気が揺らぐ。目を細めてその場所を探して近づいた。わずかに冷気が漏れてくる。純粋な魔力を当てれば、白いもやが吹き飛ばされて声の主があらわになる。


 その姿を見てアレフは息をのんだ。 先ほどまで見ていた少女とは容姿が違う。


 この空間に溶け込むような真っ白い肌と髪。黄金色の瞳に透ける瞳孔は縦に伸びた。左側頭部の氷のような宝石が王冠の如く成長し、その鱗片が顔半分を覆うように結晶化している。

 身を縮こませ、両耳を塞ぎ怯えた視線を送るので精一杯の少女はまるで……。


 まるで、何かに生まれ変わる最中のようだった。



「あの時独りでいたことも。今あいつらと居ることも。俺の意志で決めた」

「……独りにならない?」

「独りになるのはいつだってできるだろ。今じゃなくてもいい」

「もし力が抑えられなかったら?」

「これからやり方を覚えていけばいい」

「でも、キリアが触ったら凍っちゃう!!またみんなに嫌われる!!」

「凍らせてもいい!!俺が全部溶かす!!」


 大きくなった声に比例してアレフから魔力が溢れ出た。それは温い風となってキリアの肌に届いた。キラキラと結晶が身体から剥がれ落ちていく。


「……なに、これ?……冷たく、ない」


 初めての感覚に戸惑うそぶりを見せる少女にアレフは手を差し出した。


「俺の手は凍らない。この力があるうちは何があっても」

「…………」

「手を伸ばせ。お前が自分で掴み取れ」


 ためらうように手を乗せれば、ゆるく握られて引っ張り上げれる。

 キリアはそこでヒトの体温を思い出した。重なる手から全身へ温度が風のように駆け巡る。

 ふわりとした心地の良い暖かさを感じるころには、アレフの目の前には亜麻色の髪の少女が涙をこぼしながら笑っていた。

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